第20話:不安定な座標
元領主シロークルーの告白を受け入れ、一行は彼の知識を頼りに迷宮の深部へと歩みを進めた。通路はさらに狭くなり、巨大な真鍮製の歯車が唸りを上げて回転する音がわたしの鼓膜を直接叩いてくるようだ。
「シロークルー、領主時代の知識を頼むよ。この先に『最初の祭壇』と『最初の歯車』があるんだよね?」
わたしが問うと、イソーは前方を警戒しながら解析ウィンドウを操作していた。
「待って、ちゃうちゃん。その祭壇の座標が安定しない」
イソーの解析ウィンドウには、迷宮の立体地図が投影されていたが、深部にあるはずの祭壇を示すマーカーは、まるで高速で飛び跳ねるピンボールのように、狭い範囲を激しく動き回っていた。
「どういうことなん?座標が定まらないって」
「おそらく、この迷宮の中核の防御機構だ。シロークルーの言う通り、ここは『絶対的な時間の流れ』の法則が最も濃密な場所。その法則の揺らぎを利用して、内部の重要な目的地の位置情報を常に攪乱しているんだ」
イソーは焦りの色を隠せない。
「座標が安定しなければ、最短ルートはおろか、進行方向すら曖昧になる。闇雲に進めば、時間の流れが加速・停止するトラップにハマるか、袋小路で消耗する」
シロークルーは、迷宮の岩壁に手を置き、静かに目を閉じた。彼の耳には、数十年ぶりに耳にする迷宮の「音」が、かつての記憶を呼び起こすように響いていた。
「この現象は、バルドゥークが領主になった後に施した強化策の一つでしょう。『時間の迷彩』と呼ばれている防衛システムです。中核に近づけば近づくほど、目標は幻のように揺らぎ、決して到達できなくなる。しかし、私にはこの迷宮の時間的な気配がわかる。この通路の先に、バルドゥークが最も時間をかけて構築した、巨大な防御区画があるはずです。そこが中核への最終関門だ」
「最終関門!?」わたしは思わず声を上げた。
『ラスボス直前のエリアってことか』
『シロークルーさんのナビ、完全にチートやん』
『元領主の記憶 VS 現領主の法則って熱い展開!』
『打倒!!移動する点P』
わたしは、シロークルーの的確なナビゲーションを信じることにした。彼の知識と経験は、最後のバナナよりも価値があるのかもしれない。
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シロークルーの案内に従い、一行はいくつもの複雑な歯車群をすり抜け、やがて広大な円形の広間にたどり着いた。
広間の中心には、巨大な振り子式の時計台が鎮座していたが、その周囲の空間がまるで水面のように揺らめいている。
「ここは……!」イソーが警戒を強めた。
空間の揺らめきが収束すると、広間を取り囲むように、巨大な時計塔の幻影が十数本もそびえ立っていた。どれも地上にある城壁の時計塔と瓜二つだが、そのすべてから、時間の法則の歪みが発せられている。
「これが、バルドゥークの罠……なのか!?」
シロークルーが歯を食いしばる。
「解析開始!これは時間の法則を応用した罠だ!それぞれの幻影の時計塔は、異なる時間軸の未来や過去を映し出し、進行ルートを偽装している。一つだけが、この迷宮の『現在』、つまり正しい道を示している」
イソーの解析ウィンドウの数値が、激しく乱高下していた。
「進むべき道は、あの十数本の時計塔のどれかの幻影を突破した先にある。間違った幻影に進めば、時間障壁に触れて一瞬で老衰するか、逆に時を戻されてこの広間に永久に閉じ込められる!」
「ちょ、まじでヤバくない?」
難しいところは良く分からなかったけど、この罠がトンデモナイ事だけは理解し、わたしは戦慄した。
幻影の時計塔は、どれも完璧に見える。カチカチと時を刻む音も、すべて同じリズムだ。わたしは、FPSで培った動体視力で幻影を見極めようとするが、幻影の一つ一つが、わたしが知らない未来や過去の残像を放っており、目が眩んでしまう。
「うわああ、ダメや!目で見ても、時間の法則の幻影なんて見破れないよー!」
『これ、どうやって見分けるんだ?』
『全部の幻影の時間が、微妙にズレてるのか?』
『さすがにバナナ1本で全部壊すのは無理やろwww』
リスナーたちも解決策を探している。最後のバナナを温存したい、わたし達の共通認識だ。
シロークルーは、迷宮の床に膝をつき目を閉じた。
「バルドゥークの罠は、完璧な秩序を志向しています。彼は無駄や曖昧さを嫌う。この幻影の罠も、決してランダムに作られてはいないはずだ」
「どういうことなん?」
わたしはシロークルーの言葉に耳を傾けた。
「彼の時間の法則への適性は完璧すぎる。だからこそ、彼は本物の時計塔にも、彼の考える『理想の時間』を刻ませている。すべての幻影がバラバラの時間を刻んでいるように見えて、必ず一つだけ彼の『完璧な時間』のリズムを維持している塔がある」
イソーはシロークルーの言葉を聞き、解析のアルゴリズムを即座に変更した。
「なるほど!幻影の時間軸のズレを見るんじゃない!全ての幻影の中で、最も正確に、最も絶対的なリズムを刻んでいる幻影こそが、バルドゥークのこだわり……すなわち本物だというのか!」
解析ウィンドウには、十数本の時計塔から発せられるカチコチという音の周波数が表示され始めた。ほとんどの音が微かに揺らぎ、乱れている。
「ちゃうちゃん、見て!十数本ある幻影の中で、この一本だけ!他の幻影よりも、0.001秒だけ正確なリズムを刻んでいる!バルドゥークの完璧主義が、かえって罠の綻びになっている!」
イソーが指差したのは、広間の奥、中央よりわずかに左に位置する時計塔の幻影だった。
「これや!これが、バルドゥークの『完璧な秩序』が生んだ隙間やああ!」
わたしは、最後のバナナを使うことなく、この罠を突破できることに歓喜した。
「よし!行くよー!リスナー曰く『FPS界の姫』の期待に応えて、この0.001秒のズレを見極める!」
わたしは、配信ウィンドウのコメント欄に集まるリスナーの熱い視線を感じながら、全神経を聴覚と動体視力に集中させた。心臓の鼓動が激しくなる。
『『『『ざわ…ざわ…』』』』
わたしは他の幻影が放つ過去や未来の残像を無視し、イソーとシロークルーが示す、わずかに正確なリズムを刻む時計塔に向かって、一気に駆け出した。
「いっけぇぇええええええええ!!オラァァアアアアア!!!」
幻影に触れた瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。全身が引き込まれるような強烈なGと、時間の流れが圧縮されるような奇妙な感覚に襲われたが、わたしはひるまず、幻影の中を一気に走り抜ける!
そして幻影を抜けた瞬間、広間を囲んでいたすべての幻影が一斉に霧散した。カチコチという騒音も嘘のように静まり返る。
「ふぅ~、やった!突破したよ!」
配信ウィンドウに向かって、わたしは勝利のガッツポーズをした。
『うぇーーーーーーーーい!!!!!』
『さすちゃう!!!』
『ワイは信じてたwwww』
リスナーのみんなが歓喜する中、シロークルーは感動した様子で息を呑んだ。
「見事です!使徒様。バルドゥークの最も得意とする法則の罠を、力ではなく、その法則の完璧主義を逆手に取って破った!」
広間の奥には、巨大な真鍮製の扉が出現していた。扉は巨大な歯車をモチーフに作られており、扉の向こうこそが、迷宮の最深部を意味していた。
その扉の前に、二つの人影が立ちはだかっていた。一人は、都市の警備隊長のような厳つい鎧を纏った男。そしてもう一人は、豪華な黒いローブを纏った、顔の見えない細身の人物だった。
「イソー、解析して!あれは何者!?」
イソーの解析ウィンドウが、すぐさま反応した。
「警備隊長は、バルドゥーク伯爵の親衛隊長だ。問題はもう一人……あのローブの人物から、異常なまでの『法則の純粋性』を感じる。バルドゥーク伯爵ですらない……。恐らく、伯爵の背後にいる『御方』からの使徒、あるいは……」
ローブの人物は、静かに一歩前に出ると、冷たい機械的な声で言った。
「使徒、雪兎ちゃう。これより先は、あなた方が到達してはならない『静止の時間』の領域。これ以上の介入は、『完璧な秩序』の冒涜と見なす」
目の前の存在が何であれ、わたしにはこの者たちに屈するわけにはいまない。そう、自由を奪われた住民や無事の帰還を願うリスナーたちの期待を背負っていいるから。
そして何より、今行っている配信の撮れ高が最も重要なのだ!!!




