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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「アルツハイマー」は道具だった?〜パーソナリティー障害の母が仕掛ける人生のデスゲーム〜

作者: ぽぴ
掲載日:2025/12/06







 ある朝、母からメッセージが届いていた。「祖父はアルツハイマー型認知症だから、忘れてしまう前に会いに行ってあげて」と。


 私はすぐに、祖父へ電話をかけた。母のメッセージに違和感を覚えたからだ。数秒の呼び出し音のあと、「おぉ、元気にしとるか?」と、元気そうな祖父の声が聞こえてきた。


 私は「あー、じいちゃん元気? アルツハイマーって聞いたけど、それって本当?」と、率直な疑問を投げかけた。


 祖父は「あー…それなぁ…。娘(わたしの母)が病院に連れて行ってくれてなぁ…」と、少し困った様子で話し始めた。


 祖父は続けて、「先生が検査結果を教えてくれなくて腹が立って、病院で怒ったんよなぁ」と言い、驚いた私は、「え、そんな病院があるの?」と聞き返した。


 祖父は続けて、「そうなんよ…。娘とばあちゃんの三人で行って、娘だけが説明を聞いて、『お父さんはアルツハイマーだったよ』と言ってきたんよ。先生からは、なーんの説明もない。説明を希望しても、先生から『娘さんから聞いて下さい』と突っぱねられてなぁー…。」と言った。

 

 私はそれを聞いて、「(母がまた何かしたに違いない)」と確信した。


 私の母はパーソナリティー障害者だ。母の価値観は歪んでいて、「どうすれば楽をして、自分の価値を高められるか」ということ以外考えていない。


 母は、「自分は主人公であり、他の人は自分の人生を彩る脇役モブ」と信じて疑わない。その証拠に、私の本名は、母が再婚した相手の元妻と同姓同名だ。母の強い要望でこの名前に変えられた。


母の意図はまったく分からないが、再婚相手は私の名前を呼ぶたびに、元奥さんを思い出して、ひどく苦しんでいただろう。


 それに加え、幼少期の私を「小児喘息」に仕立て上げた前科が母にはある。子供を心配する良き母親を演じていたが、私は小児喘息になったことも、喘息を抑える吸入器をつかったこともない。


母が称賛を浴びるための道具として、いつでも使えるように、「私は小児喘息だ」と思わされていただけだった。



 そんな極度の自己中である母が、誰かのためを思った優しい行動をするとは考えにくい。むしろ、「認知症の父を看病している私」という立場を得るために、医師へ「父は納得できないとすぐに怒るので、私が説明を聞きます」という根回しをしていても、まったく不思議ではない。


 そうやって考えてみると、本人の意思をなるべく尊重する医療現場で、医師が本人に説明をせず、「娘さんから聞いて下さい」という謎の行動をとっていることにも納得がいく。


 おそらく母は、祖父を無能な人形にしようとしてるのだ。「あなたはアルツハイマーなのよ」という言葉で祖父の意思を奪い、祖父の人生や財産を奪うためのデスゲームを仕掛けてきている。



 私は祖父と電話を終えたあと、母に電話をかけた。電話ならメッセージより嘘が付きにくいと考えたからだ。


 母は電話に出るなり、「じいちゃん、アルツハイマーで感情がコントロールできなくて、ほんと大変よー。会話もできないし、言ったことも覚えてないし」と、興奮しているかのような早口で、聞いてもいないことを喋ってきた。


まるで、初めから用意されていたストーリーを聞いているかのようだった。


 冷めた私とは対照的に、興奮している母は喋り続け、「ばあちゃんも認知症やろ? じいちゃんもアルツハイマーで、私も肺が悪くて忙しいのに本当に大変」と、一息で言い切った。


 私はやっと喋るタイミングを見つけたので、「あー、そうなんだ。めっちゃ大変やん。え?ばあちゃんも認知症なの?」と聞いた。そんな話は聞いていないからだ。


 母は「ぅっ…」と極々微かな声でたじろぎ「…そうよ。ばあちゃんとじいちゃんは二人とも認知症よ。病院でちゃんと診断されたよ」と、自信に満ちた声で答えた。


 それにしても、やはりおかしい。母は「祖父は感情のコントロールができず、会話も成り立たない」と言った。しかし先程、私が祖父と話したときにはそのような違和感はまったく無かった。


 むしろ、「じいちゃんボケとるから。メモを持ってくるから待ってな。」と、自分の状態を受け入れ、解決策を日常生活に取り入れる余裕があった。


 私は母に「あ、そうなんやー、大変やねー」と言い、続けて「あーごめんやけど、休憩が終わるからまた今度ね。」と言って電話を切った。


 母の反応を見る限り、祖父はアルツハイマーではなさそうだ。母から「じいちゃん、アルツハイマーだったよ」と言われた以外に、アルツハイマーであることを裏付ける話がない。アルツハイマーなら薬を処方されるみたいだけど、薬も飲んでいないみたいだし、医師から「アルツハイマー」と、説明を受けたわけでもない。



 現時点では、虚言癖のある母が「じいちゃんはアルツハイマーだった」と、言っているだけだ。


 何にしろ、祖父は再検査が必要だと思う。


 母は電話を切るときに、「私も病気で、もうすぐ死ぬから」と言っていた。私はその言葉を二十五年も聞いてきた。だが母は一向に死なない。むしろ、病気であればあるほどに、母は元気になる。病名が自分の価値を上げてくれると信じているからだ。


 愛もなく、反省もなく、ただ優しさだけを周囲にねだる母の行動は、まぎれもなく病的なものだ。


 しかし、母は病気であることを決して認めない。もし本当に病気だったなら、自分の価値が下がってしまうと思っているからだ。


 一見、矛盾しているように見えるが、「病気だ」と言い、自分が周囲をコントロールすることと、「病気」によって、自分がコントロールされることでは、主導権に大きな違いがある。


 パーソナリティー障害者の母は『病気』を道具として利用する。 道具ごときである『病気』に、自分がコントロールされてしまうことは、決してあってはならないのだ。



 



【あとがき】


 コミュニケーションには、『ゲーム』と呼ばれる、人を不幸にする悪いコミュニケーションがある。


 例えば、「病気だから〜」と頻繁にいう人は、病気というアイテムを使って、周囲の気を引くゲームをしている。 このゲームの目的は、病気を盾にして周囲の関心や配慮を引き出し、優越感や安心感という報酬を得る目的がある。


 誰かがあなたに「◯◯が下手くそで人間性を疑う」と言ってきたとき、それもまたゲームだ。あなたが不快な思いをすれば、ゲームはクリアされ、相手はあなたを犠牲にしたことで、報酬としての優越感を得る。


 これらの『ゲーム』に反応をしてしまうと、一生、付きまとわれることになる。彼らに「成功」という報酬を与えてはいけない。


 だから、誹謗中傷に対しては無視が効果的であるし、「病気」を盾に気を引こうとする人とは距離をとることが効果的だ。


 もし無視や距離をとったとき、相手から「逃げた」「敗北者」と言われても、勝利の基準が違うのであなたは敗北者ではない。相手は場当たり的な勝利を望むが、あなたは、人生を守るという大きな勝利のために動く。まったく、敗北者ではない。


 特に、私の母のようなパーソナリティー障害者のような人が近くにいる人にとって、このような『ゲーム』の概念は、混沌とした人間関係を整理するための重要な道具となると思う。




【あとがき】まで読んでくれてありがとうございました。


 もし面白かったり、興味深い内容だったのならリアクションや評価をしてもらえるとすごく助かります。リアクションがあると、私も「(この作品はこんな反応があるのか)」と学習ができ、執筆の励みになります。


そして何より、読者様が好む作品が作られやすくなります。気が向いた瞬間でいいので、ご協力をお願いいたします。


 

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