第15話:異世界バナナ
深い森の村に、朝日が差し込んだ。
昨夜の喧騒が嘘のように、村は静寂に包まれていた。だが、その静けさの中にも、雪兎ちゃうのスキルが残した確かな痕跡があった。
「ふぁ~……」
小屋の窓を開けたわたしは、大きく伸びをした。全身が疲労で重かったが、昨日、あの大真面目な兵団を「チビッ子」と「アヒル歩き」という史上最強の面白デバフで撃退したという事実に胸が熱くなる。
しかし、その痕跡は村の風景のあちこちに異様な形で残っていた。
めっちゃ気を付けてスキルを発動したはずなのに………。
わたしは自身の認識の甘さに少しだけ歯噛みする。
村の東側の木々は、葉の色が紫と黄色の縞模様に。畑のニンジンは、なぜか全てブロッコリーに置き換わっていた。
そして何より、兵団が逃げ去った森の奥からは今も時折「クワッ!クワッ!」というアヒルの鳴き声と、「ママー!」という元兵士で五歳児の泣き声が微かに聞こえてくる。
「アヒル歩きのまま森で迷ったのかな、無事に城塞都市まで帰れるといいんだけど……」
わたしは少しだけ心配しながら、小屋のテーブルを見た。イソーは解析装置にもたれかかるようにして眠っていた。解析の青い光は消え、疲労困憊といった様子だ。
わたしはそっとイソーの肩にブランケットをかけた。
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『スキル雑談』を発動。朝活配信を始めるとウィンドウに次々とリスナーたちのコメントが流れ始めた。
『おはちゃう!』
『昨日の戦闘は神回すぎた。指揮官がアヒル歩きで退散するシーンをスクショしたわw』
『まさか物理的な攻撃じゃなくて、お笑いで世界を救う日が来るとは……』
『法則の歪み、使い方次第で無限の可能性あるな!』
わたしは配信ウィンドウに笑顔を向ける。
「みんな、おはよー!昨日はほんと、ありがとう!命がけの『配信』だったけど、無事井戸を守れたし、イソーの解析も完了したよ!撮れ高もバッチリや!」
わたしが配信を再開したことで、村の安堵感がリスナーにも伝わったようだ。
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ラジオ体操も終わった頃、小屋の戸がノックされた。
「使徒様、いらっしゃいますか……?」
恐る恐る入ってきたのは現在滞在中の辺境の村アルカディアの村長だった。彼の後ろには、昨日井戸の陰で逃げ遅れていた老婆と孫、そして数名の村人たちが何かを背負うようにして立っている。
「村長さん!昨日は本当に怖い思いさせてごめんね。でも、みんな無事でよかった!」
わたしが申し訳なさそうに伝えると、村長は深々と頭を下げた。老婆と孫も涙ぐみながら手を合わせた。
「ああ、使徒様、あなた様と、あなた様の連れてきた異世界の戦士たちには、感謝してもしきれません。あの恐ろしい兵団を奇跡によって退散させてくださった……」
村長は言葉を詰まらせた後、背後にいる村人たちに合図をした。村人たちが背負っていたものを小屋の中に次々と運び込む。
それは、山のようなバナナだった。
「え、なにこれ!?バナナ!?」
小屋の床は、見る間にバナナの黄金色で埋め尽くされていく。だが、普通のバナナではない。長さはわたしの腕ほどあり太さは大根のようだ。それが、一体何十房、いや、何百房あるのだろうか。
「あの村長さん、これは……」わたしは混乱した。
「実は、昨夜のことでございます」村長は困惑した表情で説明を始めた。
「兵団が退散した後、村の畑や森で異様な現象が起こり始めたのです」
老婆が、さらにバナナの房を運び入れながら付け加えた。
「畑の野菜は妙な色になったり、ニンジンがブロッコリーに置き換わったり……しかし、なぜかバナナだけが、一晩で異常な勢いで実り、収穫できる状態になってしまったのです!」
その光景に、リスナーたちも大爆笑だ。
『バグのしわ寄せ、まさかのバナナwww』
『ちゃうちゃん、バナナ王になれるぞ!』
『物理的な恩恵をもたらすデバフwww』
『バナナデバフwwwww』
その騒ぎでイソーが目を覚ました。彼はバナナの山を見てすぐに状況を理解した。
「やはり完全に『法則の歪み』のしわ寄せを防ぐのは無理だったか……」
イソーは立ち上がり、バナナの山を指差して説明した。
「ちゃうちゃんが井戸の水を使って、兵団の身体の『時間』と『動き』の法則を歪ませた際、井戸がその歪みを一時的に受け止め、井戸が吸収しきれなかった歪みを影響を受けやすい部分に放出させたんだ」
「影響を受けやすい部分?なにそれ」
「そう、井戸は地下水脈と繋がっている。その水分の影響を受けて作物は育つ。つまり、井戸の水を通じてちゃうちゃんの思いがこの村の作物に大きな影響を与えた。その結果がこの巨大なバナナというわけだ」
イソーはそう言うと、それまでの気難しい表情を緩め続けた。
「本来はもっと深刻な悪影響をもたらすはずだったんだが、ちゃうちゃんの感情……いや好き嫌いが、そうなるのを防いだんだろうね、ハハハ」
イソーの説明を聞いていた村長が、再び頭を下げて言った。
「このバナナは、我々が食べきれる量ではございません。どうか、使徒様と、あなたの連れてこられた方々への感謝の印として旅の携行食にお使いください」
わたしは、村長や村のみんなの心温まる感謝の形に胸がいっぱいになった。
「村長さん、みんな……ありがとう!こんなにたくさんのバナナ!これだけあれば、次の旅も、お腹いっぱい頑張れるよ!」
わたしは、リスナーたちに向かって笑顔で報告した。
「みんな!バナナ大漁だよ!これで次の目的地まで、ずっとバナナ食べ放題だぁああああ!」
『お腹いっぱい頑張る?www』
『ちゃうバナナうぇーい!!』
『腹ペコリスナー対策ばっちりやんw』
『バナナはおやつに含まれますか?』
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わたしたちは、早速旅の準備に取り掛かった。
リスナーのみんなは自主的に「バナナ装備班」となり、即席のバナナ専用リュックや、バナナの皮で作られた靴などを生成し始めた。
『このバナナ、絶対武器になるだろwwwバナナソードだ!』
『バナナは主食じゃ!大切に運ぶのじゃ!』
『バナナの皮靴wwwめっちゃ滑りそうwww』
小屋から出ると、村人たちが村の入口で見送ってくれていた。足の悪い老婆も、孫に手を引かれながら深くお辞儀をしている。
「使徒様、どうかお気をつけて。あなた様の勇気と、あの村を救ってくれた奇跡は我々の子孫に語り継がれるでしょう。どうか近くにお越しの際は是非立ち寄って下さいまし」
村長の言葉にわたしも応える。
「アルカディア村の人たち、本当にありがとう!またいつか平和になったら配信しにに来るからね!その時は、この村のバナナをリスナーたちとめいっぱい食べるからヨロシク!」
満面の笑顔で手を振る。でも……元の世界に帰還すれば二度と会えないということだけは言えなかった。
イソーは、都市へと続く森の道を指差した。
「都市はここから数日かかる。城塞都市の中心部だ。道中には、伯爵が作り出した強力な警備隊が待ち受けているだろう。常に警戒しなければならない」
わたしは大きく深呼吸をし『スキル雑談』を発動した。
「みんな!今日から始まるのは『城塞都市への道と目指せ帰還の謎』やで!次の目的地は都市の中心にある『最初の祭壇』!敵を、ぶっ飛ばしながら、帰還の鍵を見つけ出すぞぉおおおおお!オラァアアア!!」
わたしの言葉に反応して、配信ウィンドウのサムネが自動更新される。
『オラ、めっちゃワクワクすっぞ!』
『待ってたやで、本気のちゃうちゃん』
『ハリ〇タのタイトルみたいでええやんwww』
『謎を解くのだ、ポ〇ター』
わたしは、大量のバナナを背負ったリスナーたちを引き連れ、光の当たる村の道を後に深い森の中へと歩を進めた。
森の道は昨日までよりも静かで、そして深い闇を秘めているように感じられた。しかし、わたしにはこの異世界で『スキル雑談』を駆使して生き延び、リスナーのみんなと一緒に元の世界へと帰還するという使命がある。
「よっしゃー!明るいうちにどんどん進むやで!!」
わたしは前を見据え、一歩を踏み出した。その足元には、森の中へと続く、長く危険な旅路が広がっていた。
そして、わたしはリスナーの何人かがバナナをこっそり食べているのを見逃さなかった。
「ちゃうのやぞ!!!」




