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第16話:沈黙の森


 城塞都市へと続く森の入口は村の明るさとは対照的に深く、濃密な陰に包まれていた。


 わたしは『スキル雑談』を発動させたまま、背中に巨大なバナナの房をくくりつけた特製リュックを背負っているリスナーたちを引き連れ森の中を進み始めた。


 リスナーの中でも戦闘に特化した者たち、騎士や侍姿のリスナー戦闘班が、森の闇に目を凝らしていた。


『うわ、この森、なんか空気が重いな』

『昨日までとノリが全然違うぞ』

『配信の画質が急に現実的なになったwww』


 リスナーたちのコメントは、この森が持つ異様な空気感を正確に捉えていた。


「なんか変じゃない?」


 わたしは小声で囁いた。


 イソーは険しい表情で解析ウィンドウを覗き込み、低く言った。


「城塞都市の何かがこの森にも影響し始めている。音に関する法則なのか……どうやら、ちゃうちゃんの『スキル雑談』を排除しようとしているみたいだ」


「法則?どんな?」


「まだ完全には解析できないが……一部に音の法則が干渉し始めている。ここから先、音に関する事象には要注意だ。まずは大きな声や大きな物音を出さないように進もう」


 イソーはそう警告し、一行は重い一歩で下草をじわりと踏みながら森の奥へと歩を進めた。


──────────────────



 森に入ってしばらくして、わたしは違和感を覚えた。


 森の動物の鳴き声も風が枝を揺らす音も、全てが抑圧されているかのように不自然なまでに静かなのだ。


 リスナーたちは一歩一歩、慎重に足音を殺しながら進む。わたしもそれに倣うが、配信者としての本能が悲鳴を上げていた。


 この静けさ、撮れ高ががががががが!!!


 わたしは思わず、いつもより低いトーンでリスナーに話しかけた。


「みんな、聞いて。この森…すごく静かで……」


 わたしの言葉に被せるように、イソーがものすごい勢いで振り返り、口の前で指を一本立てた。


 その真剣な表情に気圧され、思わず両手で口元を抑えてしまった。


………んぐっ!


 イソーは周囲の木々を指差した。わたしが声を発した瞬間、近くの木々の幹に突然奇妙なヒビが走り、そこから紫色の粘液が滲み出していたのだ。


 解析ウィンドウと周囲の様子を見比べながら、イソーはそっと耳打ちをしてきた。


(ちゃうちゃん見て。これが、この森に影響している法則らしい)


 わたしもヒソヒソ声で疑問を投げかける。


(具体的にはどんな?)


(一定以上の音や過剰なエネルギーなど、この森の安定を壊しうるものに対しての攻撃行動が、ここでの法則になっているらしい。実際、音とスキルのエネルギーの影響範囲内にあった木々が変質をはじめた)



(俺たちをこの異世界から隔絶するために、何者かがこの森に特別な法則を当てはめた様だ。『スキル雑談』や『法則の歪み』はちゃうちゃんの声に反応して発動していた。この法則は、こちらの攻撃手段を奪うものらしい)


 イソーは声をさらに潜め続けた。


(この森の法則が発動すると、影響を受けた物に物理的な影響を与え、更にはその本質そのものを変異させている様だ。大声やそれに伴うスキル発動で俺ら自身が、その対象となりうる可能性が高い)


 わたしは愕然とした。


(つまり、わたしの『スキル雑談』が最大の脅威だと認識されて、この森の法則そのものが排除に乗り出しているってこと?」


(そう、配信者としてのトークによる『スキル雑談』や戦闘班の『雄叫び』のスキル、全てがここでは、排除しうる対象となっている)


 わたしは口元を手で覆い、配信ウィンドウのコメント欄に向かって、文字メッセージで必死に訴えた。


『(みんな、サイレント配信で乗り切るよ!今こそ一致団結して『サイレントスキル雑談』が試される時だ!)』


──────────────────


 沈黙の森での移動は、精神的に過酷だった。


 わたしは、大声で笑いたい衝動、跳ね回りたい衝動を必死に抑え、ただ一歩一歩、忍者のように静かに進む。リスナー戦闘班たちも、剣を鞘から抜かず完全に『待機モード』で、わずかな物音さえ立てないよう静かに追従した。


 配信ウィンドウはコメントの代わりに大量の無言のスタンプで埋め尽くされていた。


『(うさぎが泣いているスタンプ)』

『(全力で応援しながら、口にチャックをしているスタンプ)』

『(バナナを静かに食べるスタンプ)』


 コメント自体は無音なのだが、なぜかリスナーたちはスタンプ大喜利を始めていた。



 その時、イソーが突然立ち止まり素早く身を隠すよう手で合図し、コメント欄に素早く指示を打ち込む。


『来たぞ。城塞都市の警備隊だ』


 するとハッピ姿のリスナーも同様にコメントで状況報告をはじめた。


『音波感知型の自動警備ゴーレムが3体……厄介だ』


 森の暗がりの向こうから、三体の巨大な鉄のゴーレムが、ほとんど音を立てずに近づいてくる。


 ハッピ姿のリスナーの解析によると、彼らの肩には、わずかな音を捉えるだけで起動する魔術的な感知器が埋め込まれているらしい。


 わたしは焦った。このままでは行き詰まる。戦闘班は動けない。わたしも大声を出せない。


 この森の法則を、無音で対処するにはどうすればいい?


 わたしは、背中のバナナリュックに手を伸ばした。村長にもらった、あの巨大な、法則の歪みの結晶であるバナナだ。


 昨日、井戸が吸収しきれなかった歪みを、このバナナが引き受け、その成長を異常に加速させた。もしこのバナナを、新たな法則の歪みの出口として利用できれば、わたしが『法則の歪み』を発動させても、それに対する森の法則の反撃をバナナが引き受けてくれるかもしれない!


 わたしは、配信ウィンドウに極めて真剣な表情を映し、急いで文字メッセージを打ち込んだ。


『【緊急クエスト発動】「サイレント・スキル・アタック」!!』


 サムネイルも自動で更新された。準備万端だ!


『媒介は巨大バナナやぁああああ!』


 文字を見たリスナーたちが、無言のスタンプで反応する。


『(全力で期待するスタンプ)』

『(バナナを握りしめるスタンプ)』

『(皮だけ残ったバナナのスタンプ)』


 わたしはリュックから最も太いバナナを一本、音を立てないようにゆっくりと抜き取った。


 そして、そのバナナをゴーレムたちに向け、表情も変えず無言のまま、内面のスキル『法則の歪み』だけに意識を高める。


 わたしは、バナナをまるで神聖な魔術の杖のように握りしめ、青い光をバナナの先端に集中させた。


 『法則の歪み』をコメント欄で発動する。


『ゴーレムはふにゃふにゃ!』


 途端、巨大なバナナが青い光を浴び「ブシュッ」という"擬音"を立て、まるで溶岩のように流れ出し、青い光の粒子となって、音もなく三体のゴーレムへとまとわりついた。


 その直後、三体のゴーレムの全身を覆う鉄の装甲が、まるで水飴のように変形し始めた。


 「カシャン」という金属音さえ立てず、ドロリ、プルルンといった形容しがたい、異様な質量に変わっていく。


 ゴーレムは、その場で体勢を維持できず、三体の巨大なプリンのような姿になって、ドロドロと地面に崩れ落ちた。


──────────────────


 イソーは目を丸くして、その場に固まっていた。


(……バナナを、法則の緩衝材にしたのか……しかも、無音で、ここまで大規模な法則の歪みを発生させただと?)


 わたしは誇らしげに勝鬨をあげたかったが、大声を出してはならない。


 ひとまず崩れたプリンゴーレムを指差し、口元を隠したままコメント欄に文字メッセージを打ち込んだ。


『バナナは、わたしたちの救世主やぁあああwww』


 リスナーたちは、完全にサイレントな状況下で起こった、視覚情報のみの攻防に、静かに熱狂していた。


『(天才ちゃうスタンプ)』

『(バナナが最強武器であることを表現するスタンプ)』

『サイレント・スキル・アタックwwwネーミングセンス最高www』

『これで城塞都市までバナナを消費しながら進めるな!』


 イソーは、解析ウィンドウの情報とゴーレムの残骸を注意深く調べた後、わたしに頷いた。


「どうやら、この森の法則はこのゴーレムたちが起点となっていたらしい。法則の発生源が絶たれた今、この森による排除行動はなくなったと見るのが正しいだろう」


 わたし達は、プリン状のゴーレムの残骸を避けながら、森の奥へと進んだ。




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