第19話:領主と領主
時の魔物を打ち破った興奮と、スキル雑談による高評価のパワーの余韻が残る中、一行は地下迷宮の深くへと進んでいた。通路は巨大な真鍮製の歯車が複雑に噛み合う区域に入り、一歩間違えれば身体が押し潰されかねない。
「すごいねここ。まるで巨大な機械の心臓部みたい!」
わたしは持ち前のゲームスキルを活かし、頭上の巨大な振り子を軽々と避けながら、配信ウィンドウにその光景を映した。
『ハラハラドキドキが止まらん!』
『やばい、本当にラスダンって感じ』
『カチカチいう音が昔の時限爆弾っぽくてマジ緊張感w』
『よっ!FPS界の姫www』
リスナーのみんなの反応も上々だ。
シロークルーはランタンを高く掲げ、通路の狭い隙間を的確に案内していた。その知識はスラムの住人というにはあまりにも正確で、迷宮の法則の裏側まで知り尽くしているように見えた。
イソーは解析ウィンドウをいったん閉じてシロークルーの横に並んだ。
「シロークルー。あなた、ただのスラムのリーダーじゃないな。この迷宮の構造だけじゃなく、都市の法則の根幹にまで精通している。一体、何者なんだ?」
シロークルーは足を止め、深く息を吸い込んだ。周囲の歯車の軋む音が、まるで彼の沈黙を強調しているかのようだった。
「……いやはや気付かれましたか。お察しの通り私は本来スラムの住人ではありません。正確には、元城塞都市の領主でした。私の本名はシロークルー・エルドリック。バルドゥーク伯爵の前の領主です」
わたしたちは驚き、思わず立ち止まった。
「ええっ!?元領主!?」
「領主がどうして、こんなスラムのリーダーに?」イソーが尋ねた。
シロークルーは、苦々しい表情で語り始めた。
「この都市は、時間の法則によって成り立っています。領主の地位は、最も『時間の法則』への適性が高い者、すなわち時間を完璧に管理し、制御できる者に与えられる。かつて、私もその適性を持っていた……はずでした」
彼は迷宮の巨大な歯車を見上げた。
「ですが、都市の絶対的な時間管理を維持していく中で、私の適性は徐々に低くなっていった。正しくは正確な時間を刻むことが私には苦痛になっていったのです。そして、バルドゥークが台頭してきた」
「バルドゥーク伯爵が?」
「彼は時間の法則に対する適性が異常に高かった。そして何より、冷徹で非情だった。彼は『御方』が求める『完璧な秩序』を実現するため、私を『時間の流れを乱す不適合者』として告発した。私は追放され、時間の法則から切り離された非適合者、つまりスラムの住人とされたのです」
イソーは解析ウィンドウを再び開き、何かを検索した。
「なるほど……バルドゥーク伯爵は、伯爵の座と、あなたの元々の名前である『エルドリック』という姓を奪ったということなのか」
「シロークルー」は小さく頷いた。
「バルドゥークは時間の流れに対する適性は完璧でしたが、物質的な構築能力は皆無でした。対して、私は『時間の法則』の適性は低下していったものの『物質の法則』つまり物を形作ったり、空間を操作したりする能力、特にトンネル作成の法則への適性が異常に高かった。だからこそ、スラムに追いやられても、私たちは城壁を抜けるトンネルを制作したり、地下迷宮へ通じる隠し通路を作ることができたのです」
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元領主の告白を聞き、わたしは希望に満ちた目でシロークルーを見つめた。
「それじゃあ、シロークルーのトンネル作成の法則があれば、この迷宮の最深部まで、あっという間にショートカットできるんじゃない!?」
『おぉ!天才かちゃうちゃん!』
『地下を直行や!』
『ボス部屋ワープきたー!』
リスナーたちも、わたしのアイデアに興奮している。
シロークルーは、しかし、困ったように首を横に振った。
「残念ながら、使徒様……それは叶いません」
「え、どうして?」
「この地下迷宮は、都市の法則の根幹をなす巨大な機械装置そのもの。地上とは異なり、空間全体が『絶対的な時間の流れ』の法則によって何重にも保護されています。私の『物質の法則』は強力ですが、この迷宮の壁や歯車は『時間の法則の壁』として機能し、外部からの法則による干渉を完全に弾き返してしまうのです」
シロークルーは手を迷宮の岩壁に当て、能力を発動させた。彼の指先が淡い緑の光を放ち、物質の法則が働き始める。
しかし、その光は、岩壁に接触した瞬間、まるで透明な硬いガラスに弾かれたかのように、チリチリと音を立てて消滅した。
「ほら、見てください。この迷宮は、物質を移動させるどころか、わずかに穴を穿つことすら許さない。これは、バルドゥークが領主になってから、都市の防衛機能を高めるために強化した結果でしょう」
わたしたちはガックリとうなだれた。
「ショートカット、だめかぁ……」
イソーはすぐに気持ちを切り替えた。
「仕方ない。だが、その情報だけでも収穫だ。トンネルで奇襲をかけることはできないが、迷宮の構造と法則の脆弱性を知る元領主が味方にいる。これは戦術的に大きなアドバンテージだ」
イソーはわたしの背中のバナナを見て、小さくため息をついた。
「バナナは残り1本。もう、法則の歪みを無駄に使う余裕はない。この迷宮の仕掛けと魔物をシロークルーの知識と俺の解析で突破するしかない」
わたしはイソーとシロークルーを交互に見た。
「そうだね!ベーコンエッグ丼の力で、たくさんの仲間ができたんだ!この知識を活かして、みんなの自由な時間を取り戻すために、迷宮の最深部にある『最初の歯車』と『最初の祭壇』を目指して進むよ!」
シロークルーは力強く頷いた。彼の瞳には、領主の威厳とスラム住民の希望が混ざり合っていた。
「さあ、まいりましょう、使徒様。この迷宮の法則を破る鍵は、単なる力ではなく、法則の隙間を突く『歪み』にしかありません」
一行は、規則正しい歯車の軋む音と、冷たい真鍮の輝きに囲まれながら、都市の法則の核心部へと、さらに深く歩みを進めた。残るバナナは、最後の切り札として、わたしの背中にある。
「お腹がすいたら食べたいなぁ」
『だから、ちゃうちゃん!それはあかんてwww』
『同じネタ擦らんでもろてwww』




