無罪と示談
「さて、どうした物か…」
「旦那様…ラディアナ公爵が示談を求めています」
「…やはり、か…」
「どういたしますか?」
「示談にするかどうかは置いておいて。とりあえず話は聞こうか」
「では、日時の指定を」
やはり…こうなったか。
ペンを置き、席を立ってため息を吐いて
マーガレットに手を払われた時を思い出していた。
ああ、あの目は…敵意の眼差しだ。
私は彼女に信用されていなかったのだな…
* * * * * * *
「マーガレット、君の無実が確定した」
「そうですか」
ずっと私室に軟禁状態で、私はうんざりしていた。
領地開発の計画を再考しながら、素っ気なく返事をする。
当たり前よ。私は何もしていないのだから。
「それで、私はいつから外出できるのでしょうか?」
「せっかちだな。一言目がそれか?」
「当たり前です。領地の開発がこれのせいで止まっているんです。
侯爵家の名誉のために、尽力していただき旦那様には感謝しております。
ご自分の名誉も守れたことですし、私は好きにさせて頂いて
よろしいでしょうか?」
「ラディアナ公爵が示談を申し出てきた。
一応話は聞くが、君も参加して欲しい。一番の被害者だ。
言いたいこともあるだろう?」
「どうでもいいです。今回のこれは、あなた方の拗れた関係に、
私が巻き込まれただけです。そちらで話し合っていただいて結構です」
「すまないが、参加してくれ。向こうも希望している。
正式に謝罪したいそうだ」
あの公爵令嬢に、謝罪など出来るのだろうか。
こちらは、会いたくなどないというのに。
もう、うんざり。
早く離縁して一人になりたい。
「示談で…済ます気なんですね?」
「いや、まだ決定していない。今回のことは、私も示談では到底納得できない」
「分かりました。参加すればいいのですね?これで満足ですか?」
「ありがとう。
…しかし、君はどうしてそんなに働きたがるんだ?
結婚当初に君は何もしなくていいと、私が言ったことを覚えているか?」
「私だって……自分の意思があるんです。生きているんです。
働きたいと思うのが、そんなにいけませんか?そんなに迷惑ですか?
例え旦那様にとって、飼い殺しのどうでもいい妻でも…一人の人間なんです。
それに、自由にしていいと言ったのは旦那様じゃないですか!」
「……マーガレット?」
「何もしなくていいって…それって、私はいらないと、存在しないと…
言われているのと同じなんですっ‼︎
私がいらないのであれば、なぜ結婚したんですかっ!」
「一体、どうしたんだ?何をそんなに怒っている?
いつもの…君らしくない…」
ああ、そうか……分からないんだわ。
私がなぜ怒っているのかも。
結構…堪えるわね。
こうも私に興味がないと分かってしまうのは。
私一人で怒ってバカみたい……
「今回は私の無罪を証明してくださって、ありがとうございました。
感謝しております。そして、ご多忙の中、多大なるご迷惑とお手数を
おかけして申し訳ありませんでした。
ですから、今後はもう今まで通り、旦那様のお望みどおり、
ご迷惑にならない存在を消した表向きのみの妻になります。
なので、旦那様も必要以上にこちらに関わらないようお願いいたします」
「マーガレット?待ってくれ…君は…」
「疲れたので…今日はお先に失礼します」
パタン…
「私は…彼女に何か失礼なことを言ってしまったのか?」
「奥様は、要らぬ冤罪で名誉を傷つけられナイーブになっておられます。
権力で有罪にされるやもしれない恐怖に、ずっと緊張状態で
耐えていらっしゃったのです。相当…精神的にお辛かったと思います。
恐らく…旦那様を味方だとは、考えていなかったのでしょう…」
「やはり信用されていなかったか…
私は、他に…何か気に触ることをしてしまったのだろうか…」
「旦那様は、もう少し奥様の心に寄り添う言い方を考えられた方がいいかと…
奥様は、自分の存在価値を否定されたと、思っていらっしゃるのでは
ないのでしょうか。
分かりやすく言いますと、好きにしていいと言ったから、
自分の意思で好きに働いたのに、働くなと言われたその言葉を、
お前は無価値だと……旦那様に言われているように感じたのでは
ないでしょうか?
だから、無価値の自分と…なぜ結婚したんだと…お怒りになられて
いたのだと思います。他にも、奥様は思うところはあるようですが…
そこまでは、私には分かりかねます」
「そういうつもりで言ったのではない。
私は…ただ彼女に不自由のない暮らしをと…」
「少なくとも、奥様は旦那様のお言葉をそう受け取っているのです。
ですので、少し話し合って見ては、いかがでしょうか?
再度言いますが、お二人は意思の疎通が圧倒的に足りておりません」
「…そうか…私は本当にダメだな。人の心に愚鈍で…
だが、怒りとはいえ、彼女が私に対して感情を剥き出しにしてくれたのが
初めてで、それを嬉しいと思うのは…やはり私はおかしいのか?」
「いいえ。感情を出すのは相手に何かを求めているのです。
旦那様も怒りとはいえ、それを感じて嬉しかったのでしょう?」
「ああ…そうだな。彼女ともっと距離を縮められるように、
努力するよ…もう、あんな顔をさせたくない」




