第17話:みんな大好きベーコンエッグ丼
わたし達は数日の移動の末、城塞都市手前までたどり着いた。
ゴーレムを倒した結果「音の法則」が無効化された沈黙の森を抜けようとする頃、太陽は巨大な城塞都市の向こうに沈み、空を深紅と紫のグラデーションに染め上げていた。都市の城壁には、遠目にも威圧的な無数の時計塔がそびえ立ち、規則正しいカチコチという音が、風に乗って微かに届いていた。
「音の法則は終わったけど、夜の移動は危険だよイソー」
わたしは、背中に残ったわずかばかりのバナナリュックを撫でた。残り3本。貴重な法則の緩衝材であり食料だ。無理に進み、無駄な戦闘を繰り広げるわけにはいかない。
わたし達は、森の境界で野営の準備を始めた。リスナー戦闘班も警戒態勢に入り、暗闇に紛れるように潜伏している。
その時、下草がわずかに揺れる音がした。
「誰かいるぞ!警戒!」イソーが低く叫び、戦闘班が武器を構える。
闇の中から現れたのはボロボロの布を纏い、やつれた顔をした数人の男女だった。彼らは手に粗末な弓や槍を持ち、わたし達を見て怯えたように立ち止まった。
彼らは城塞都市の住人の様だったが、その姿は都市の整然としたイメージとはかけ離れていた。
「お前たち、何を……」イソーが声をかけようとした瞬間、一人の女性が、わたしたちの姿を見て、ハッと息を呑んだ。
「その、そのお姿……巨大なバナナ…まさか、使徒様では……?」
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話を聞いてみると、彼らは城塞都市のスラム地域の住民であり、夜陰に乗じて森に食料調達の狩りに来ていたのだという。彼らは、辺境の村アルカディアでわたし達が起こした『バナナの法則の奇跡』の噂を、わずかな情報網から得ていたらしい。
わたしが雪兎ちゃう本人だと分かると、彼らは興奮し、縋るように訴えかけてきた。
「使徒様!どうか、この都市の圧政からお救いください!」
「わたしたちは、都市の『絶対的な時間の流れ』から外された、時間外の存在なんです」
このチームのリーダーらしき男性が、周囲を警戒しながら言った。
「私たちを案内させてください。城壁の地下にスラム地域に通じる隠しトンネルがあります。ここから侵入すれば、警備兵に見つかる心配はありません」
イソーは、この男の話す隠しトンネルの提案を慎重に吟味し、解析ウィンドウで付近の情報を見ながら言った。
「……危険はあるが、正面突破よりは遥かに安全だ。都市の法則は、おそらく隠しトンネルまでは感知しきれていない。これに乗るぞ、ちゃうちゃん」
わたしは頷き『スキル雑談』の配信ウィンドウに向けて言い放つ!
「よっしゃ!みんなー、野営の予定変更!今から地下トンネルを抜けて潜入配信開始!」
スラム住民の案内の元、一行は巨大な木の根元に隠された穴から地下へと潜り込んだ。土と埃の匂い、そして微かなカチコチという時計の音が混じり合う、冷たい空間だった。
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無事隠しトンネルを抜けた先は、石造りの建物の密集する明かりの乏しい寂しい雰囲気の場所だった。ここが城塞都市のスラム地域。都市の整然とした外観とは正反対の、荒廃した場所だった。
建物は傾き、窓は割れ、街路にはゴミが散乱している。人々は痩せ細り、希望を失ったような目でわたし達を見ていた。
そのスラム地域の中心まで来ると、狩りをしていた男女の紹介でわたし達はこの地域のリーダーと会った。
彼は、この荒廃した環境に似つかわしくない、清潔なシャツを着た好青年だった。知的な瞳を持ちながらも、その顔には疲労と強い責任感が滲んでいた。
「ようこそ使徒様御一行。私はシロークルー。この場所の住民を束ねています」
シロークルーは、城塞都市の為政者たちが敷いた『絶対的な時間の流れ』の法則がいかに圧政的であるかを説明した。
「都市の住人は、決められた時間、決められた場所で働き、決められた食事しか許されません。しかし、私たちスラムの住人は、都市の『時間軸』から意図的に外され、食料も配給されず、飢えに苦しんでいます」
「ひどい……」わたしは思わず声を上げた。
シロークルーは俯いた。
「特に、最近は冬が近づき、食料調達の難易度が上がっています。このままでは、多くの人が餓死してしまうでしょう」
わたしは胸が締め付けられた。わたしには、世界に歪みを発生させる『法則の歪み』がある。だが、今あるバナナはわずか3本。これでは歪みの影響を抑えることもスラムの人々の食料としても全く足りない。
「どうにかできないかな……食料を、食料を生み出すことができれば……」
わたしは配信ウィンドウに向き直り、リスナーたちに問いかけた。
「リスナーの中に食べ物を作り出すスキルをお持ちの方はいませんかぁあああああああああ!?」
すると、すぐに一人のリスナーが名乗りを上げた。
『ん?ワイのこと呼んだ?スキル『クリエイトフード』で食べ物を作れるよー』
「おぉ!マルさん、ないす!!」
わたしは歓喜した。だが、マルさんがすぐにメッセージを続けた。
『ただし、発動条件があって……食料創造には、本格的な『厨房設備』が必要なんだ……。創造のエネルギーを制御するためっぽい』
わたしはガックリとうなだれた。スラムにそんな設備があるはずがない。
その時、また別のリスナーであるスメチが、コメント欄に名乗りを上げた。
『ちゃうちゃーん!マルさんと協力できるかも!私はスキル『クリエイトキッチンカー』を持っているよ!』
料理に関しての知識がほぼ皆無のわたしには、その意味をすぐに理解できなかった。
「キッチンカー!?」
『そう!厨房設備がまるごと載った移動販売車!私自身は食料を作るスキルがなくて……ハズレスキルなのかなぁって思ってた。でもキッチンカーなら出せる!!』
コメント欄からも伝わるスメチの気合。
そして、わたしは閃いた。これは、ただの偶然ではない。法則の歪みが、わたし達をこのスラムに導き、そしてこの二人のリスナーのスキルを組み合わせるように仕向けたのだ!
───────たぶん…きっとw
そんなおぼろげな期待を現実にするため、わたしは決意した!
「マルさん!スメチさん!みんな聞いて!今から二人のスキルを合体させるよ!スメチさんの『クリエイトキッチンカー』をベースに、マルさんの『クリエイトフード』を発動させるんだ!」
「ダブル・クリエイト・スキル発動いくよー!」
わたしは、巨大なバナナを1本背中から抜き取り『法則の歪み』を発動させる。
「スメチとマルさんのスキルを融合させて、みんながお腹いっぱいになる!!」
巨大なバナナが青い光を放ち、スメチに収束する。次の瞬間、路地の真ん中に、ユニコーン柄ののぼり旗が印象的な巨大なキッチンカーが、音もなく出現した。
マルさんが、すぐさまキッチンカーに飛び乗り興奮気味に言った。
『うぉぉおおおお!最高の設備や!ちゃうちゃん、何を作る!?』
わたしは、飢えたスラムの住民たちを見て、一番栄養があり、誰もが喜ぶメニューを叫んだ。
「ベーコンエッグ丼だぁあああ!スタミナ満点、ボリューム満点で、みんなをハッピーにする丼だ!」
『うわwいつものやつwww』
『使徒様特製メニューかw』
『あーあれ食べてみたかったんよねー』
配信を見ているリスナーたちもノリノリだ。
マルさんはすぐにスキル『クリエイトフード:ベーコンエッグ丼』を発動させた。スメチが厨房設備をコントロールし、マルさんのスキルを制御をしている。
キッチンカーの窓からは香ばしいベーコンと卵の焼ける匂いがスラム中に漂い、生気を失っていた住民たちの瞳に光が戻っていくのが見えた。
そして、わたしは、その状況にたまらず大声で叫んだ。
「見て見て!このベーコンの照り!この卵の半熟加減!これが、わたしたちの法則の歪みが生み出したベーコンエッグ丼やぁ!食え!食うんだ、みんなぁああ!」
その声を聞いた住民たちが次第に列を作りはじめ、マルさんとスメチが生み出す丼を次々と受け取り、大事そうに食べ始めた。
「旨い!こんな料理、初めて食べた」
「おかあさん、これぜんぶたべてもいいの?」
「うん、うん。お母さんの分もちゃんとあるから全部食べてもいいんだよ」
「あぁ生き返る……使徒様の奇跡だ!」
スラムの住民から漏れ出る声は感謝と喜びに満ちていた。
その時、わたしは配信ウィンドウを見て、ある異変に気づいた。
「えっ……なにこれ。同接人数が急に増えてる……!?」
配信ウィンドウの同接を示すカウンターが、異常な速度で跳ね上がり始めたのだ。チャンネル登録や高評価の通知も鳴りやまない。
イソーが、驚愕の声を上げた。
「ちゃうちゃん、見て!あのスラムの住民たちが……『スキル雑談』の配信を視聴できるようになっている!いや……視聴だけなら水面や鏡からでも出来たけど……」
ベーコンエッグ丼を食べた住民たちは、突然目の前に現れた視聴ウィンドウに困惑しながらも、満面の笑みを浮かべながら、わたしの配信を視聴していたのだ。
わたしは思わず叫んだ。
「どういうことなん!?なんでスラムの人がわたしの配信を見てるの!?」
イソーは解析ウィンドウを操作し、その謎すぎる現象の原因を突き止めた。
「マルさんのスキルと、ちゃうちゃんの『スキル雑談』が複合した結果……創造された『ベーコンエッグ丼』には『配信視聴の法則』を付与する歪みが乗っていたらしい。食べた者は、このチャンネルにアクセスできるようになり、視聴はもちろんチャンネル登録や高評価もできるようになっている!」
「もしかして『法則の歪み』の影響が食べ物に乗った……!?」
スラムの人々は、丼をかき込みながら、次々とチャンネル登録や高評価ボタンを押し始めた。
『このベーコンエッグ丼、最高に美味い!使徒様、ありがとう!』
『チャンネル登録しました!高評価も!』
『みてみてー!使徒様がこんなに近くに見える!!』
わたしは、嬉しさと驚きで涙が出そうになった。わたしの『スキル雑談』は、この都市の法則が切り捨てた人々に、食料と同時にわたしの配信を通じて生きる希望と多くのリスナーとの繋がりを与えた。
雪兎ちゃうが、嬉しさのあまり足元のバナナの皮に気付かず、滑って尻もちをついたのを全てのリスナーが目撃したのは、また別の話だ。
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スラムの住民たちが皆、ベーコンエッグ丼で満腹になり、笑顔に包まれた頃、シロークルーがわたし達の前に進み出た。彼の瞳には新たな希望の光が宿っていた。
「使徒様、この恩は一生忘れません。私たちスラムの者は、この都市の法則の裏側を誰よりも知っています」
彼は都市の中心にあるメインの時計塔を見上げた。
「都市の地下には、広大な迷宮が巡っています。それは、都市の『絶対的な時間の流れ』を調整するために作られた、巨大な歯車の通路であり、法則の脆弱性が隠されている場所です」
その情報にイソーが興奮した。
「地下迷宮……そこには、俺たちが探している『最初の祭壇』があるかもしれない!」
シロークルーは真剣な眼差しでわたしに言った。
「私たちスラムの者は、この地下迷宮を案内しあなた方に協力します。この圧政的な法則を打ち破り、私たちや一般の住民にも自由な時間の流れを取り戻すために。どうか、私たちにも協力させてください!」
わたしは、力強く頷いた。
「もちろん!シロークルー、そしてここに住んでいるみんな!わたし達は、みんなの自由な時間を取り戻すために来たんだ!次の目標は『城塞都市の地下に広がる迷宮』だ!」
『よっしゃ、地下ダンジョン攻略配信開始!』
『スラム同盟組んだぞー!最強じゃん!』
『ベーコンエッグ丼パワーで法則を壊せ!』
わたしは、新たな仲間を得て敵陣の真っただ中である城塞都市の地下迷宮に進むことを改めて決意した!!
「あっ!わたしのベーコンエッグ丼残ってる?」




