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第18話:地下迷宮の歯車


 城塞都市の中心にそびえ立つ、メインの時計塔の最上階。そこに居室を構える都市の領主、バルドゥーク伯爵は、ガラス窓越しに、スラム地域のある一角を見ていた。


 その顔は青ざめ、そのこめかみには血管が浮き出ている。


「ベーコンエッグ丼……だと?」


 伯爵の執務机の上には、都市の『時間管理機構』から上がってきた緊急報告書が開かれている。内容は都市の『時間外領域』、つまりスラム地域で突如として発生した「食料の大量発生」と、それに伴う「住民の時間軸への一時的な再接続」という、常識外れの現象の報告だった。


「ただの食料で、絶対的な法則を歪ませたというのか……使徒、雪兎ちゃうめ。どこまでも我々の秩序を乱す」


 伯爵は苛立ちから、美しい彫刻が施された時計を壁に叩きつけようとしたが、寸前で思い留まる。


「いけない、これは『御方』から授かった、この都市の核心を為す『時間の歯車』の雛形…。いかん、感情的になりすぎた」


 彼は深くため息をついた。都市の住民が享受する規律と平穏は、スラム地域を切り捨て、非適合者を排除するという非情な犠牲の上に成り立っている。そして、その規律を強いているのは、彼ではない。


「あの御方が築かれたこの絶対的な時間の流れは、決して揺るがしてはならない。彼が求めているのは、完璧な、そして静止した『秩序』だ」


 伯爵は、報告書の隅に書かれた「使徒様」という文字を忌々しそうに見つめた。使徒はこの完璧な秩序にとって、予測不可能な最大の毒なのだ。


「地下迷宮……そこは、都市の法則の根幹。ここで必ず、使徒を捉えなければならない。すべては、御方のため、都市の永続的な安寧のために」


 伯爵の瞳の奥に、怯えと狂信が入り混じった複雑な光が宿っていた。


──────────────────


 ベーコンエッグ丼の奇跡から一夜明け、わたし達はシロークルーに案内され、スラム地域の一角にある古い井戸の底から、地下迷宮へと足を踏み入れていた。


「ここが、城塞都市の地下に広がる迷宮です」


 シロークルーが持つランタンの光が、地下の巨大な空間をぼんやりと照らした。そこは、ただの地下通路ではない。天井から床まで、大小様々な歯車や振り子がむき出しになっており、規則正しく、しかし複雑に絡み合い、回転し、カチカチと音を立てていた。


「すごい……まるで巨大な時計の中に入り込んだみたいだね!」


わたしは配信ウィンドウ越しに、リスナーにその光景を見せた。


『うわ、ガチのダンジョンやん!』

『歯車が芸術的すぎる』

『これ、触ったら都市の時間が狂うんじゃね?』


 イソーは解析ウィンドウを操作し、周囲をスキャンしていた。


「この空間自体が、都市の『絶対的な時間の流れ』を制御するための装置だ。そして、ここの時間軸は都市の地上よりも遥かに強固で、ちゃうちゃんの『法則の歪み』を受け付けにくい構造になっている」


 シロークルーは、細い通路を進みながら説明した。


「私たちはこの迷宮の仕組みを、生存のために学んできました。この通路を外れると、時間の流れが急に加速したり、停止したりする『時間障壁』に触れてしまいます」


「なぜ、スラムの人々は『時間外の存在』にされたの?」


 わたしは問いかけた。


 シロークルーは顔を曇らせながらも説明を続くてくれた。


「それは、都市の『労働力の再分配』という名目のもと、私たちを都市の生産性の外に置いたからです。伯爵は、無駄な時間と無駄な存在を嫌う。私たち『時間の法則』と親和性の低い非適合者を切り離すことで都市の時間がより純粋に、完璧に流れると信じているのです」


 わたしは拳を握りしめた。昨夜のベーコンエッグ丼で繋がった彼らの希望を、この手で守りたい。


「シロークルー、ありがとう。わたし達はこの迷宮を抜けて、都市の法則を元に戻す『最初の祭壇』を見つけるよ」


「私も最後まで同行させてください。この迷宮の最深部に近い場所には、都市の時間の流れを最も強く受ける『最初の歯車』と呼ばれる巨大な核があると言われています。使徒様が探しているものが、そこにあるかもしれません」


──────────────────



 一行が、奥へ進むにつれ、歯車の音はさらに大きく、複雑になっていった。周囲の壁面には、時間の流れが目に見える形で渦を巻き、視覚的な圧力をかけてくる。


 その時、解析ウィンドウが発する異常事態に反応して、イソーが警戒を促す。


「まずい!魔物だ!強大な時の魔物クロノス・ビーストだ!こいつは周囲の時間を任意に操作できるぞ!」


 通路の先に、時計の破片と歯車が組み合わさったような、異形の魔物が現れた。その眼窩からは赤い光が漏れている。


 わたし達は一斉に身構え、魔物の挙動の一つ一つを逃さぬ様注視した。


 魔物の顔の様な部分がわずかな軋み音を立て動く。


 そして空間を引き裂くような咆哮をこちらに向けて放った。


 その瞬間、わたし達の周囲の空気が急激に重くなった。動こうにも体が鉛のように重く、時間の流れが引き伸ばされる感覚に襲われる。


「う、動けない……!これが、時間の……法則を直接操る力!」


 イソーが苦しそうに言った。


「くっ……体が、遅い……!」


 シロークルーも身動きが取れない。


 魔物は、勝利を確信したように、ゆっくりと大きな爪を振り上げ、わたし目掛けて振り下ろした。その一撃が到達するまでの時間が、永遠にも感じられた。


 しかし、わたしには、たった一つ、時間軸を無視する武器があった。


「法則の歪みだよ……!」


 わたしは、リュックに残っていた最後のバナナ2本のうち、1本を素早く取り出した。この超スローモーション状態でも、わたしにはバナナの存在が、法則の緩衝材として機能しているからへっちゃらなのだ!


「スキル雑談!発動『ここ、絶対負けられないからベーコンエッグ丼を食べたみんなー、この魔物に負けないパワーを高評価で注入して!』」


『あいよー!』

『昨日のベーコンエッグ丼のお礼!ポチッっとw』

『しと姉さま、がんばって!』


 スラム地域に残っている住民たちから次々とコメントが届く。


 わたしが叫んだ瞬間、わたしの配信ウィンドウの同接カウンターが、さらに跳ね上がった。そして、ベーコンエッグ丼を食べて、今まさに配信を見ているスラムの住民たちからの『高評価』の光が、物理的なエネルギーとなってわたしに注ぎ込まれた。


 わたしは『法則の歪み』を魔物に対して理不尽な歪みとして発動する。


「魔物は、おもろいポーズで止まる!」


 魔物は、わたしに爪を振り下ろす直前、突然片足を上げて、もう片方の手で顎に手を当てた、どうにもヘンテコな思考ポーズで完全に静止した。


「え、あ、止まった?」


 わたしは拍子抜けしたように言った。


 時間の重力から解放されたイソーが、信じられないものを見るように叫ぶ。


「な、なんてバカな……!あの時の魔物の絶対的な時間停止能力が『時間停止ポーズ』に上書きされただと!?」


 わたしは、静止した魔物に近づき、残りのバナナで軽く叩いた。


「よっしゃ、討伐完了!やっぱり、わたしの『法則の歪み』は、強固な法則に対抗すればするほど、バカみたいに効くんだね!ベーコンエッグ丼パワー、すごい!」


 魔物は、バナナで叩かれたところから砕け始めキラキラとした光の破片となり、静かに消滅した。残ったのは、小さな真鍮製の歯車だった。


「これだ!これが『法則の断片』だ!」


 イソーは解析ウィンドウで歯車の正体確認すると急いで回収した。


 シロークルーは、呆然としながらも新たな希望を確信していた。


「時の魔物を、一瞬で……使徒様、あなた方の力があれば、この都市の絶対的な時間も必ず打ち破れます」


「うん!みんなの自由な時間を、わたし達が取り戻すよ!」


 わたしは残る1本のバナナを背負い直し、シロークルーに笑顔で応えた。

 

 そして背中の最後のバナナを横目に見ながら、独り言のように呟く。


「……お腹すいたら食べてもいいのかな?」


『ダメに決まってるww』

『あかんて!ちゃうちゃん』

『強欲ぶいちゅうべぇキター!』


 雪兎ちゃうの独り言は、リスナーたちに駄々洩れだった。





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