身に覚えのない悪い噂
旦那様から贈与された領地は順調に開発が進んでいた。
何もかも順調で、私は思ったより早く自立できそうだとホッとしていた。
ある日教会で、商会長と慈善事業打ち合わせやレースアクセサリー納品中に、
いきなりショッキングな事を伝えられた。
「…見送りになった?」
「はい」
「どうして?好感触だったのに…お互い不利益はなかったはず。
何か不手際があったかしら?」
「いえ、万全でした。
相手方も乗り気だったのですが…実は変な噂を耳にしたようで…」
「噂?」
「私は嘘だと分かっています。
ですが、子供が証言している様で…それが厄介なのです」
「その噂って、何なんですか?」
「はい。侯爵夫人が子供を使って……売春斡旋をしていると…」
「…は?」
「ええ、あなた様がそんなことする訳ありません」
「どうして、そんな噂が?全く身に覚えがないのですが?」
「今、こちらでも調べています。どうも…怪しいのです。
ラディアナ公爵令嬢が、その証言している娘を保護して訴えたらしいです」
「……あの方、ですか…」
「侯爵様の元婚約者だったらしいですね?」
「ええ、バザーと夜会で絡まれましたわ」
「う~ん、厄介ですねぇ。公爵家の権力は…。
侯爵夫人が冤罪なのは、関わっている人達は分かっていると思いますが、
ラディアナ公爵殿は娘を溺愛してますし…どう動くか分かりかねます」
「冤罪を有罪にできる、と言うことですね?」
「貴族の体裁を繕うために、権力に物を言わせて汚い真似をするのは、
今に始まった事ではありませんからね。
ですが、今回は夫人だけではなく、アーディヴェルテ侯爵の名誉も
かかっています。夫人の危機に、侯爵殿が黙っていないでしょう」
「そうで、しょうか?」
「いや、ご自身の奥方ですよ?」
「旦那様は仕事柄…公正な方です。
決して、私の味方ではありません」
「まさか。切り捨てられると、お思いですか?」
「その可能性もあります。私には、分かりません…
とにかく、自分にできる事をします」
「私も調査協力します。ですので、希望を捨てないでください」
「ありがとう、ロージー商会長。心強いですわ」
最悪だ。
どうして、こんな…
体が冷え込んで何も考えられない。
とにかく落ち着かなければ…
あのラディアナ公爵令嬢…子供まで使って…
私が孤児院の慈善活動をしているのを逆手に取って…
不愉快さと、悔しさと、怒りで、頭がグラグラとして目の前が暗転し、
私はその場で気を失ってしまった。
* * * * * * *
「大丈夫ですか?侯爵夫人」
「…私、…どうしたんでしょうか…」
「倒れられたのです。具合はどうですか?」
「少し、目眩がするだけで…大丈夫です。
ご迷惑を…ご心配おかけしました…」
私は、教会の休憩室の小さなベットに寝かされていた。
商会長との打ち合わせ中に、あの事実無根の噂の話の途中で、
気を失ったらしい。
付き添ってくれていたのは商会長ではなく、なぜかフォスナー先生だった。
私が不思議そうにキョロキョロしているのに気がついて、
商会長は今司祭様と話しているから、付き添いを交代したと教えてくれた。
「……聞きました。あの噂…」
「ええ、私も先ほど商会長より、初めて耳にしました」
「馬鹿馬鹿しいにも程があります」
「信じてくださるの?」
「当たり前ではないですか‼︎
事実無根のあんな馬鹿げた噂、ふざけています」
「ありがとう…でも、冤罪とはいえ私と親しくしない方がいいです。
あなたまで、悪い噂の餌食になります」
「何を、言ってるんですか⁉︎」
「…念のためです」
「あなたが、そんな事するはずないっ‼︎」
「ええ。当然ですわ。フォスナー先生、
信じてくださってありがとうございます」
「商会長も、司祭様も皆あなたの味方です。
色々調査を協力してくれています」
「ええ、感謝します…」
「奥様、大丈夫ですか?迎えの馬車が来ています」
「ええ、大丈夫。ありがとう」
皆に優しくされ、
護衛騎士と侍女に伴われて、私は侯爵家へなんとか戻った。
* * * * * * *
「話がある」
疲れているというのに、旦那様が夜遅く部屋を訪ねてきました。
ああ、あの噂のことだわ。
私は静かに頷いた。
「君が子供を使って売春斡旋をしていると、噂が広がっている。
…これは、本当か?」
何、その言い方?
まさか、疑っているの?
「いいえ…私は、やっていませんし、身に覚えがありません」
事実無根の身に覚えのない噂と、旦那様の冷たい対応に心と体が冷えていく。
教会で優しく力付けてくれた人達がいて、やっと浮上してきた気分が、
一瞬で、また奈落の底に落とされる。
「そうか、ラディアナ公爵令嬢の証言と、その子供の証言が一致しているんだ。
今現在、事実確認を調査している。
結果が出るまで、申し訳ないが領地経営は自粛して欲しい」
「…はい」
信じてくれないのね。
あのラディアナ公爵令嬢の方を信じているのかしら。
もう、いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。
あの噂のせいで、合意しかけていた大事な商談が2つ見送られてしまった。
そして、私の名誉を傷つけ、侯爵家までも関係者として疑われてしまう。
弱みが出ないように気をつけていたのに、他人からの妬みは避けようがない。
「1週間程だ。侯爵家の名誉回復の為に我慢してくれるね?」
「分かり、ました…」
自分の名誉のために、我慢しろってこと?
そんなの知らないわよ。
私が、何をしたっていうの?
こんな偽装結婚のせいで…要らぬ恨みをかってこんな…こんなっ…
俯く私が哀れに感じたのか、そっと近づき肩に手を置き撫でられた。
私は、その行動が見下され哀れまれていると感じて、
屈辱でカッと頭に血が上り、咄嗟に手を振り払った。
「マーガレット…」
「触らないで、…くださいっ」
あなたの哀れみなど、いらない。
自分でも、驚くほどの怒りを抑えた低い声だった。
「…しばらくの辛抱だ。耐えてくれ」
「………………」
返事が出来なかった。
もうこれ以上話しかけないで。
今にも爆発してしまいそうな感情を抑えられない。
あなたなんて 大 嫌 い よ。
旦那様は、また自分が被害者のような、悲しそうな顔で退室し行った。
誓約書に離縁許容期間は、要相談の上5年後と記載されていた。
この状況で、あと1年も我慢できるだろうか。
身分の高い公爵令嬢の言い分が通る可能性はゼロではない。
改めて、旦那様も味方じゃないと実感した。
名ばかりとはいえ妻の私に、あの冷徹な対応。
商会長の言っていた通り、貴族は自分の体面の為に
冤罪を有罪にする権力がある。
私は、この理不尽な状況に、
今にも叫び出しそうになるのを必死で抑えて、
悔しさで流れる涙を止められなかった。




