第22話:緊急クエスト
光速のミサイルのように飛翔した最後のバナナは、親衛隊長が作り出した時間の重圧をものともせず、扉の前に立つ御方の代理人の黒いローブに、鈍い音を立てて接触した。
その瞬間、広間全体が激しい光に包まれた。それは、これまで観測されたどの『法則の歪み』の現象とも異なる、巨大なエネルギーの解放だった。
「……ッ!」
感情を失っていたはずの御方の代理人が、接触した瞬間にわずかに後ずさる。バナナそのものは、彼のローブに当たった次の瞬間、粉々に砕け散ったが、その砕け散った残骸から、強烈な『歪み』の波動が、同心円状に広場全体に放たれた。
その波動は、親衛隊長が作り上げた時間の加速によって歪んでいた広間の時間軸を、文字通り強制的に上書きした。
わたしを襲っていた、数十倍に引き伸ばされたスローモーション状態が、一瞬で解除される!
「うおっ!戻ったか!」
わたしは、元の時間の流れに戻った身体の軽さに驚き、思わず体勢を立て直した。イソーとシロークルーも、ようやく自由に動けるようになったことに安堵の表情を浮かべる。
「解析成功!法則の歪みが、御方の代理人の『純粋な法則』に直接干渉した!致命的なダメージにはなっていないが、奴がこの広間に展開していた時間操作領域を、一時的に中和・阻害している!」
イソーが叫んだ。
彼の解析ウィンドウには、御方の代理人の周囲に、バナナの残骸から発せられる微細な歪み粒子がまとわりつき、彼の法則を阻害している様子が映し出されていた。
御方の代理人は、砕けたバナナの残骸を冷たい視線で見つめた。
「……無駄な存在の、無駄な抵抗。しかし、一時の法則の阻害。排除する」
彼は剣を抜くことさえせず、ただ腕を上げただけで、周囲の空間から微細な『時間の刃』を発生させた。その刃が、わたしたちに向かって、静かに、しかし絶対的な速度で迫ってくる。
代理人の無慈悲な『時間の刃』が雪兎ちゃう一行に迫るなか、一人の女性リスナーが最前線に飛び出る。
「ここは、あたしに任せて!」
飛び出た女性は「すしざんまい」のポーズをとって叫んだ。
「スキル発動『ザ☆イージス』!!!」
彼女がスキルを発動すると目の前に巨大な黄金の盾が出現し、一行を狙って飛翔して来る攻撃を受け止めた。そして、バチバチと青い火花を散らしながら代理人が放った『時間の刃』が徐々に霧散していく。
『おお!ネキGJ!!』
『さすがベーコンエッグ丼を10杯食べただけのことはあるぜwww』
『防衛力の要キターーーーー!!!』
リスナーが絶賛するコメントを横目に見ながら、わたしは心の中で「うわー、美味しいところをもっていかれたわ」と呟くが、表情には出さない。
それでもネキのとっさの判断で窮地を脱したのは間違いない。
「ネキ、ありがとう!今日のハイライト入り確定やね」
わたしは彼女に向かい親指を立て笑顔で伝えたが、当の本人はどこに隠し持っていたのか、ベーコンエッグ丼を食べ始めている………。
「ちょwwww」
──────────────────
バナナによって歪みの中和が成功し、ネキの機転によって代理人の攻撃を防いだものの、わたしを仕留めようと迫っていた親衛隊長の剣は、再び動き出す。歪みの重圧から解放された親衛隊長は、その剣をわたしに向かって振り下ろす!
「お前は、御方の代理人殿に泥を塗った!その罪、即刻償ってもらうぞ、使徒!」
「ちゃうちゃん、危ない!」イソーが叫ぶ。
わたしは、反射的に身体を捻ったが間に合わない。その時、親衛隊長とわたしの間に一人の人物が飛び込んだ。
「させるか!物質の法則・硬化結界!」
それは、元領主シロークルーだった。彼は、自身の『物質の法則』の全てを両腕に集中させる。
親衛隊長の剣がシロークルーの腕に直撃した。
キンッ!という、空間すら震わせるような甲高い金属音が広間に響き渡る。
シロークルーは親衛隊長に打ち倒されながらも、わたしの命を守り抜いた。だが、親衛隊長の強烈な一撃に彼の両腕に生成された鎧は深くひび割れ、鮮血が飛び散った。
「シロークルー!!」
「大丈夫です、使徒様……。この程度の傷……耐えられます……」シロークルーは顔を歪ませながらも、わたしを庇うように立ち上がる。
「シロークルー!その状態では無理だ、今は下がってくれ!」
イソーは、この空間にある使えそうなモノを解析ウィンドウからピックアップし、床の落ちていた壊れた歯車の破片を拾い上げ、親衛隊長に向かって投擲した。
「親衛隊長!相手は、ちゃうちゃんだけじゃない!情報の法則『攪乱』!!!」
イソーが投げた破片は、親衛隊長の視界の数十センチ前で爆発的に散開した。ただの破片に見えたそれは、イソーの解析力によって、親衛隊長の鎧に組み込まれた情報処理システムを一時的に混乱させるウィルスデータを内包していた。
「ぐっ……!小癪な、非適合者が!」親衛隊長は、視界を塞がれ、動きが一瞬鈍った。
『元領主とイソー!カッコいい!』
『秘密兵器飛ばしたwww』
『ちゃうちゃんを守ってー!!!』
『使徒様がんばってー!』
彼らの奮闘にリスナーやスラムの住民からのコメントが止まらない。
そして、親衛隊長が体勢を立て直すまでの、ほんの数秒の猶予。
わたしは、砕け散ったバナナの残骸が消えゆくのを目の当たりにした。バナナがもたらした『歪みの波動』は、御方の代理人の『純粋な法則』に触れたことで、急速に分解・消滅し始めている。
「御方の代理人、彼は……バナナ一本の歪みじゃ、びくともしない」
イソーが、重い口を開いた。
「あの代理人が、全力で『時間操作』を再展開すれば、また私たちはスローモーションに逆戻りだ。シロークルーの怪我も、すぐに手当てしないと……」
わたしは、親衛隊長と、微動だにしない御方の代理人を交互に見つめた。
最後のバナナを、自分の時間軸を戻すためでなく、敵の最も強力な存在にぶつけるという戦略は正しかった。しかし、その力は、最強の敵の法則を一時的に阻害するのが精一杯だった。
ここで、正面から戦っても勝てない。わたし自身の『法則の歪み』のエネルギー源が、完全に尽きてしまったからだ。
「最後のバナナで、わたしができることは全部やった。でも、まだ足りない……」
わたしは、深く息を吸い込み、配信ウィンドウに向かって、全身全霊の力を込めて語りかけ始めた。
「みんな、聞いて!」
広間を包む静寂の中で、わたしの声はクリアに配信に乗った。
わたしは、画面の向こうにいる、スラムの住民たち、そしてわたしの配信を毎日見てくれている全てのリスナーたちに、訴えかけた。
「親衛隊長と、あの最強の敵……『御方の代理人』を倒すには、わたしの『法則の歪み』の力が、桁違いに足りない。最後のバナナはもうない。でも、わたしはまだ諦めへん!」
わたしは、親衛隊長と御方の代理人から目を離さず、熱く語る。
「わたしの力は、みんなの『無駄』な感情、つまり『感動』や『興奮』、『喜び』、『自由への渇望』といった、みんなの秩序から外れた『歪み』の総量で決まる!」
『ちゃうちゃん、どうしたん!?』
『最後のバナナ使ったんか!?』
『何すればええんや、言ってみろ!』
コメント欄が、一気に熱狂に包まれる。
「だから、お願い!わたしに、この都市の法則をぶち壊すための、最強の『歪み』を貸して!今すぐ、みんなが一番『無駄』だとされてる感情『自由への希望』を、この配信を通して、全力でぶつけてほしい!」
「これが<<使徒・雪兎ちゃう>>が、全リスナーに発動する緊急クエストや!タイトルは……『自由への希望でめっちゃ歪ませる』!」
配信ウィンドウのサムネイルが、自動更新されるのを確認したわたしは、両手を広げ、全身でそのエネルギーを受け入れる準備を整えた。そして初めて自ら<<使徒・雪兎ちゃう>>と名乗ったことにより、実績を解除。『法則の歪み』がアップデートされた。
よし、これならいける………。
「みんなが、今すぐ『自由な時間』でやりたいことを、コメント欄に書き込んで!『時間が欲しい!』『仕事やめたい!』『ゲームしたい!』『友達に会いたい!』――みんなのその『無駄』な感情、その全てが、わたしの最強のエネルギーになる!わたしの配信で今、最大の歪みを発生させて!!」
御方の代理人は、わたしの行動を一連の情報処理として静かに見ていたが、その表情のない顔が、わずかに揺らいだように見えた。
「……愚かな。非適合者の戯言。法則の純粋性、再展開」
御方の代理人が、再び時間操作の法則を発動しようとする。時間は、わたしたちにとって再び不利な流れに戻ろうとしていた。
わたしは、配信ウィンドウのコメント欄が、爆発的な勢いで埋まっていくのを感じた。それは、都市の法則が押し殺していた、数千、数万の『無駄な希望』の集合体だった!
「急いで!みんなの希望が、わたしの力になる!限界を超えた『歪み』が未来を変える!!!」




