夜会の参加と元婚約者の再会
「夜会ですか?」
「ああ、派閥的には出席しなくてならない会でね。
夫婦同伴が義務付けられている」
「畏まりました」
「これは夜会に出席する貴族名簿だ。
ざっとでいいから、目を通しておいてくれ」
そう言って朝食の時に手渡されたのは、一冊の本の分厚い書類。
これを1ヶ月で覚えろと?
そういえば、ダンスはどうするのだろう。
一度も一緒に踊ったことないのだけれど。
そして、旦那様から夜会用のドレスとアクセサリーが贈られた。
綺麗なのか私に似合うのかさえ、どうでも良かった。
一応、喜んだフリはしておいたから失礼はないだろう。
* * * * * * *
「良く似合っている」
「ありがとうございます。旦那様も素敵です」
何の熱もない社交辞令のやり取り。
エスコートされて馬車に乗り込み夜会に向かう。
今日はとうとう夜会に参加する日。
旦那様が贈ったドレスの色は、青がかったグレーの淡いふわふわした素材。
首まで紺色の布で覆われ、縁取るグレーのフワフワした布が、
レースのように装飾されていた。
落ち着いていながら、どこか可愛らしいデザイン。
私って、こういうイメージなのかしら。
イヤリングは旦那様の瞳と同じ色の碧いアクアマリン。
銀の金具で凝った細工がしてあり、
夫婦や婚約者は、お互いの色を身に着ける礼儀を一応守っているようだ。
「領主経営は順調なようだね」
「はい、お陰様で」
「多分、今日の夜会でも聞かれると思う。
特に慈善活動について、支援したいと申し出てる貴族が多い」
「申し出をお断りした方がいい人はいますか?」
「いや、特には…私も同伴するから、その辺は心配しなくていい」
「はい…」
はあ?ずっと一緒なの?
挨拶済んだら、何処か目立たない場所に逃げようと思っていたのに。
* * * * * * *
知らない人ばかり。
ただでさえ、伯爵家時代の予算の都合で社交に参加していなかった弊害だ。
頭に叩き込んだ名簿を反復しながら、旦那様の横で作り笑いをして
挨拶回りを延々にした。
でも、中盤でレースアクセサリーの件で意外と話は弾んでいた。
金属でかぶれる体質の奥様方が、私のレースアクセサリーを大変気にってくれ、
今度、ビーズの代わりに宝石でも作って欲しいと要望された。
「宝石に糸を通す穴を開けられれば、多分可能ですわ」
「まあ、本当?嬉しいわ‼︎
娘も私と同じ体質でね、凄く感謝してるの!」
貴族用にやはりバージョンアップは必要なようだ。
加工職人とも打ち合わせしなくては。
周りはパートナーとダンスしたりしていたが、当然私は踊るつもりはない。
何人か慈善活動について聞きにきたり、支援を申し出てくれて、
滞りなく夜会は過ぎていくように思えた。
「あら、ダレン来ていたの?」
彼女に会うまでは。
* * * * * * *
完璧な美貌と気品の高位貴族らしい令嬢。
彼女は美しいし、人目を惹き付ける華やかさがある。
あのキツい物言いと気位の高さで、
恵まれた外見が霞んでしまうのが残念でならない。
旦那様は、私の前にさりげなくスッと立ち紳士らしく庇ってくれた。
「これは、ラディアナ公爵令嬢…いらしていたんですか」
「あら?挨拶はないの?」
「何の用だ?」
「まあ、これは素敵なご挨拶ね」
「君は、私が知らないと思っているのか?」
「何のことかしら?」
「私の妻に何をした」
「ああ、あのバザーのこと?あなたの奥様なんて知らなかったのよ。
それにちゃんと謝罪はしたわ。ねえ?」
私の方を見ているが、あれが謝罪?
従者と侍女に止められただけなんじゃ…
私が答えず黙っていると、目を細めて睨み付けてくる。
「ふん、金のために身を売った貧乏伯爵令嬢のくせにっ…」
ボソリと彼女が呟く。
何とでも言えばいい。
それは私の意思ではなかったが、
お父様にとってはあながち間違っていない。
「私が求婚したんだ。何度も言わせるな。
謝罪する気がないならもういい。それで、まだ何か用なのか?」
「……後悔するわよ」
「何がだ?」
「私を選ばなかったこと、引き留めなかったことをよ!」
「後悔はしていない。それに君との婚約は政略だった。
婚約期間中、君から愛されていた実感もないし、私も愛したことはない。
一方的に婚約解消して、さっさと隣国に留学したのは誰だ?
なぜ今更私が非難され、責めを負わなければいけない?
もういい加減にしてくれ。それと妻に絡むのをやめろ。彼女は関係ない」
「…ああ、そう。分かったわ。そうやって私の名誉を傷つけるのね」
「事実を言っただけだ」
旦那様の冷たい言葉の数々に、自分に対して言われているみたいで
居心地が悪かった。
いくら愛のない政略の婚約だったとしても…
そこまで正論のトゲで相手を攻撃しなくてもいいのに。
公爵令嬢は顔を歪ませて、不気味な笑みを浮かべた。
扇子を持つ手が小刻みに震えている。
これ…本気で怒らせてしまったのでは…
そして、視線を私に向けて恐ろしい眼差しを向けた。
旦那様が気付いて、再び彼女から見えないよう体をズラして私を隠す。
「彼女は果たして、あなたを愛しているのかしら?
侯爵家の資産目当てでしょ?」
「君には関係ない。憶測で物を言うな」
「幸せだと思っているのは、あなただけかもよ。ダレン。
あなたの奥様、とてもじゃないけど愛されてる女の表情じゃないもの」
ドク…ン
核心をついてきた彼女の言葉に、心臓が大きく鼓動した。
その通りだ。私は名ばかりの妻。
本当に嫌な人…
自分が傷ついているからと言って、
周りの人達を巻き込んで無差別に刃を振り回すなんて。
「後でずっと黙っている従者。私の言ったことを忘れたのか?」
「いいえ…騒がせてしまい、申し訳ありません。アーディヴェルテ侯爵。
帰りましょう、お嬢様。注目を浴びてしまっています」
「は?あんたは首にするわ。
いつもいつも…口煩く言ってきて邪魔くさいのよ!」
「それで構いません。下がりましょう」
「…何よ、あんたまで私を裏切るの?」
ぎゃあぎゃあと喚き散らしながら、
彼女は従者に腕を掴まれ、引きずられるようにその場を後にした。
* * * * * * *
夜会帰りの馬車の中で、旦那様が気遣わせげに視線を向ける。
二人きりで喋りたくないのに…旦那様は口を開いた。
「マーガレット、大丈夫か?」
「ええ、気にしてません…」
「彼女の八つ当たりに巻き込んで、迷惑かけてすまない」
「気にしてません…」
「マーガレット?」
「疲れました。少し眠っても?」
「あ、ああ。勿論だ。着いたら起こすから…」
「はい…」
優しくしないで。
愛してくれないくせに。
ああ、そうよね。
私がいなくなると代わりのお飾り妻をまた探さなきゃいけないから、
面倒くさいものね。
大人しい私が都合がいいから逃したくなくて、
好きでもないお飾り妻のご機嫌とりをしてるのね。ご苦労様。
心の中で悪態を打ちながら、自分の性格の悪さにも落胆する。
あの公爵令嬢の応えてくれない相手に対する苛立ちに
同調しそうになって、私は疲れてしまった。
自分の怒りと不平不満の感情を抑えている私と比べて、
あの激しい怒りを素直にぶつけられる彼女が…少し羨ましく感じた。




