第27話:ワイらとアイツとバナナ
城塞の最上階、この世界の法則の心臓部である『最初の祭壇』。
雪兎ちゃうの宣言が空気を震わせた瞬間、その声に応えるように空間が青く輝き、そして真紅に明滅した。
目の前に浮かぶバルドゥーク伯爵――いや、その肉体を苗床にして顕現した「御方」の末端ユニットは、無機質な多重音声で「不純物の排除」を決定した。
「計算外の熱量を確認……。個体名:雪兎ちゃうを……特異点として認定……。全領域の法則を……静止へ固定……。これより、全多層次元における『静止の秩序』を最終確定する」
伯爵の背中から生えた無数の半透明な光の糸が、まるで獲物を狙う神経細胞のように蠢き、鋭利な槍となってわたしたちへ殺到する。その一本一本が、触れた者の時間を凍結させ、存在そのものを消去する概念の刃だ。その密度は、先ほどまでの比ではない。空気がキシキシと悲鳴を上げ、視界そのものが「静止画」に固定されようとしていた。
「……させるかよ!!」
その時、わたしの背後から地響きのような怒号が響いた。
背後から飛び出してきたのは、これまでの旅の中で身体を張って一行の安全を確保してきた有志たち――『リスナー戦闘班』の精鋭たちだった。ふざけたキャラクターのアバターでありながら、ちゃうへの「推し」という名の熱狂をパワーに変え、祭壇の硬い床を蹴った。
「ちゃうちゃんには指一本触れさせねえぞ! この日のために、伝説のレアドロップ装備をフル強化してきたんだ!」
「このラストバトルのために、リアルで七日間の有休取ってきたんだよぉおお!! 嫁には『世界を救いに行く』って言ってきた!!」
先頭を走るのは、黄金のフルプレートを纏った重課金騎士アバターの『トモタン』。彼はその巨大な盾を構え、迫り来る光の糸を正面から受け止める。「ガキン!」という、物理法則を無視した火花が飛び散る。
その後ろからは、和装で刀を構えた『斬鉄剣士』が、目にも止まらぬ速さで糸の包囲網をシュシュっと両断していく。さらに、ネタ枠のはずの「ピンクと緑の全身タイツ」の着ぐるみを着た通称『させ隊ニキ』が、丸太のような腕で糸を掴み取り、力任せに引きちぎっていく。
また、一方では一糸乱れぬ呼吸での連携も見られた。
「あたしの盾を足場に!!」
防衛ネキの合図でハッピ姿の『ハコオシ』が、ネキの盾を踏み台に飛び上がり巨大なハンマーを手に、回転しながら糸を絡みとっていく。
『やべー!カッコいい!!!』
『ワイも参加したかったwww』
『なにこれ!ムネアツなんだけど!!』
『ナイス連携!!』
戦闘を観ているリスナーからのコメントにも力が入る。
「クワッ! クワッ!」「クワッ!」
さらに、扉を蹴破って合流したアルカディアのアヒル歩き兵士たちも、その低重心な動きで糸の包囲を潜り抜け、祭壇の基部へと肉薄していく。彼らの歩みは滑稽だが、その眼差しには「使徒様を守る」という純粋な狂気が宿っていた。
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戦場が混沌を極める中、わたしのすぐ隣で解析を続けていたイソーが、信じられないほど険しい表情を浮かべていた。彼の手元に浮かぶ解析ウィンドウは、今や迷宮の全エネルギーを逆流させるほどの負荷に晒されている。
その隣で干渉銃を構え直していたアカリが、ふと、イソーの横顔を見て、掠れた声を漏らした。
「……やっぱり、そうなのね。その独特なコマンド入力の癖、そしてその不器用なまでに真っ直ぐな魔力波形。隠しても無駄よ」
アカリの言葉に、イソーのタイピングする手が、わずかに止まった。
アカリは銃を「御方」に向けたまま、どこか懐かしむような、それでいて深い痛みを伴う視線を彼に向けた。
「久しぶりね、ロー。まさかこんな形で、あんたの尻拭い(バグ取り)を手伝わされるなんて思わなかったわ。あんたが姿を消してから、どれだけの年月が経ったと思ってるの?」
――『ロー』
その名が呼ばれた瞬間、イソーの肩が大きく震えた。
「……よせ、アカリ。今は、その名前を呼ぶ時じゃない。私は……私はただの、一人の解析屋だ」
「いいえ、呼ぶわよ。だって、この『最初の祭壇』の基本設計を書いたのは、かつての管理官……あんたじゃないの! あんたが追い求めた『理想の世界』の成れの果てが、あの化け物(御方)なのよ! だからこそ、あいつの論理的な弱点も、糸の接続先も、あんたが世界で一番知っているはずよ!」
わたしは、二人の会話に衝撃を受けた。
イソー……ううん、『ロー』と呼ばれた彼は、かつてこの世界のシステム側、つまり「管理する側」の中枢にいた人間だったのだ。アカリと彼は、かつて同じ目的を持ってシステムの構築に携わり、そして何らかの理由で袂を分かった同志だった。
しかし、感傷に浸る時間は一瞬も与えられなかった。
「警告……。外部介入が許容値を超過……。不確定要素の増殖を検知……。防衛プロトコル・フェーズ3……『真紅の断罪』を展開する。これより対象の存在権限を抹消する」
「御方」の瞳が、伯爵がかつて得意としていた『赤い防御魔法』と同じ、不気味な緋色に染まる。
次の瞬間、祭壇全体を覆うように、赤い幾何学模様の壁が巨大なドーム状に展開された。
「しまっ――みんな、離れろ!! そいつに触れるな!!」
イソーの叫びも虚しく、勢いに乗って糸を斬り払っていたリスナー戦闘班たちが、その赤い壁に接触してしまう。
「が……ぁ、ああああ!? なんだこれ、身体が……動かない!?」
触れた瞬間、リスナーたちの身体が真っ赤な結晶に覆われ、その動きが完全にロックされる。
かつて都市の上空でわたしたちを苦しめた「赤い防御魔法の法則」。それは触れた者の存在を『違法データ』として定義し、システム的に強制的な隔離・消去を行う絶対的な防衛機構だった。
「クソ……! 反撃が……魔法じゃなくて、システムそのものの『削除命令』になってやがる……! これじゃ、どんなに装備を強化しても無意味だ……!!」
装備を整えてきたはずのトモタンの悲痛な言葉が響く。
一撃。また一撃と、リスナーたちが赤い結晶に封印され、ポリゴン状の光の粒子となって配信画面の中へと隔離されていく。
「ちゃうちゃん……ごめん……あとは頼ん……だ……」
トモタンが消え、斬鉄剣士がシュシュっと消える。残ったアルカディアの兵士たちも、四方八方から伸びる光の糸の猛攻に防戦一方となり、一人、また一人と倒れ伏していった。
「不純物は……削除されるのみ……。秩序は……保たれる……。生命の動揺は……安定を阻害する毒なり……」
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目の前で、信じてくれた仲間たちが削られていく。
アカリの干渉銃も、赤い壁に弾かれて空しく火花を散らすだけだ。イソーは解析の負荷と、過去の自責の念に顔を歪め、膝を突きそうになっていた。
「このままじゃ……全滅する……。イソー、あんたの知恵でも勝てないの!?」
「……ダメだ。あいつは私の作ったプロトコルを遥かに超えた効率で学習している……。論理的に、勝機が見当たらない……!」
わたしの手が、震える。
何か使えるものはないかと視線を巡らせ、ふと足元を見た。そこには、アルカディアの村人たちが文字通り「命がけ」で運んできた、山のようなバナナがあった。
そして、耳を澄ませた。画面の向こう、100万人、200万人……いや、今や400万人を超えてまだまだ膨れ上がるリスナーたちの、爆発的なコメントの奔流を。
『負けんなちゃうちゃん! まだスパチャは止まってねえぞ!』
『バナナだ! バナナを使え! 意味不明な『無駄』であの計算野郎を黙らせろ!』
『論理で勝てないなら、最高にバカなことをしてやれ!!』
『俺たちのスパチャ(エネルギー)を信じろ!! 全部ちゃうちゃんに預ける!!』
――そうや。
計算で勝てないなら、計算できないほどの「無駄」をぶつけるしかない。
尊厳を「そんきょ」と読み、自由意志を「自由遺志」と聞き違えるような、バナナを最強の武器だと信じるような、そんな最高にバカげた「自由」こそが、今のわたしの最強の武器なんだ。
「アカリ! イソー! ……二人とも、一瞬だけでいい! わたしの前に、あの『赤い壁』を突き破る道を作って!!」
わたしの絶叫に、二人が目を見開く。
アカリは不敵に笑い、ヤレヤレといった感じで自身の手に持つ銃の全ての安全装置を解除する。
「……ったく。わかったわよ、お姫様! ロー! さっさとアドミン権限を取り戻しなさい! あんたの作ったシステムでしょ!」
「……わかっている! ローカル権限を強制取得……一時的に『御方』の優先度を一段落させる! 二秒……いや、一秒が限界だ!!」
イソーの両手が青く輝き、祭壇のシステム空間に直接指を突っ込んで引き裂くような仕草を見せる。
「エラーを吐けえええ!!」
アカリの銃が最大出力で咆哮し、一点に集中した魔力が赤い壁を無理やりこじ開けた。
「今よ、ちゃう!! 行きなさい!!」
「よっしゃあああああ!! 撮れ高、全次元最大出力いくぞぉおおおお!!」
わたしは、足元のバナナの山へと全力でダイブした。
目の前の配信ウィンドウを最大まで拡張し、空間そのものを「バナナ発射台」として定義する。400万人のリスナーたちが送り続ける爆発的なエネルギーを媒介にして、数万本のバナナを一度に法則化し、射出させる。
「喰らえ! 世界一『無駄』で、世界一『美味しい』……バナナ・バースト・ストリームやああああ!!」
わたしが腕を上げると空間の全方位から、巨大なバナナの奔流が放たれた。
それはもはや攻撃魔法という概念すら超えていた。圧倒的な「物理的バグ」による飽和攻撃。
一本一本が『法則の歪み』を帯び、黄金の輝きを放つ巨大バナナが、アカリとイソーの開けた穴を浸食し押し広げ、御方へと殺到する。
「何……!? 物理的な……飽和攻撃……? 演算が……追いつかない……。エラー……なぜ……バナナ……? この物体は……秩序に……存在しない……。解析不能……解析不能……解析不……」
御方の多重音声が、激しい不協和音を奏で、文字通り「バグ」り始めた。
赤い防御壁が、バナナがぶつかるたびに「ポヨヨン」「ペチャッ」という気の抜けた音を立てて波打ち、システム的な硬度を失っていく。
計算外の質量。
論理外の形状。
常識外の食感。
数万本のバナナが御方の体にまとわりつき、その半透明な光の糸を物理的な重みで引きちぎっていく。論理回路にバナナの皮が挟まったかのように、御方の思考プロセスが目に見えて停滞していく。
そして、一本の巨大なバナナが御方の顔面にクリーンヒットした瞬間、祭壇全体に鳴り響いていた冷酷な地鳴りのような重低音が、「ビヨヨ~ン」「ププッ」というマヌケな効果音へと完全に上書きされた。
「あ、効いてる……! めっちゃ効いてるやん!! 理屈が通じない相手には、こういうんが一番効くんや!!」
わたしはさらに畳み掛ける。
リスナーたちからの赤スパが空中で花火となって弾け、バナナを黄金色に輝かせる超強化バフへと変わる。
「みんな! もっともっと『無駄』をちょうだい! このバカげた光景で、あの気取った神様モドキを引きずり下ろすんや!!」
『いけええええええええ!! 画面がバナナで埋まって見えねええwww』
『バナナで神を倒す配信者とか、前代未聞すぎて草』
『同接500万……だと! 鯖が持たねえ! だが止まるなああ!!』
『これぞ「自由」だ! クソくらえだ、秩序なんて!!』
黄金のバナナの波に飲まれ、御方の構築した「静止の法則」が、みるみると「バナナ色」に染まり、崩壊していく。
だが、御方もまだ完全には沈まない。
崩れゆく糸を必死に束ね直し、最後の残存法則を集約させ、伯爵の肉体が限界を超えて赤黒く膨張し始めた。
「私は……消えない……。秩序こそが……この宇宙を救う……唯一の……正義……」
「正義なんて、誰かに決められるもんやない! 自分で決めるもんや!!」
わたしは、最後の一本――一番大きくて、一番黄金色に輝く究極のバナナを手に取り、それを全力で天高く振りかぶった。
神が定めた死んだような秩序か、人間が騒ぎ立てる生きた混沌か。
今、この一撃が、世界の運命を根底から書き換える。
「これが――ウチらのラストショットやああああ!!」




