第2話:特殊能力『スキル雑談』の開花
「みんなぁぁああああああああああああああああ!!!」
雪兎ちゃうの渾身の叫びは、石造りの牢獄を震わせた。その直後、通路を埋め尽くすほどの足音と大勢のリスナーの歓声が、牢屋の目の前に押し寄せてくる。
「おぉぉぉぉおおおおおお!!ちゃうだぁあああ!!」
「マジでまだ生きてやがったかテメェ!おるぁ!!」
「ちょっwおまwやりすぎやろwww」
その騒々しさは、配信中のコメント欄が炎上した時よりも遥かに密度が高く熱量が大きかった。間違いなく、わたしの日常を彩る大切なリスナーたちだ。
格子にしがみつき安堵の涙を流すわたしに対し、リスナーたちの行動は、この中世の牢獄という状況に一切配慮がなかった。
「もう鍵探してる時間ねぇ!さっさとブチ破れ!」
「異世界なんだし、何かスキル使えるんだろ!?全員でぶっ壊すぞオラァ!」
屈強なハッピ姿のリスナーが手に持った巨大なハンマーを振り下ろす。
ガァンッ!!!!
そして、その非常識な提案に乗り、格子を剣で叩き、魔法で溶かし、果ては『させ隊音頭』を歌い始めるリスナーまで現れた。
「ちょ、待って!!w危険すぎるって!ここはゲームじゃないんだから、石壁まで破壊したら大変なことに……!」
わたしのツッコミも虚しく、ハッピ姿のリスナーの渾身の一撃で、格子は悲鳴を上げて石壁を巻き込みながら蝶番からへし折れた。
ドンガラガシャアアアン!!
付近の牢獄内には土煙が舞い上がり、やがてそれが収まった頃、わたしは自由の身になったことを理解した。
牢屋の外へと飛び出し、集まったリスナーたちの顔を見渡す。魔法使いや騎士、消防士姿の者やハッピを纏った者など、彼らの個性が凝縮された姿は、この薄暗い牢獄の通路にはあまりにも場違いだった。
通路の奥からは、甲冑を着た看守らしき者たちが駆け寄ってきたが、この異形の集団の数と鉄格子が物理的に破壊された光景に目を白黒させ、逃げるように引き返していく。
わたしは、大爆笑した。
「あーもう!めちゃくちゃだよ!でも……最高の、最高の救出劇だわ!」
それまでの感じてきた絶望は、この大量の騒がしいリスナーたちの登場によって、完全に過去のものとなっていた。
────────────────────────
わたしたちは牢獄の在った城から脱出し、近くの森の木陰で状況を整理した。
全員が何らかのキャラクターの姿であり、元の身体や元の世界に戻る手がかりは一切ない。そして、ここはゲームの世界などではない、現実の別次元にある異世界である、という結論に達した。
「つまり、俺たちは無一文で、スキルだけを持ったまま異世界に放り出されたってことか」
冷静な分析役の頭脳派リスナー『イソー』が、エルフの細い指でアバターの顎を摩りながら言った。
「通信手段が絶たれたのが痛いな。現状報告も情報収集もできない」
その言葉がわたしの心を締め付けた。どれだけ物理的に自由になっても、いつものように配信でリスナーと繋がれないことが、一番の苦痛だった。
わたしは皆に背を向け、雪兎ちゃう姿のままの小さな手を握りしめる。
不安、恐怖、そして何よりも"この状況を配信できないことへの焦燥感"。
この信じられない状況をみんなに話したい。心配をかけているみんなに大丈夫だと伝えたい。孤独に打ち勝たせてくれた彼らと、もう一度、いつものように繋がっていたい。
強く、強く、そう願った瞬間だった。
わたしの身体から、突然何かが溢れ出す感覚があった。それは魔法のような、あるいは電気信号のような光の粒子だった。
光の粒子はわたしの目の前に集まり、半透明なウィンドウのようなものを形成した。そのウィンドウには、配信操作画面でお馴染みの『配信開始』という文字が浮かび上がっている。
「え……なに、これ……?」
わたしが困惑していると、イソーが驚きと探究心に満ちた声を上げた。
「ちゃうちゃん!それは……君の『スキル』だ!この世界に転移して、君が一番強く望んだ能力が開花したんだ!」
その言葉に、他のリスナーたちも興奮した声を上げる。
「うおお!配信スキルじゃん!」「流石ちゃうちゃん、プロ根性すげえ!」
そうか。身体は雪兎ちゃうの姿になっても、わたしの魂は変わらない。わたしが一番望んだのは「みんなと繋がること」。それが、この異世界で『配信』という形で能力として具現化したのだ。
わたしは、この能力を『スキル雑談』と名付けた。まだスキルの詳細はわからないけど、きっとこれは音声と映像をリスナーたちに送る能力。
身体が歓喜に震えた。わたしはもう孤独ではない。そして、やるべきことが明確になった。
わたしは笑った。牢屋での絶望を振り払った、いつもの最強の笑顔だった。
「よし。じゃあ、この異世界初のスキル雑談、始めるよ!みんな、準備はいい?」
光のウィンドウの『配信開始』マークが点滅する。わたしは、いつものルーティンで、この異世界で最初に発するべき言葉を口にした。この能力が、異世界の住民たちにも意図せず見られてしまう可能性を、まだ知らずに。
「こんちゃう!!雪兎ちゃうです!今日も元気に配信していくぞー!」
「えーと、ここはどこだっけ?w」
未だ自身の所在が不明なのを再確認しながら考え抜いた末…
「異世界で初配信ということで始まりの場所、つまり座標【0,0】からの配信としますっ!」




