第25話:再起動
わたしはこれから始まる怒涛の展開を予感して、アビスと名乗った男に言い放つ。
「管理人だかアビスだか何だか知らんけど、勝手にバックアップとか言って、みんなの時間を好き勝手に停止させてんじゃねええ!」
わたしの絶叫がドーム内に響き渡るのと同時に、天井の梁にいた女性――アカリが、重力を無視したような動きで宙に舞った。
「管理人さん、あんたのシステムはすでに型落ちなのよ。最新のアップデートをぶち込んであげるわ!」
アカリが手にした奇妙な銃――その銃身には複雑な基盤が露出しており、青白い放電が走っている――が火を噴いた。放たれたのは物理的な弾丸ではない。着弾した空間がデジタルノイズのようにバグり、強制的に法則を書き換える「ウイルス弾」だった。
ドゴォォォン!
アビスの足元が爆発し、彼が維持していた「整理整頓の法則」の静寂が、物理的に粉砕された。
「……計算外の不純物ですね。この世界のシステム外から来た……『イレギュラー』ですか」
アビスは爆風の中でも表情一つ変えず、懐中時計の針を逆方向に一回転させた。すると、爆発で飛び散った破片や煙が、まるで映像を逆再生するように元の位置へと戻り、彼の周囲だけが無傷の空間へと修復されていく。
「イソー! 解説して! こいつら何やってんの!?」
わたしは配信ウィンドウを必死に操作しながら叫んだ。
「ちゃうちゃん、これ……次元の違う戦いだ! アビスは世界の『セーブデータ』を上書きして被害を無効化してる。対してあのアカリって女は、世界の『法則』そのものを撃ち抜いて強制的に書き換えてるんだ! まさにバグとチートのぶつかり合いそのものだ!」
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広間での戦闘は、一瞬で激化の一途をたどった。
アカリは壁のウィンドウを蹴りながら、三次元的な軌道でアビスを翻弄する。彼女の銃声が響くたび、固定されていたウィンドウの情景が一瞬だけ動き出し、また止まる。
「みんな! 見てる!? これがこの世界の裏側で起きてる『真実』や! 伯爵の言いなりになってた時計の針を、今、あのアカリって子がぶち壊そうとしてる!」
わたしの実況は、今や迷宮を飛び出し、城塞都市中のあらゆる水面やガラスに投影されていた。
広場の噴水、酒場の鏡、兵士の盾。
都市中の人々が、自分たちの日常を「静止」させていた元凶と、それを打破しようとする戦いを、息を呑んで見守っている。
『いけええええ! 姉ちゃん、ぶっ放せ!』
『あの地味な管理人の顔、歪ませてやれ!』
『ちゃうちゃん、もっと寄って! 弾幕で援護するぞ!』
『オラオラ!押されてんじゃねえぞwww』
リスナーたちのコメントが、青い光の奔流となってわたしの周囲を渦巻く。
その様子を確認したアカリがニヤリと笑い、空中で銃をガチャリとリロードした。
「いい熱量ね、配信者! リスナーたちの『歪み』をこっちの銃に同期させるわ!……いくわよ、フル・バースト!」
彼女の銃身が、わたしの配信ウィンドウから溢れ出した青い光を吸い込み、巨大な光の砲身へと変貌した。
「なにっ……!? 異世界人の『歪み』のエネルギーを、別の法則に変換したというのですか……!」
アビスの目に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「全方位……強制再起動!!」
アカリが引き金を引いた瞬間、ドーム全体を真っ白な光が包み込んだ。
それは破壊の光ではない。凍りついていた世界の「時計の歯車」を、無理やり回し始めるためのエネルギーだった。
壁一面に敷き詰められたウィンドウが、一つ、また一つと音を立てて割れていく。
映し出されていた農夫が、驚いたように顔を上げた。
商人が、商品の重みをその手に感じてよろめいた。
役人が、止まっていたペンの先からインクを溢れさせ、苦笑いをした。
「……あ、ああっ! 法則が……私の完璧なバックアップが、現実の奔流に押し流されていく……!」
アビスの持つ懐中時計が、耐えきれずに火花を散らして弾け飛んだ。
管理人が守り続けてきた「不変の秩序」が、数万人のリスナーの熱狂と、一人のイレギュラーによる銃撃によって、粉々に打ち砕かれたのだ。
ドームの天井が崩れ、そこから本物の月光が差し込んでくる。
それは、止まっていた時間が再び「現在」に向かって動き出した合図だった。
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戦いの余波が収まり、アビスの姿はどこかへ消えていた。逃げたのか、あるいはシステムの崩壊と共に消滅したのかは分からない。
アカリは銃をくるりと回して腰のホルスターに収めると、梁から軽やかに飛び降りてわたしの前に着地した。
「ふぅ。いい撮れ高になったかしら、雪兎ちゃう」
「あ、ありがとう。助かったけど、一体何者なん?」
わたしが問うと、彼女は長いマフラーを直しながら、わたしの配信ウィンドウを覗き込んだ。
「ただの通りすがりの『システム・エンジニア』……って言いたいけど、今はみんなと同じ『自由を愛するリスナー』の一人、ってことにしておいて」
シロークルーが、震える足で立ち上がり、崩れ落ちた壁の向こうを見つめた。
そこには、迷宮の奥深くからでも分かるほど街全体が「生命」を取り戻したざわめきが響いていた。
「……動いている。街が、生きている音がします。使徒様、私たちは……」
「うん。でも、まだ伯爵を倒したわけじゃない」
わたしは、アビスが消えた背後に、まだ一つだけ残っている巨大な「真鍮の歯車」を見つけた。それはこれまでのどの仕掛けよりも巨大で、ゆっくりと、しかし確実な速度を保って回り始めている。
「イソー、あれが『最初の歯車』?」
イソーは解析ウィンドウを見つめ、神妙な顔で頷いた。
「ああ。アビスが時間を止めていた大元である法則は消え去った。だけど、その影響で眠っていた『世界の根源的なエネルギー』が、伯爵のもとに集まり始めてる。……本当のラストバトルは、あの歯車の先のようだ」
配信画面の同接数は、もはや異世界全土の人口を合算したような、とんでもない数値に達していた。
街中の水面に映るわたしの姿を見て、市民たちが拳を突き上げているのが分かる。
「よし! 再起動は完了した! あとは、この世界のバグの親玉――バルドゥーク伯爵に、直接文句を言いに行くだけや!」
わたしはアカリと視線を合わせ、力強く頷いた。
再起動した世界の、その一秒先の未来を掴み取るために。
「みんな、チャンネルはそのままで! 最高のフィナーレを見せたるからな!!」
雪兎ちゃうの叫びと共に、一行は回りだした巨大な歯車の隙間を抜け、伯爵が待つ最上階の祭壇へと駆け出した。




