謝罪と決別
「悪かったわ」
そっぽを向きながら、ぶっきら棒に謝罪を口にした彼女は、
どう見ても反省してないし、嫌々言っている態度だった。
淑女が聞いて呆れる。
この子供じみた態度に、もう嫌気がさしてしまい、
怒りがスウと引いて逆に冷静になっていた。
「謝罪は受け取れません」
「は?なんですって?この私が謝罪してるのよ?」
「イザーラ、約束しただろう?」
「分かってます!お父様」
「私から一つ聞きたい事がございます」
「は?何よ?」
「そんなに旦那様に執着に近い懸想がおありなのに、
なぜ、婚約を解消したのですか?」
「あんたにはっ、関係ないでしょ‼︎」
「関係ない?今回の元凶の原因を聞くのは当然では?」
「あんたには!関係ない!私とダレンの問題なのよ!
冤罪だったんだから、もういいでしょ?」
「だったら私を巻き込まないでください!」
「はあ?あんたが横取りしたから悪いんでしょ‼︎ 」
「イザーラ!」
「冤罪だからと、はい、そうですか、ではないのです。
こちらは現に実害が出ています。
あの噂のせいで大型の商談が見送りになりました。
侯爵家の名誉も、あの被害者のキャリーの家族も巻き込んで…
どうして、そんな態度でいられるのか分かりかねます」
「お前なんかに、分かるものですか!
私がいない間に、ダレンを奪ったくせに!」
「その不満を私にぶつけるのはお門違いです。
あなたの存在など私は知り得なかった。
こちらとしては、勝手に恨まれて、迷惑かけられて、
挙句に虚偽の罪人に仕立てられて、本当に不愉快ですっ‼︎
分かってます?権力に守られているだけで、あなたは犯罪者なんです。
反省できないのなら、見せかけだけの謝罪など結構です。
自分の思い通りにならない人達に、一生無差別に噛み付いているがいいわ‼︎ 」
「…っ!お前っ‼︎」
真っ直ぐ鋭い目で、姿勢を正しハッキリと言い放った彼女は、
どこから見ても、美しくしく凛とした高貴な侯爵夫人だった。
彼女の静かな怒りは、心が凍るほどの恐ろしさだったのだろう。
あんなに気の強い公爵令嬢が、言葉に詰まって言い返せず、
睨み付けてはいるものの、悔しそうに震えているだけだった。
「イザーラ黙りなさい。やはり約束を守れなかったな。
もう下がれ。これでは話が進まん」
「は?謝りましたわ‼︎
でも、その後にこの女がクドクドと文句を言うからっ…
反論しただけではありませんかっ‼︎」
「今回のことは、お前が心から悔いて反省しているのならばと…
示談を持ちかけたが…こんな態度では……やはり甘かったか。
もう、庇いきれん…事が大きくなり過ぎてしまった」
「お父様?え…どういたしましたの?」
「明日すぐに、共犯の侍女と共に修道院へ行け。
社交界でラディアナ公爵家の醜聞として、噂が流れる前に…」
「嫌よ‼︎ どうして?私は公爵家の娘でっ、王族の血筋なのよ?」
「だからこそだ!これ以上悪行を重ねて、関係ない一族に迷惑をかけるな‼︎
護衛騎士、隣室にイザーラを連れて行き待機させろ。
話が終わったら、こちらから行く」
「はっ。公爵令嬢、こちらへ」
「わ、私を切り捨てるのですかっ?お父様⁉︎ う、嘘ですよね?ねぇっ⁉︎
この無礼者!離しなさい‼︎ 」
バタンッ
「この度は、大変申し訳ありませんでした。
まともな謝罪もできず、不快な思いをさせて重ねて申し訳ない。
今回は、我が愚女が愚かな行いで無体を働き、
特に侯爵夫人には、多大なる失礼とご迷惑をお掛けしました。
あれは、二度と出られない厳重な修道院に入れます。
そして、慰謝料も賠償金も、言い値で払わせていただきます。
勿論、他の要求も全てのませていただきます」
「……………」
「マーガレット、君の希望は?」
「私、ですか?」
「ああ、君が一番の被害者だ。遠慮しなくていい。
公爵殿に要求する権利がある」
「……そうですね…代理人でも構いません。
今回の事実無根の噂が、勘違いだったと広めてください。
あの証言を強要された子、キャリーが不利にならないように、
冤罪の説明責任を要求します。
社交の場と貴族新聞の掲載、勿論、見送りになった商談の相手方達にもです。
でなければ、アーディヴェルテ侯爵家の名誉の回復は望めません。
キャリーの家族への支援、そして、母親の病気の完治も治療費込みで
お願いします」
「承知した。すべて受けさせて貰う。後はこちらに任せて欲しい。
対策と結果、事と次第は、逐一報告させていただく」
「お願いします。賠償金や慰謝料は、旦那様にまかせます。
私は必要ないし興味ありませんので。
侯爵家とキャリーの家族との配分もお任せします」
「マーガレット…君は、それで気が済むのか?」
「以上の事をしていただければ、私は何も要求しません。
そもそも知らない方ですし、私はあのご令嬢に対して
嫌悪感意外、他は何の感情もありませんもの。
彼女の事情や気持ちなど、私の知った事ではありません。
そして、興味も関心もありません」
「あなたの言う通りだ…返す言葉もない」
「あなたの可愛いご令嬢は、自分勝手な理由で、
私の人生、あの女の子の家族、アーディヴェルテ侯爵家を潰すところでした。
失礼ですが、高位貴族の権力に物を言わせる生き汚さは理解しております。
ここで訴えたところで、その方は大した罪状になりませんでしょう?
ああ、最後にこれだけ約束していただけます?
今後一切の接触はしないでください。貴方様もです公爵様。
彼女の関係者全員の顔も見たくありません」
「承知した…本当に申し訳なかった。寛大な対応に感謝する」
「それでは旦那様、あとは、そちらで処理をお願いいたします。
では、私は失礼いたします」
「ああ、私もすぐ行くから先に馬車で待っていてくれ」
ああ……
本当に、本当に、腹立たしい。
こんなくだらない、愚かな女の恋情に巻き込まれて
あの子は、良心の呵責に苛まれて苦しみ自分を責め続けている。
可哀想に…自分の母親を助けたいだけだったのに。
無料教室に通っていたのも、将来条件のいい職について、
家族を養う為だったという。
その純粋な心を汚い大人に利用されてしまった。
立ち直るのに、どれだけの時間がかかるか。
無料教室に通う子たちに家庭の事情で困った事があれば、
相談するように提案して窓口を儲けよう。
今回のことで、教会も力になってくれるはずだ。
自尊心を満たすために、相手を試すために、自分から婚約解消して、
思い通りにならないからと、今回の騒ぎを起こした。
なんて幼稚で短略的な女性なのだろう。
止めなかった側近たちにも腹が立ったが、その処分はあちらの領分だ。
高位貴族令嬢として、厳しい教育を受けてきただろうに、
恋というものは、そんなにも愚かになってしまうものなのだろうか。
本当に、滑稽だわ。
愛されていない私に、嫉妬するなんて。
私は何も生み出さない、この不毛な騒動に喪失感を覚え、
力なく馬車を目指した。
* * * * * * *
隣の部屋に入室すると、彼女は優雅に紅茶を飲んでソファでくつろいでいた。
ああ、いつもの通り自分は何も処分されないと、信じて疑っていないのか。
対照的にマーガレットの疲弊した顔を思い出し、腹立たしさを覚えた。
こちらを見て表情を明るくする公爵令嬢。
媚びるような熱い眼差しでこちらを見る瞳。
君は本当に何も変わらない。
私は最後まで、この女が理解できなかった。
「あなたが、ずっと好きだったの、愛してるのよ…」
「……だからと言って、
人の人生を壊し、踏みにじる権利があるのか?
愛してるからと、何をしても許されるのか?」
「い、いいえ…」
「今回の件は上に報告させてもらう。もちろん国王陛下も知ることになり、
君は公に罪人として公表され、そして厳罰を背負って修道院に隠遁し、
奉公することになる。正式な沙汰が下るまで、大人しくしてるように」
「えっ…?で、でも、さっき…あの女がっ…」
「あの女じゃない。私の妻のマーガレットだ。
今回のことは、とても許容できない。
妻はああ言ったが私は違う。罪を受け入れ償ってくれ。
公爵家にも償ってもらう。恐らく罰金支払いのみになるだろうが」
「待って…公に公表って…公爵家を潰すつもり?
お父様がそんな事させないわよっ!」
「責任は連座にならないよう話はつけてある。実際、裁かれるのは君だけだ。
君の父上の了承も貰っている。これだったら文句ないだろう?」
「は?お父様は…私を切り捨てたの?…本当に?なんで、私だけがっ……
あ、あなたが悪いのよ!いつまで経っても、私を受け入れないから!
こんなに、こんなに私が伝えているのに!こんなに愛してるのに!
一度、婚約解消して離れれば、私の存在の大切さに気づいて、
後悔して…思い知ると思ったのっ!考えを、改めてくれると思ったのよ!
なのに、私が居ない間にっ、結婚なんてするから!
私から、あなたを奪った邪魔な女を潰してやろうと思うのは、
当然の権利じゃないの‼︎」
「君は普通じゃない」
「……は?」
「心中で怨恨や不満を抱えて、どう思うかは個人の自由だ。
だが、実際実行に移し実害を出した時点で、一線を踏み越えたら
それは犯罪になる。
君のそれは、犯罪者に成り下がった者の言い訳でしかない。
そして私が、仕事人間で、他人の感情に愚鈍な、
そういう男だと分かっていたはずだ。
私のどこがそんなに、好きなのか理解できない」
「そんなの関係ないわ、全て愛してるのっ!
私ほど、私ほどっ!あなたを…愛して、理解してる女はいないわ!
だから、常人では出来ない事だって私はっ…」
「理解して、この所業か?分からないか?私が一番嫌うことだ。
そして、君のそれは愛じゃない。執着だ。
自分を愛さない男への怒りと憎悪。
どうしても、自分に振り向かない私が許せないだけだ。
君は私ではなく、自分自身を一番愛してるんだよ」
「……違うっ…そ、んなっ…こと…」
この女は、一体誰なのだろう。
あのどこまでも高貴だった美貌の令嬢とは思えない。
ワナワナと震え、髪を振り乱し、目を釣り上げ、
口は裂けてるかのように大きく弧を描く。
この凄まじい形相は、まるで童話に出てくる悪者の魔女だった。
「私じゃなくて、あの女を愛してるっ、ていうの?
あなた、がっ? 信じられない…あははははっ、
…そんなっ…耐えられな…いっ!」
「君を愛せなくて、すまなかった」
「…ダレン?…え、…なんで、謝るの?」
「もう、二度と関わらないでくれ」
「いやっ…いやよ!いやぁっ‼︎」
「さよなら、イザーラ」
「……え、待って、待って…いやっ‼︎ ダレンッ‼︎」
アーディヴェルテ侯爵は、静かに立ち上がり、
踵を返して整然と歩き出し、ドアを閉めて退室した。
パタン
何の温度もない冷たい横顔が、
最後に見た愛しい人の顔だった。
「いやあああああああああぁっあああああっっ‼︎
いや、いやいやいやっ!私、死ぬわ!あなたにっ、捨てられるくらいならっ‼︎
死んでっ、やるからぁっ‼︎ あの女も殺して、やる‼︎ 道連れに死んでやるっ‼︎
殺してやるからぁっああっ…─いやぁあぁあぁぁぁっ────」
気が触れたようなヒステリックな絶叫が、ビリビリと空気を震わせる。
それは邸内に響き渡たり、狂気の悲鳴を耳にした使用人達の心を凍りつかせた。




