第8話:城塞都市と帰還への道
ひとまず朝活配信を終えて、わたしとリスナーたちはイソーの「城塞都市へ向かう」という決断に従い、山を下り始めた。
「イソー、本当にいいの?あそこ、昨日のおじいちゃんたちが騒いでた街だよ?絶対また揉めるって!」
「大丈夫だ、ちゃうちゃん。騒動にはならないように上から情報を集める。それに、あの城塞都市は、この世界の中でも高い建物が多い場所だ。俺たちの帰還に『高さ』という座標要素が必要な可能性も否定できない」
わたしは「上から?」という疑問を浮かべ、すぐに飲み込んだ。
ちょっと意味不明な説明に困惑したけど、詳細を聞いたら話が長くなりそうなので今は聞くのをやめた。だって面倒くさいやんw
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イソーは雪兎ちゃうを納得させるために、もっともらしい「情報分析」の理由を付け加えたが、その真の狙いは座標【0, 0】の聖地から最も近く、かつ追手が届かない高度で、ヒントB(帰還への鍵)とヒントC(発動トリガー)のコンボコマンドを実行することだった。
山を下りるにつれて、城塞都市の威容が姿を現した。それは、強固な石造りの城壁に囲まれた巨大な都市で、中世ヨーロッパの要塞都市を思わせる荘厳さがある。そして、都市のすぐ外の街道の開けた場所には、昨夜の松明の光の群れがそのまま集結していた。彼らは座標【0, 0】の場所を祭壇のように囲み、熱心に祈りを捧げている。その群衆の数は、もはや異国の宗教集団の域に達していた。
遠巻きにはあるがその異様さに、及び腰になってしまう。
「うわ……マジで聖地になってる……」
わたしは思わず息を飲んだ。この派手な姿で近づけば、たちまち豊穣の使徒として担ぎ上げられるか、異端者として吊るされるかのどちらかだ…。
「ほな、こっちから回り道すっか?」
お調子者のリスナー「マルさん」が気軽な雰囲気で提案する。彼の視線の先には街道からは見えにくいケモノ道があった。
「よし!先導はマカセロリ!」
マルさんの言葉を受けてスイカ頭のリスナーが前へ出た。さすがの連携プレイ!わたしのリスナーは優秀だなぁと少しだけ誇らしげに思えた。
ケモノ道を進むことしばし、わたしたちは群衆を避けるため城壁まで大きく迂回して、裏側から都市への潜入を試みることにした。しかし、城壁の裏側の門は硬く閉ざされていて、長い期間使われたことがないみたいだった。
わたしが高い城壁を見上げ途方に暮れていると、自信にあふれた声が聞こえてきた。
「これくらいのことは想定済み!」
頭脳派リスナーのイソーがそう言うと次々に指示を出す。
「上空へ移動するぞ!このために魔法使いのリスナーがいるんだ!」
魔法使いアバターのリスナーたちは、イソーにひとつ頷くと全員で協力して『浮遊魔法』のスキルを発動させる。しかし、彼らの魔法はあくまで配信の世界の遊びのスキルであり、その力は心もとない。
「ちょ、魔法が弱くて、全然浮かないんだけどw」
「くそっ、この世界の法則が邪魔してる!異世界物理法則が強すぎる!」
弱音を吐いているリスナー見つめながら、わたしは閃いた。
「みんな!魔法じゃなくて、配信のノリで飛ぶんだよ!」
わたしは急遽『スキル雑談』を発動させウィンドウに向かって声を張った。
「みんな!今日の目標は『城塞都市を空中から見渡す配信!』ってことで、スパチャで!みんなの浮遊力を高めてくれー!」
急な配信と要請にも関わらず、多くのリスナーが応える。
『来たな!金で解決する異世界配信www』
『いくぜ、人力空中浮遊スパチャ!』
『札束で殴る系VTuberwwwww』
リスナーが次々とスパチャを投下すると、その光が魔法使いアバターたちの足元に集積し"魔力"へと変換された。物理法則ではなく経済法則の力で、わたしたちはゆっくりと、しかし確実に城塞都市の上空へと上昇していった。
『おお!まじで浮かび始めたw』
『浮遊配信キターーーー!!!』
城塞都市の真上、数百メートルの高さまで来たところで、この風景を配信に乗せるため、わたしは『スキル雑談』をスパチャ(魔力)の力を借りて大きく展開させた。光のウィンドウが街の半分ほどの大きさに広がり、わたしたちの空中拠点が完成する。
「目標達成から、こんちゃう!雪兎ちゃうだよー!見て!今日の配信場所は天空の城塞都市上空!」
改めて配信開始を宣言するわたし。
『うわー!絶景!』
『マジで城の上だ!』
『これでこそVTuber配信だぜ!』
『これは墜落しないように追加スパチャ必須やろwww』
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一方その頃………城塞都市の城主であるバルドゥーク伯爵は、城の中心にある私室の窓から、空中に突如現れた光と異形の集団を見て、激しく動揺していた。
「あれは何だ!?空中に出現した巨大な光の枠!そして、あの異形の者や奇怪な装束の人間たち!」
彼の近衛兵が報告する。
「伯爵様!あれは昨日、街道の聖地に集結した群衆が信仰する『豊穣の使徒』とその眷属だと思われます!彼らは我々の常識を超越した力で空を飛んでいます!」
「使徒だと?しかし、彼らが城の上空にいるということは我々への威嚇なのか?都市の防衛結界は起動しているのか!」
バルドゥーク伯爵は焦燥していた。城塞都市は古来より伝わる結界魔法によって守られている。が、しかし領主として都市の上空に陣取る異様な集団に対し黙って見過ごすわけにはいかなかった。
彼は即座に魔法兵団に「防衛魔法」の発動を命じた。
「我が領地を侵犯する者は、何人たりとも許さん!撃ち落とせ!!」
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空中の光のウィンドウの中で、イソーは冷や汗を拭いながら、わたしの横で声を張り上げた。彼の目的はこの場所で、すべてのヒントを連結させることだ。
「ちゃうちゃん、今こそ、あの『帰還の鍵』を使う時だ!」
「え、今?どうやって?」
「ちゃうちゃんいい?俺たちは今、最も高い場所にいる。そして、俺たちの帰るべき真の座標は、あの聖地の真上にある可能性が高い!あの群衆が崇拝する聖地に向かって……」
そう指示するとイソーは、雪兎ちゃうには聞こえない声でそっと唱えた。
<<鍵(法則の固定)を使いコマンド(おつざんまい)を実行>>
異世界のシステムに干渉するための詠唱を終えたイソーは再び雪兎ちゃうに指示を伝える。
「ちゃうちゃん、鍵を握って、聖地に向かって……あのポーズをしてくれ!」
「あのポーズって……おつざんまいポーズ?」
「そうだ!あれは、ちゃうちゃんがラジオ体操を締めくくる時に最高の感謝と勝利を表すポーズだろ?この世界を、騒動に巻き込んだことへの謝罪と、元の世界に帰れる感謝の気持ち、そして我々の勝利への祈りを込めて、最高のポーズを城塞都市と聖地に向かってしてくれ!」
わたしは納得した。「感謝」という言葉は、わたしにとって最高の動機付けだった。この世界に混乱を引き起こしたお詫びと、元の世界に戻るという最高の「勝利」を願う祈りこそが今、必要なのだと。
その提案を受けたリスナーたちも同調しはじめる。
『ほなワイらも一緒に!』
『ちゃうちゃん、はよ帰ってきてー!』
『ラジオ体操の締めがキ〇ラのつばさなんかwww』
『ルrrrrrrrラwwww』
「わかった!みんなー!最高のポーズ、いくやで!」
わたしは、手に灰色の石『帰還の鍵』を強く握りしめた。そして、眼下の聖地を囲む群衆と巨大な城塞都市を見下ろし、大きく息を吸い込んだ。
すると、灰色の石はわたしの手からふわりと離れ、刻まれた紋様が薄く光を放ちながら浮いている。
まずは、あいた両手を頭の上で大きく「V」の字に広げ「おつちゃうビクトリー!」のフレーズを唱える。わたしの身体から拡散する粒子が、その増した熱量で一段と強く輝く。
─────その時だった。
城塞都市の城壁から轟音と共に巨大な赤色の光の柱が、わたしたちの空中拠点めがけて発射された。それはバルドゥーク伯爵が発動させた防衛魔法だった。
イソーが慌てた表情で叫ぶ!
「しまった!早くコマンドの実行を、この世界のシステムが邪魔しに来た!」
赤い光の柱はとてつもない熱量を発しながら、わたしの顔のすぐそばまで迫っていた。
わたしは、「からの~すしざんまい!」のポーズを取る直前、初めてこの異世界からの攻撃に晒されそうになっていた。




