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第23話:最強の『スキル雑談』


「――急いで!みんなの希望が、わたしの力になる!限界を超えた『歪み』が未来を変える!!!」


 わたしの叫びが、配信の向こう側にいる数万、いや、もはや計測不能な数のリスナーたちに届いた瞬間、配信画面のコメント欄は、文字通り「物理的な発光」を始めた。


 これまで「法則の歪み」は、バナナやベーコンエッグ丼といった特定の触媒を通じて発動していた。しかし、わたしが自ら『使徒・雪兎ちゃう』と名乗り、配信そのものを「緊急クエスト」として定義したことで、そのエネルギーの性質が根底から変わったのだ。


『仕事辞めてえええええ! 24時間寝てたい!』

『伯爵の税金から解放されて、家族と笑って飯が食いたい!』

『ちゃうちゃんの配信を、止まることなくずっと見ていたい!』

『自由だ! 誰にも縛られん自由が欲しい!!』


 スラムの住民たちの切実な叫び、そして異世界から視聴しているリスナーたちの「無駄」で「贅沢」な欲望が、青い電子の奔流となって画面から溢れ出す。


「……何だ、この数値は!?」


 イソーの解析ウィンドウが、過負荷でバチバチと火花を散らした。


「ちゃうちゃん、これ……『法則の歪み』のレベルが、計測限界を突破してる! 今、この配信ウィンドウに集まってるのは、ただのデータじゃない。この世界を構成する『情報の根源』を書き換えるための、純粋なエネルギーだ!」


 そのエネルギーは、わたしのスキル『スキル雑談』へと一点に集中し始めた。

 本来、雑談とは生産性のない、この世界の『完璧な秩序』から見れば最も排除されるべき「無駄」な行為だ。しかし、その無駄な言葉の一つ一つが、今や世界を揺るがす強大な衝撃波へと変換されていく。



「……バカな。非論理的だ。ただの言語情報が、これほどの『質量』を持つなど……ッ!」


 御方の代理人が、初めて驚愕の色をその冷徹な声に混じらせた。

 彼が再展開しようとしていた『純粋な秩序』のフィールドが、リスナーたちの「雑談」によって物理的に押し潰されていく。

 

 広間の空間そのものが、まるで熱せられた飴細工のようにぐにゃりと歪み始めた。

 壁の真鍮の歯車は逆回転を始め、重力は上下左右を失い、時間は「現在」という一点に強引に固定される。


「お前たちが信じている『秩序』なんて、みんなの『やりたい!』っていう気持ちの前では、ただの窮屈な箱なんや!」


 わたしが右手を突き出すと、コメント欄から溢れ出した青い光の帯が、巨大な渦となって御方の代理人を飲み込んだ。


「ぐ、あああああ……ッ! 秩序が……絶対的な時間が……ただの『雑談』に侵食されていく……!」


 代理人の肉体は、情報の激流に耐えきれず、まるで古びた映像のノイズのように激しく明滅し始めた。

 彼を構成していた『法則の純粋性』が、リスナーたちの「仕事サボってゲームしてえ」という極めて人間的な、そして「不純」な願いによって、分子レベルで分解されていく。


「排除……不能……。この存在、定義を……失……」


 最後の一言を残し、御方の代理人の姿は、青い光の粒子となって霧散し、消失した。

 それは、この迷宮を支配していた『静止の時間』が、完璧に打ち砕かれた瞬間だった。


 同時に、わたしを狙っていた親衛隊長にも異変が起こる。

 彼の纏う堅牢そうな鎧は、この異常な空間の歪みに耐えきれず、きしんだ音を立てて歪み、彼はその場に膝をついた。


「な……体が、動かん……。重い……、いや、この空間に漂う『言葉』が、私の鎧を縛り上げているのか……!?」


 親衛隊長は一歩も動けず、ただ呆然と自分の仕えていた絶対的な存在が消え去った空間を見つめることしかできなかった。



 御方の代理人という「重石」が消えたことで、行き場を失った膨大な『雑談のエネルギー』は、さらに暴走を開始した。


「ちゃうちゃん! 制御不能だ! このエネルギー、迷宮の中だけじゃ収まりきらない!」


 イソーの叫び通り、青い光の奔流は広間の天井を突き破り、迷宮から溢れ出していった。

 それはこの城塞都市周辺の全域を覆うほどに巨大化し、夜の空にオーロラのような不思議な光を描き出す。


「わわっ、何が起きてるの……!?」


 わたしが配信ウィンドウを確認すると、そこには信じられない光景が映し出されていた。

 

 迷宮の外、城塞都市のあちこちで――

 噴水の中の静かな水面。

 伯爵邸の豪華なガラス窓。

 スラムの住民が持つ錆びた手鏡。

 さらには、兵士たちの磨き上げられた盾の表面にまで。


 ありとあらゆる「光を反射する面」に、わたしの配信映像が、信じられないほどの鮮明さで流れ始めていたのだ。


『見て! 街中の窓にちゃうちゃんが映ってる!』

『すげーーーー!!ライブビューイングか!』

『これが、真の「全画面表示」ってやつかよ!』

『雪兎ちゃう祭キターーーーーー!!』


 リスナーたちの歓喜のコメントが、文字通り「空」からも降ってくるような錯覚を覚える。


 この都市の至る所に、雪兎ちゃうの声と、イソーやシロークルー、リスナー戦闘班の戦う姿、そして「自由を求めるメッセージ」が映し出されている。

 それは、伯爵がこれまで徹底的に隠蔽してきた『完璧な秩序』の裏側、すなわち「一人の少女と、彼女を支持する何万人もの意思が世界を変える瞬間」を、市民全員に強制的に目撃させているも同然だった。


「シロークルー、見て! みんなが見てるよ!」


 怪我を負いながらも立ち上がったシロークルーは、配信ウィンドウを見つめ震える声で呟いた。


「ああ……。バルドゥークが恐れていたことが、現実になった。彼がどんなに情報を統制しようとも、水やガラスといった、この世界の日常の隙間に、『自由の種』が撒かれてしまった……。もう、誰もこの流れを止めることはできません」


──────────────────


 広間には、もはや敵はいない。

 膝をついた親衛隊長は、空中に浮かぶ無数のリスナーのコメントを見つめ、何かに取り憑かれたように呟いている。


「これが……無駄な存在の……感情の力だというのか……」


 わたしは、空中に浮かぶ自分の配信ウィンドウをしっかりと見据えた。

 画面の向こうには、かつてないほどの一体感を感じる。

 実績解除によってアップデートされた『法則の歪み』は、もはやわたしという個人を超えて、視聴者全員を巻き込んだ「世界の摂理の書き換え」へと進化していた。


「みんな、ありがとう! 最高のクエストだったぁ! でも、これで終わりじゃない」


 わたしは、親衛隊長の背後、御方の代理人が守っていた巨大な真鍮の扉を指差した。

 代理人が消えた今、その扉は、わたしたちを拒む力を失い、ゆっくりと、しかし重々しい音を立てて開き始めていた。


「この先に、伯爵がいる。そして、この世界の『最初の歯車』が、そして『最初の祭壇』が、わたしたちを待ってる。……この勢いで、この世界の真実を最後まで見届けに行こう!」


『行けええええええ!』

『伝説の配信、完走させてくれ!』

『ちゃうちゃんなら、伯爵すらバグらせられる!』


 画面を埋め尽くす弾幕は、もはや光の壁となって、わたしたちの行く道を照らしている。

 わたしはイソーとシロークルー、そして最強の防衛ネキやリスナー戦闘班と顔を見合わせ、力強く頷いた。

 

 都市中のあらゆる水面がわたしの笑顔を映し出す中、わたしたちはついに、この迷宮の最深部、そしてこの世界の真実に繋がる最後の扉へと足を踏み入れた。


「これからが本番や!!ハイライト盛りだくさんでいくやで!!」


 雪兎ちゃうの宣言と共に、配信の「熱量」は、ついに世界の理を完全に凌駕した。



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