知らない間に決まっていた
「セレスティア・ロワード伯爵令嬢!まともに魔法を使えないお前を、この国の王子である私の婚約者として認めるわけにはいかない!この場をもって、婚約を破棄する!」
煌びやかな舞踏会に響いた第二王子サイラス・カラン殿下の声に、中央に一気に注目が集まった。
楽しげな声もダンスの演奏もピタリ止まり、ホールは静まり返った。
名指しで舞台に上げられた私は、刺さってくる好奇な視線を全身に感じながら、俯かないように顔を上げた。
いつか婚約がなくなるだろうとは覚悟していたが、まさかこんなところで、大々的に婚約破棄が行われるとは思っていなかった。
サイラス殿下が言う通り、私はまともに魔法が使えない。
貴族なら誰でも扱える魔法が使えないので、欠陥を抱えた令嬢と陰日向に噂されて来た。
初めはこうではなかったのに。
私とサイラス殿下が婚約者となったのは、私が五歳でサイラス殿下が八歳のとき。
私よりも高位のご令嬢が同世代にいるにも関わらず、伯爵家の私が直系の王族と婚約を結ぶことになったのは、五歳の魔力測定で高魔力値を叩き出したからだ。
他者に奪われないように、王族が囲い込むための婚約だった。
王族との縁続きになることを、伯爵家はもちろん喜んだ。
この婚約に影が差したのは、私が十歳のころ。
貴族の子どもは、十歳になれば魔法を習い始める。
私も例外ではなかった。
みんなに期待されていた私には、王宮魔法師が教師としてつけられた。
けれど、いつになっても魔法を使えるようにならなかった。
結局六年経った今でも、小さな火や少しの水を出すような、手品程度の魔法しか使えなかった。
どれだけ努力しても、血と涙に濡れても、全て無駄だった。
その代わり、魔法以外の全てで、誰にも負けないような実績を作り上げて来た。
剣術、馬術、政治、文学、ダンス、マナー、刺繍……
男女関係なく全ての分野に手を出し、魔法のハンデを埋めようとした。
けれど駄目だった。
この国は魔法至上主義の国だ。
どれだけ優秀で成果を出しても、魔法が使えない一点で蔑まれて見下される。
どんな努力も無意味だった。
だから、こんな時が来るのを覚悟していたのだ。
「サイラス殿下、ここでこの話はよろしくありません。場所を変えて……」
「はんっ!そう言って、婚約に縋ろうと言うのか?みっともないな。」
「……王家と伯爵家が決定したことでしたら、否はありません。私がいてもお邪魔になるでしょうから、退席させていただきます。みなさま、お騒がせいたしました。」
「ははは!無様だな!」
背後の悪態は聞こえないふりをして、足を止めずにホールを出た。
その足で馬車の停留所に行き、伯爵家へ帰宅した。
最後まで取り乱さず、決して俯かなかった。
伯爵家へ帰っても、誰も出迎えるものはいない。
いつものことだ。
魔法を使えないとわかるや否や、伯爵家は私の存在を否定した。
最低限の衣食住は何とかしてくれるが、嫌悪されて存在を無かったことにされている。
実に貴族らしい対応だ。
暴力や虐めを受けないだけマシかもしれない。
手のひらを返されてすぐは、家族の愛情を求めた。
けれど次第に疲れて、諦めた。
もう今は、何も感じない。
全てが空虚で、色褪せていた。
――――――
翌日、伯爵に呼ばれて執務室に赴いた。
そこには伯爵夫妻と兄と妹がいた。
私と違って、兄と妹は平均的に魔法が使える。
私の魔力量が判明した時に、伯爵夫妻は私を手放しで喜び厚遇した。
その時から兄妹とは溝ができてしまった。
私が魔法が使えないと分かってから、その溝はどんどん深くなった。
兄は私を嫌悪し、妹は私を蔑んだ。
だから私も彼らと関わらないようになった。
「サイラス殿下と婚約破棄が決まった。」
「かしこまりました。」
「役立たずのお姉様、何か他に言うことはありませんの?」
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「全くだな。出来損ないが。」
兄は仏頂面なのに、何故か妹は笑っている。
「それから、国王陛下のご慈悲によって、北方辺境伯との婚姻が決まった。」
「婚約ではなく、婚姻……ですか?」
「ああ。どうせ婚約破棄された傷物に、婚約者などできないからな。」
「お姉様、可哀想。北方辺境伯と言えば、魔物が絶えず湧いてくる危険地帯。野蛮な人が多いと聞きますわ。役立たずなら、殺されるのでわなくて?ふふっ。」
あぁ、だから妹は喜んでいるのか。
私がより過酷なところに行くのが嬉しいのだろう。
妹の言う通り、北方辺境伯領は過酷な土地だ。
魔物の襲来に、やせた土地、寒さ。
この国で最も人が住みづらい場所だと言う。
妹のように、北方辺境伯家を蔑んでいる貴族は多い。
特に王都である中央から南側は、それが顕著だ。
私には理解できない。
彼らが魔物の脅威から守ってくれているから、魔物に怯えずに暮らせていると言うのに。
それを分かっていないなんて。
「準備はさせている。明日には出発するように。」
「かしこまりました。」
何にせよ、私は北方辺境伯家に売られたことがわかった。
国王陛下が結んだのだから、決定事項だ。
何を言っても無駄だから、了承するしかない。
まぁ、王都には居づらかったから、いい機会だと思おう。
これで伯爵家とも王家とも縁が切れる。
北方辺境伯領は、どんなところだろうか。
不謹慎ながら、新しい場所は少し楽しみでもある。
私は北方辺境伯領に思いを馳せ、翌朝、追い出されるように王都を出た。
――――――
王都から北方辺境伯領領都は、王国の最北端に位置する。
距離は、馬車で片道半月ほど。
北に進むにつれ少しずつ気温が下がっていき、春だと言うのに雪がまだ残っている。
北方辺境伯領へ向かうのは、私以外に侍女一人、護衛四人、御者一人の計七人。
私を送り届けた後は、他の六人は王都の伯爵家に戻る予定だ。
知っている人が一人もいない場所で、私は過ごさなければならない。
何かあっても私一人の問題なので、ある意味楽ではある。
北方辺境伯領の砦を抜けると、一気に音が溢れた。
賑やかな笑い声に釣られて、馬車のカーテンをそっと開けた。
そこにあったのは、人々の笑顔、子どもの無邪気な声、商人の掛け声だった。
寒さに負けない、暖かな生が感じられた。
俯くものはおらず、誰も明日の心配をしていない。
私には、王都よりもずっと美しい光景に思えた。
北方辺境伯家に着くまで、私は飽きずに外を眺めていたのだった。
北方辺境伯家の門を潜ると、途端に静かになった。
それを少し寂しく思いながら、そっと深呼吸で緊張を和らげる。
「お嬢様、到着いたしました。」
「ええ。」
私の返事と共に、馬車の扉が開く。
馬車を降りると、多くの使用人が頭を下げて待っていた。
そして、中心に立つ男性が一人。
「待っていた。私はイシュド・ヘイゼン。北方辺境伯を賜っている。セレスティア嬢、これからは夫としてよろしく頼む。イシュドと呼んでくれ。」
「お初にお目にかかります。セレスティア・ロワードと申します。セレスティアとお呼びください。こちらこそよろしくお願いします、イシュド様。」
「邸や使用人の紹介はおいおい。部屋へ案内しよう。来たばかりだからゆっくりするといい。」
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます。」
突然の婚姻なので、最悪疎まれると思っていたが、歓迎されているようで安心した。
使用人たちからも嫌な視線を感じない。
心の内はわからないが、表面上は何とかやっていけそうに思う。
私はイシュド様にエスコートをしてもらいながら、邸の中に入ったのだった。
――――――
「おう、お帰りイシュド。どうだった、奥さんは?」
執務室戻ると、側近のリンクスが声をかけて来た。
もう少し余韻に浸っていたかったのに、とイラっとした。
「相変わらず美しかった。」
「ぶはっ!お、お前からそんなセリフが出るなんてな!」
リンクスは腹を抱えて笑っている。
横目で睨んで、荒く椅子に座る。
思い出すのは、先ほどの邂逅。
真っ直ぐ背筋を伸ばし、臆さず視線を合わせた美しい立ち姿。
相変わらずといったが、あの時よりもずっと美しくなっていた。
彼女が私の妻になるなんて、感慨深い。
執着しない私が、初めて欲して手を伸ばしたのだ。
やっと手に入れることができた。
「すんなり手に入って良かったよ。王家か伯爵家のどちらかが手放さなかったら、血を見るハメになっていただろうな。」
「当然だ。彼女が私以外の妻になるなど、許すはずないだろう?」
「重いな〜。奥方が潰れなきゃいいけど……」
「やっと捕まえたのだから、この手の内から逃がさないさ。」
春の社交シーズンが始まる前、東方辺境伯を証人として、国王に交渉を持ちかけた。
第二王子とセレスティアの婚約を破棄すること、私とセレスティアの婚姻を成立させること。
出来なければ王家の秘密を晒し、北方の守護を破棄すると。
王国の中で最も武力を持つ北方辺境伯家が、北方の守護を放棄すれば、王国は滅亡する。
王国を離反しても北方辺境伯家は問題ないが、王国の方は非常に困ったことになる。
聡い王族や貴族なら、誰でも知っていることだ。
だから北方辺境伯家は、貴族の中で最も優遇されている。
そこまでして何故セレスティアを手に入れたいのかと探られたが、そんな隙を見せてやるほど私は甘くない。
国王は少し悩んでいたが、すぐに了承して書類を整えていた。
同時に、手のものを使って、第二王子に「大勢の証人がいる前で破棄すれば、撤回はない」と唆した。
そうして起こったのが、春の舞踏会の出来事だ。
魔法通信ですでに詳細は把握していた。
伯爵家の方にも圧力をかけようかとも思ったが、普段の無関心ぶりを聞くに、放置する方が上手く行くと判断した。
下手に有用性を与えると、面倒になるからだ。
こうして裏で色々と手を回し、彼女を懐に招くことができた。
一生手放す気はないし、ここを居場所になるように手を尽くすつもりだ。
自分でもかなり重いと思っているが、彼女にはゆっくり知ってもらおう。
どうせなら、依存してくれるのが一番いいのだが。
すでに手は考えてある。
少しずつ囲い込んでいこう。
彼女との未来を馳せ、うっそりと微笑んだ。
その後、たった一年のうちに、北方辺境伯夫人セレスティア・ヘイゼンの名は、王国のみならず国外にも届くようになるのだった。
本当の彼女を知って、王家、伯爵家、国外が不穏な動きを見せるのだが、それはまた別の話。




