最悪の初夜
私は、伯爵令嬢のマーガレット・テラ・サンディ。
今日、アーディヴェルテ侯爵家へ嫁いだ。
旦那様は、ダレン・ライアン・アーディヴェルテ、
王宮の宰相補佐を勤めている。
私は18歳で、旦那様は30歳の年齢差は12歳。
貴族間の婚姻ではよくある事だ。
そして旦那様になる方に、初夜で粋なり最悪の宣言をされた。
「君との子供はいらない。
だから、そういう役割は求めていない。
後継者は兄夫婦の息子、私にとっては甥に、この領土を譲り渡す予定だ。
そもそも、この婚姻に男女間の愛は必要ない。
それに、君もよく知らない男に触れられるは嫌だろう?」
「そう、ですか…」
「だからと言って、せっかく嫁いで来た君を邪険にする気はないから、
安心して欲しい。衣食住は保証する。生活に必要な君の予算は毎月充分に
渡すし、自由に使ってくれて構わない。
夫婦として共に行動するのは、公式の舞踏会同伴と領地の視察や公務。
領地経営や執務は、基本的に家令に任せてある。
私は宰相補佐の仕事が多忙な為、ほとんど邸にはいないから、
もし、寂しければ愛人を作ってもいい。
ただし、余計な後継者争いを起こさぬよう避妊はしてくれ。
そして使用人の手前、この邸に引き入れるのは禁止。
それを守ってくれるなら、後は自由に過ごしてもらって構わない」
スラスラと出てくる一方的な条件。
ああ、初めからこの人は、そういうつもりだったのだ。
私が反論したところで、聞き入れる気がないのは理解できた。
「…分かりました。では、私は私室で寝ます」
「ありがとう、理解が早くて助かるよ。
だが、申し訳ないが念のため今夜だけは一緒に過ごしてれ。
表向きだけでも夫婦になった証として、初夜を済ませたという工作が必要だ」
「…ここに、二人で寝るのですか?」
「いや、私はソファで寝るよ」
「今後、自分にふさわしい振る舞いをする為に必要なのでお聞きしますが、
旦那様は他に愛人がいる、という事でしょうか?」
「え?い、いや、いない。妻は君だけだ。
すまない、誤解させてしまったかもしれないが、
君以外に、この邸に迎えないから安心して欲しい」
「そう、ですか。別に私は構いませんが。
…ですが偽装結婚ならば、後日キチンと誓約書を書いてください。
気分次第で反故にされるのは、迷惑……困りますから」
「………偽装?………ああ、分かった。
君が、誓約書がある方が安心すると言うのなら用意しよう。
こんな失礼な申し出をしてしまい、大変申し訳ないが、
パートナーとしては、末長く仲良くしていきたいと思っている。
ここでの生活で不自由はさせない。これからよろしく頼む」
「普通に会話する程度でいいのであれば、
私としては、距離をとっていただきたいです。
親愛や尊敬が必要ないなら、信頼関係も築けません。
無理に仲良くしても時間の無駄ですし、意味がないです」
「あ、ああ?…君がそうしたいなら、それでいい」
「それから、離縁は何年後から可能ですか?」
「離縁?」
「はい。先の事はわかりませんし、
お互い別の愛する方と出会う可能性もあると思います」
「それは、考えていなかったな……とりあえず少し待ってくれるか?
不満のない条件を揃えたつもりだったんだが…
時期についても、色々調べてからでいいだろうか?」
「……飼い、殺し……」
「ん?…何と言った?すまない、良く聞き取れなかった」
「……………」
「……では、私はソファに移動しよう。おやすみ」
「……………」
眠ってしまったのだろうか…
そっとベットから腰を浮かし、ソファに毛布を持って移動する。
彼女は背中を向けているから、寝ているのか起きているのかわからない。
まあ、でも良かった。
一瞬だけ彼女の声が強張ったが、
ヒステリックに怒り狂って、侮辱だと反論されるのも覚悟していた。
だが、どうやら彼女は冷静にこちらの意図を理解して、同意してくれたようだ。
何はともあれ、やっと縁談攻撃から解放される。
これで、仕事に集中できるだろう。
* * * * * * *
何、この人。
酷い侮辱。
普通の結婚ではなかった。
私、騙されたんだわ。
暗く灯りを落とされた初夜のベットの上で、
お互いの顔が見えない中、粋なりの偽装結婚宣言。
平静を装っていたが、
私はショックで脳がグワングワンと揺れ、うまく思考できないでいた。
まだ、私のことを何も知らないくせに、
こっちの気持ちを完全に無視した、一方的で自分勝手な宣言だった。
お互い少しずつ信頼関係を築いて、家族になれればいいと思っていたのに…
そんな時間さえ与えてもらえず、私の前向きな気持ちを一瞬で握り潰した。
変だとは思っていた。
今まで全然接点なんてないのに、
“ 落ち着いた令嬢で前から好ましかった、ぜひ侯爵家の妻に迎えたい ” と、
いきなり婚約の申し込みが来たのだ。
伯爵令嬢の私に、侯爵家のエリート宰相補佐から。
お父様は、高位貴族の縁談と支度金なし、そして多額の支援金に浮き足立って、
私が見初められたと大喜び。私の疑問にも全く耳を貸さなかった。
お母様は、私が子供の頃に亡くなったから、
私は、この違和感を誰にも相談できずにいた。
でも、縁があって夫婦になるのだから親睦を深めようと、
何度かお茶会や面通しをお願いしたにもかかわらず、
仕事の忙しさを理由に、一度も会えなかった。
婚約式は、多忙のため書類のみの契約。
婚約期間は、何の面白みのない社交辞令の見本のような手紙のやり取りのみ。
やっと本人に会えたのは、結婚式当日だった。
誓いの口付けは何の熱も感じない、触れるだけの冷たい形式だけのもの。
そして、この婚姻の真実を今、知らされたのだ。
だったら偽装だって婚約の前に言ってよ。
私が必要ないなら、なぜ結婚なんてしたの?
知っていれば絶対に断ったのに。
例え身分的に断れなくとも、事前に知っていれば、
こんな夢や希望なんか持たなかったのに…
私は、女性にとって新しい生活が始まる一番大切な夜と覚悟を
旦那様になるはずだった人の最悪の言葉で、
一瞬で台無しにされ、絶望の淵に落とされた。
私…何でここにいるんだろう。
なんて、惨めなのだろう。
パートナーとして、仲良くしていきたいと思っている?
何、それ?
距離が近くなって、もし、偽りの優しさでも懸想の気持ちを持ってしまったら、
惨めったらしく愛されたいと、少しの可能性に縋がってしまうかもしれない。
期待してしまうかもしれない。
私を都合よく利用しておいて受け入れない、絶対愛さない人に、
もし、そんな思いを持ったら虚しいだけ、また更に深く傷つくだけ。
この婚姻は、旦那様にとってカモフラージュで、
妻帯者という既成事実が、都合がいいのだ。
私を騙し続け、直前まで普通の結婚を装い、
結婚式を挙げてから、こんな事実を突きつけてくるなんて。
しかも結婚直後で、すぐに離縁できないのを承知で。
私にとって醜聞になるから、逃げられないを分かっていて…
なんて、冷酷で卑怯な男だろう。
ある意味、高位貴族らしいとも言える利己的な傲慢さ。
自分より下位の伯爵令嬢の私の人生なんて…矜恃なんて…
どうでもいいのだ。
怒りと嫌悪感が、抑えても抑えても湧き出してくる。
私は、名前だけの夫に、
お前は傀儡の侯爵夫人だと、
ここで飼い殺しすると、
宣言されたのだ。




