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第5話:スパチャ経済と鑑定結果

「お、おお……!神の使いよ!その天の御恵み(金貨のアイコン)を、この老いぼれ商人に譲っていただけぬか!?」


 目の前に現れた商人らしき男は、わたしの目の前に浮かぶ光のウィンドウを指さし、興奮気味に鼻息を荒げていた。商人の目線の先には、先ほどリスナーのスパチャによって生成されたばかりの、金色のコインのアイコンがいくつか浮かんでいる。


「え?あの…この金貨アイコンを?」


 わたしは戸惑った。この金貨アイコンが本当に異世界の通貨として機能するのか、まったく確信が持てない。だけど現状、無一文である以上試してみる価値はあるのかもしれない。


「いいけど、この金貨が本当に価値があるのか、まずはテストしますね!」


 わたしは恐る恐るウィンドウに映る金貨のアイコン触れた。すると金貨のアイコンがブンッという軽い振動一つ、ウィンドウから抜け落ちるように実体化しチャリン♪という音を立てて、わたしの足元の石畳に落ちた。それは、さっき老人が持っていたものとよく似た、本物の金貨だった。


 わたしは唖然とした。まさか本当に金貨アイコンが実体化するとは…異世界とはいえ、これはかなりのチートなのでは?


 わたしの内心など気にすることなく、老商人は目を輝かせうやうやしく金貨を拾い上げた。


「間違いございません!これは純度最高の金貨!神の使い様、私は商人。この金貨を元手に何を望まれますか?宝石、食料、武器…」


 老商人は意味深げに少しの間をあけて続ける。 


「あるいはこの街の…秘匿された情報などはいかがですか?」


 雪兎ちゃうを見上げた男の顔には老獪な微笑みが浮かんでいる。


「秘匿された情報!?」


「そう、秘匿された情報が隠されていると言われる不思議なアイテムがございまして…」


 わたしはハッとした。情報収集こそがいま最も必要なこと。少し考えたあと老商人に対して交渉を始めた。


「じゃあ、この金貨1枚でその不思議なアイテムを持ってきてください!」


 異世界といえば謎アイテム!そこに隠された情報には価値があるはず。金貨1枚は惜しいけど、ここは思い切って依頼してみることにした。


 決して金貨1枚でお腹いっぱい美味しいものを食べたいなどとは考えていない…考えてなどいないのだ!!


「おお!さすがは神の使い様、すべてお見通しの様ですな。そのご依頼、お受けいたします」


 そのやりとりを視聴していたリスナーたちはコメント欄で大いに盛り上がった。


『お、交渉上手!』

『「不思議なアイテム」って謎過ぎるやろwwww』

『異世界ガチャ配信キタコレ!』

『アイテム詐欺フラグきちゃwww』


 そんなコメントが流れ続ける中、男は深く頭を下げると意気揚々と街の方向へ走っていった。


────────────────────────


 遠くに老商人が見えなくなるまで見送ったあと、戻ってくるまでの間、わたしたちは「異世界スパチャ経済」について話し合った。


「特定金額のスパチャが金貨に変換されるなら、その金額はこの異世界の『鍵』として設定されている可能性が高い」とイソーは推測した。


 その最中にも、リスナーたちは面白がって次々と「テストスパチャ」を投げ続ける。


『この金額だと銀貨になるか?』

『端数だと砂金になったぞwww』


 ウィンドウには金貨以外にも、銀貨、銅貨、そして時折鑑定不能な謎の光る石のようなアイコンが出現し始めた。リスナーの好奇心と経済力が、この異世界の通貨システムをハッキングしているかのようだった。


 そして、この異常な現象はすぐに街にも伝播した。


 しばらくして商人だけでなく、数人の農民や職人らしき人物たちが半透明の光のウィンドウに群がるように恐る恐る近づいてきた。彼らは、わたしたちの目の前を漂う金貨や銀貨のアイコンを見て「神からの御恵み」を分けてもらおうと群がり始めている。


 わたしは冷や汗をかいた。「聖地騒動」に続き、今度は「通貨騒動」だ。


「みんな!もうスパチャやめて!異世界が謎金貨でジャブジャブになっちゃうから!」


 わたしが必死に叫んだがリスナーは止まらない。彼らにとってこれは最高のリアクションが取れる「撮れ高」なのだ。


────────────────────────


 やがて、息を切らした商人が戻ってきた。彼の両手には、布に包まれた、ゴツゴツとした「灰色の石」が乗っている。


「神の使い様これです!ワシが目を付けていた代物。この街の錬金術師たちが『魔力は宿っているが無意味な石』として見向きもしない代物。しかし、この石には何やら古い文様が刻まれております!何か不思議な感じはしませんか?」


 わたしは石を受け取った。


──────重い。魔力があると言われても、ただの石にしか見えない。


「ふーん、これが?どう見てもただの灰色のの石だけど…」


 わたしはリアクションのために、ウィンドウに向かって石を掲げた。


「みんな、これが金貨一枚で買った最高のガラクタだよ!このままだと配信のネタにもならないから、できるかどうかわからないけど、ちょっと鑑定してみるね!」


『お!鑑定スキル持ちなのかw』

『初鑑定しちゃう!』

『なんでもありやな異世界wwww』


 わたしはダメ元でゲーム実況をしていた時によく使っていた鑑定魔法の呪文を唱え右手を石にかざしてみた。



 …

 ……

 ………。


 一瞬"何か"が表示されたっぽいけど、わたしには認識出来なかった。


「鑑定はできたみたいだけど、なーんも起こらんかったねw結局ただの石やんこれwww」


 そんなわたしの言葉に被せるように頭脳派リスナーのイソーが呟いた。


「今『帰還のシステムキー』って……」


「え?なんなんそれ?何もわからんかったけど」


 ほんのわずかな一瞬の表示で雪兎ちゃうを含め他の誰も認識できなかったが、イソーだけはこの重要なメッセージの内容にに気付いていたのだ。


 エルフ姿のイソーはその色白の顔色を更に蒼白にしながら、ひと呼吸おいてから、こっそり表示内容を伝える。 



>【鑑定結果】

>

>アイテム名:帰還のシステムキー

>

>効果:世界法則の固定

>

>認証条件:特定金額の御布施(認証完了)


 

 そして、鑑定内容こそ聞き取れなかっただろうが、その石を持ってきた老商人はわたしの「鑑定の呪文」を見て両手を天に掲げた。


「おぉ!神の使いは、その無意味な石を『天啓の石』へと変えた!これを奇跡と言わずして何を奇跡と申しましょう!!!」


 老商人のその言葉に、わたしたちの周りに群がっていた異世界の人たちも歓声をあげる。


 老商人と異世界人の奇妙な歓喜の声と、イソーの静かな恐怖。


 そして、わたしの配信は、無邪気に続いていく。




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