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第9話:法則の衝突

 

 巨大な赤色の光の柱が、雪兎ちゃうの顔めがけて迫る。その熱量は凄まじく、光の柱が通過する空気そのものが燃焼しているかのようだった。イソーの顔は恐怖で引き攣り、騎士姿のリスナーも、咄嗟に防御スキルを展開しようと身構えた。


「しまった!早くコマンドの実行を、この世界のシステムが邪魔しに来た!」


 イソーの叫び声は、最早悲鳴に近い。防衛魔法がコマンド実行前に当たれば、すべてが失敗する。


 しかし、雪兎ちゃうの頭の中は今、配信者として興奮状態にあった。

 

 そして彼女の脳内ではとんでもない判断をしていた!


──────この絶体絶命のピンチこそ最高の「撮れ高」であり最高の締め括りになる。


「ひえっ!マジかぁ、最終回でボス戦!?でも、ここで逃げたら配信者失格やろ!」


 わたしはリスナーに向けて発した。


 迫りくる赤い光を視界の端に捉えながら、意識を切り替えた。この物語は、わたしが最高のポーズを決めるところで終わらなければならない。


「いくで!おるぁあああああああああ!!!」


 わたしは、再び握りしめた灰色の石(帰還の鍵)を胸に強く押し当て、声を張り上げた。


「みんな!ラスト、最高の感謝を勝利への願いを込めて!いくやで!」「おつちゃうビクトリーからの~!」


 その言葉と共に、わたしは頭上の「V」の字のポーズから、一気に両腕を広げ、手のひらを天に突き刺すような、お馴染みの「すしざんまいポーズ」を完成させた!


「すしざんまい!」


『『『『すしざんまい!!』』』』


 わたしとリスナーがポーズを取った刹那、握りしめていた『帰還の鍵』から、眼下に広がる城塞都市と聖地を覆い尽くすほどの、強烈な純白の光が放たれた。


 それは、バルドゥーク伯爵の魔法とは比較にならないシステム制御の光だった。わたしたちの空中拠点周辺の空間に、巨大な半透明の白く輝くのウィンドウが一瞬で展開した。


> 【コマンド:帰還】

>

> 実行条件:[座標:特定高度] + [鍵:認証完了] + [トリガー:おつざんまい]

>

>――認証、完…ry


 システムメッセージは、帰還コマンドの成立を宣告した。しかし、そのメッセージが完全に表示される間もなく――


ドォオオオオオン!!!


 バルドゥーク伯爵の放った赤い防衛魔法がわたしたちのシステムウィンドウの中心部分に激突した。


 純白のシステム制御光と異世界の法則に基づく魔法の光が、城塞都市の数百メートルの上空で、正面から衝突したのだ。


 結果、どちらの力も完全に相手を打ち消すことはなかった。


 衝突したシステムウィンドウには、まるでモニターが割れたかのように、赤い光の干渉によって巨大なエラーマークが展開した。白い画面の中心を、赤と黒の『ERROR』の文字が覆い尽くす。


「うわあああああ!システムエラーだ!」


 イソーが絶望的な声を上げた。


「だめだ!この世界の法則が、帰還コマンドを上書きした!法則の固定が、不安定になっている!」


 帰還へのゲートは発生しなかった。代わりに、空中拠点全体が青、赤、緑のノイズのような光に包まれた。それは、まるで古いゲーム機がフリーズした時のような、凄まじい光の振動だった。


 わたしの『スキル雑談』ウィンドウも、バチバチッ!という音を立てて、砕け散る。


『やべえ!画…面がバグってる!』

『回線落ち…か!?』

『ちゃう…ちゃあ…あ…あ…ん!』


 リスナーたちのコメントも、ノイズによって途切れ途切れになる。


 次の瞬間、わたしとリスナーたちの足場となっていた浮遊魔法の力(スパチャ経済法則の産物)が一気に消滅した。


「きゃあああああああああああああああ!!」


 わたしたちは、数百メートルの高さから、コントロールを失い、城塞都市の裏側の山岳地帯に向かって急速に落下し始めた。


 イソーは落下する瞬間に、わたしに叫んだ。


「ちゃうちゃん!この攻撃とコマンドの衝突でシステムは強制リブートした!俺たちの能力は……コントロール出来ない状態になっている!絶対に、あの石を離さ…ない…で!」


 イソーの警告も、落下する風の音とノイズにかき消されていく。


 わたしは、ただただ灰色の石を強く握りしめ、目を固く閉じた。わたしたちは、元の世界へ帰ることもできず、異世界で生きていくための足場すら失ってしまったのだ。


──────────────────


 城塞都市では、この驚天動地の光景が全く別の意味で解釈されていた。


 バルドゥーク伯爵は、城壁から立ち上った巨大な光の爆発に愕然としていた。


「な、何だ今の光は……!我が防衛魔法と、使徒の力が激突したのか!?空が割れたぞ!」


 彼は、自分の魔法がシステムエラーを引き起こしたことなど知る由もない。ただ、自分たちの攻撃が空を割るほどの奇跡とぶつかったという事実だけが残った。



 城塞都市に住む、ひとりの異世界人が何やら意味ありげに呟く。


「使徒様の怒りだ。我々は天の領域を侵した!この騒動は、更なる災いを招く……」


 一方、街道の聖地【0, 0】に集結していた群衆は、空中での光の爆発を目撃し、使徒が地上で暴れる悪魔を討つための「聖戦」と捉えていた。


「おぉ!使徒様は、我々に試練を与えたもうた!あの光は、悪しき者を討つための、天啓の剣だ!」


 老商人や若い女性をはじめとする異世界住民にとって、この落下と爆発は、使徒が地上に舞い戻り本格的にこの世界に介入を始める合図だと解釈された。彼らの意味不明な信仰は、これにより一層、狂信的なものへと変わっていく。


──────────────────


 激しい落下と、地面に激突した衝撃。


 どれほどの時間が経っただろうか。


 わたしは、身体の痛みに朦朧としながら、意識を取り戻した。周囲には、わたしと同じように、意識を失ったまま倒れているリスナーたちの姿があった。


 わたしたちは、山岳地帯の、木々が密集した斜面に不時着していた。


 空はすでに白み始めている。


 手には、依然として灰色の石、『帰還の鍵』が強く握られていた。


「うぅ……いたい……全然、帰れてないじゃん……」


 わたしは小さく呟いた。


 帰還へのチャレンジは失敗に終わった。しかしコマンドの実行と異世界からの強力な魔法攻撃がシステムに衝突した結果、わたしたちの身体と能力に変化が訪れているのを感じた。


 <<破損したシステムの修復完了…リブートの後、強制アップデートにより身体及びスキル強化>>


 脳内に響いた声に、わたしはふと自分の頭にある葉っぱに触れた。雪兎の鮮やかな緑色の葉っぱだ。しかし、その葉っぱが今、微かに青く光っていることに気づいた。そして、自分身体から、以前よりも遥かに強力な光の粒子が、絶え間なく溢れ出ているのを感じた。



 わたしたちは元の世界へは帰れなかった。


 しかし、何も得られなかったわけではない。


 この世界のシステムエラーによってわたしの配信枠が壊され地面へと墜落してしまった。なのに強制アップデートで行われた身体強化による恩恵で、ほぼ無傷なのである。


 具体的な理由はわからないけど、偶然とはいえ強化された身体、そして更なる力を得たと確信できる『スキル雑談』。


 次第に意識を取り戻したリスナーたち自身も同様にその変化に戸惑っているようだった。


「なんか俺たち強くなってね?www」

「ひゃっはー!!」

「たぎるwwwwwww」



──────訂正する、わたし以外の誰も戸惑ってなどいなかったw







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