第14話:井戸頑張れ!もっと頑張れ!
配信ウィンドウに映る警告が、小屋全体に赤く点滅していた。
(頭の中の青い葉っぱが、緊急の情報を映像として送ってきた。)
斥候隊は入口で「ぐるぐる大作戦」に嵌り、自己崩壊的なパニックに陥っているが、本隊はすでに村の裏側、時が揺らぐ井戸の方向へ向かっている。斥候隊の10倍、約200名の大軍だ。彼らは雪兎ちゃう一行がここに居るとは知らされず、ただ「謎の反乱分子と村を制圧せよ」という命令を遂行している。
「作戦再開!!敵を井戸の周りに近付けちゃダメだからね!」
わたしは叫び、リスナーたちも即座に反応した。
『わかった!ちゃうちゃん、ワイらにマカセロリ!!』
『俺らだってパワーアップしとるんや!』
『ごめん、異世界生活でお財布空っぽやwスパチャ送れんwwww』
わたしは、テーブルに突っ伏したままのイソーを振り返った。イソーの解析ウィンドウの進捗ゲージの動きは遅く、帰還への鍵の解読は3割程度しか進んでいない。あと少し。もう少しだけ、時間を稼ぐ必要がある。そして、何よりも井戸を守らなければならない。あの井戸は、帰還の鍵に関わる最重要のヒントなのだから。
わたしは、騎士や侍姿のリスナー戦闘班を率いて、全速力で井戸へ向かった。
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井戸の前に到着すると、最悪の事態に冷や汗が噴き出した。村長が、足の悪い老婆とまだ幼い孫を連れて井戸の陰に隠れている。避難が間に合わなかった様だ。
「村長、なぜここに!?」
「も、申し訳ありません使徒様……」
老婆と子供は恐怖で震えている。何とか対処したいけど、今この距離で「法則の歪み」を使えば、鶏が浮いた時のようなランダムなバグが、彼らに飛び火し、さらなる危険を招くことになる。それは、イソーの最も厳重な警告を破ることになる。
その時、森の木々が大きく揺れ、甲冑の反射光が辺りを照らした。兵団本体が姿を現したのだ。
先頭に立つのは、全身を黒い重厚な甲冑で固めた指揮官。深いシワが刻まれた彼の顔には、任務に対する指揮官としての威厳が滲み出ていた。
「見つけたぞ、貴様が使徒か!?」
指揮官は村の静寂の中、わたしと井戸の陰に隠れる村人たちを一瞥した。
指揮官は、目の前の派手な衣装を身に纏った者と、その頭上に生えている葉っぱから放たれる微かな青い光を警戒した。その光が持つ意味は不明だが、決して油断はできないと直感的に感じ取っていた。
「抵抗するな!大人しくしていれば命までは取らん!これは伯爵様の『緊急戒厳令』による強制執行だ。従ってもらう!」
指揮官は、目の前の存在が何者であれ村人たちを庇っていることから、彼らを制圧すれば任務は完了すると確信した。そう、彼はただ、わたしたちの抵抗を無力化すれば良いのだと考えていた。
指揮官らしい甲冑の男の一方的な言いように、わたしはVTuberになる以前、社会人だった頃を思い出し歯噛みする。
「くそっ、このパワハラ野郎……」わたしは震える声で悪態をついた。
兵団は一斉に武器を構え、井戸へ向かって殺到し始めた。
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「みんな、井戸周辺の守りを固めて!リスナー建築班!ちゃちゃっと最強の壁を、今すぐ作って!一瞬でも奴らを止めて!」
わたしは慌てて指示を飛ばした。リスナーたちは即座に反応し、巨大な木の杭や石のブロックをランダムに生成し始めた。
『最強の防御壁!「ちゃうの汚部屋」を作るぞwww』
『飲みかけのペットボトル増々で頼むwww』
『モチーフはちゃうちゃんで!』
井戸の周りに、色とりどりのブロックと、なぜか「雪兎ちゃう」の巨大な顔がモチーフの史上最もヘンテコな臨時防御壁が完成した。兵団指揮官は、その壁のあまりの異様さに、一瞬攻撃を躊躇した。
「な、なんだ、これは……ふざけているのか!?」
「ふざけてなんかないよー!これはリスナーが作ってくれた『最強の壁』だぞ!」わたしは強がった。
指揮官は鼻で笑い、即座に兵団に突破命令を出した。ネタに全振りした結果、物理的な防御力は皆無となった「ちゃうの汚部屋(防御壁)」は、瞬時に粉砕された。
「無駄だ!貴様らの幼稚な防御など!」
兵団が再び井戸へ向かって突進する。わたしは、老人と子供を背後に庇いながら、井戸の縁に駆け寄った。
『ネタに全振りして防御力皆無なのバレたwww』
『うわぁああああワイらの壁がぁああああ!』
『ちゃうちゃんの顔になんてことをwww』
『ヤバ!あいつらこっちに来るよー!!』
うわ!この大事な時にネタに走るとか……でもそれが「わたし(雪兎ちゃう)とリスナーのみんな」なのだ!!
こうなったら「法則の歪み」を使うしかない。だが、この村人たちの近くで、どうやってバグのしわ寄せを防ぐ?
わたしは井戸の縁に刻まれた古代文字と、井戸の底でわずかに光る水面を見つめた。
時が揺らぐ井戸……そうだ!この井戸の水の特性を上手く使えば、わたしの『法則の歪み』による悪影響を最小限化できるんじゃ?
わたしは咄嗟に、桶に入っていた井戸の水を両手に掬い上げた。冷たい水が手のひらの青い光と接触した瞬間、水が白く発光し、小さな青い渦を巻き始めた。
兵団はあと数メートルまで迫っている。
──────よし、これならいける!
心は決まった!
「みんなー!今回の配信タイトルは『兵団チビッ子大作戦!』に決定!最高の撮れ高いくよー!」
配信ウィンドウに映るサムネのタイトルが『兵団チビッ子大作戦!』へと自動的に更新され、リスナーたちも期待に胸を膨らます。
わたしは、掬い上げた白く発光する井戸水を兵団に向けて勢いよく撒き散らしながら、リスクを最小限に抑えた『法則の歪み』を発動させた。
周囲に影響が出ない様に、慎重にそして大胆に井戸水にスキルを集中させる。
「兵団の肉体の年齢を巻き戻す!オラァ!」
井戸水と粒子が兵団全体を包み込んだ瞬間、兵士たちの甲冑が次々と「カシャン!カシャン!」という音を立てて崩れ倒れはじめた。
兵士たちの肉体は鎧の中で急激に縮み、5歳児程度の姿に巻き戻ったのだ。
「うわあああ!鎧が重いよぉ!」
「ママー!お腹すいたぁ!」
「ぼくのおもちゃはどこー!?」
強大な兵団は一瞬にして泣きわめく子供たちの集団へと変貌した。甲冑は重くて動かせず、武器は落とされ、兵士たちは地面に座り込んで大泣きを始めた。
意図せず「時が揺らぐ井戸」と「法則の歪み」による相乗効果で、肉体だけではなく、兵士たちの精神年齢までもが巻き戻ってしまった様だった。
「あ、やりすぎちゃったかなw」
咄嗟に出たわたしの一言にリスナーのみんなも大喜びの様だ。
『ちゃうちゃん鬼畜www』
『撮れ高キターーーーーーー!』
『兵士たちの黒歴史が今始まるw』
しかし、指揮官だけは城塞都市による強力な「時間固定」の法則に守られていたのか無事だった。だが、その顔は不安と憤りで歪んでいた。
「な、なんだ!?この異様な魔術は!?それが使徒の魔術か!?」
指揮官は疑問とも困惑ともとれる言葉を放つと、使徒と呼ばれている女の手が井戸水で濡れていることに気付く。そして、震える手で魔術の構えを取った。彼は目の前で起こった現象が目の前にある井戸を介して起こされたものだと直感的に理解し、まずはそれを破壊することを優先した。
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「その井戸がなければ、貴様らは何も出来まい!!」
指揮官が魔術を発動するかいなかの刹那、イソーが解析している小屋の中から謎のアラーム音が「カチッ…カチッ…」と微かに響いた。
その直後、小屋から爆発的な光が溢れ出し村全体を白一色に染め上げた。
『バ〇ス!!』
『目が!目がぁあああああwww』
『3分待って欲しかったw』
『イソーの自爆芸キター!!』
リスナーたちの大喜利も盛り上がる!
しかしそれは、井戸の『時間の揺らぎ』の法則を利用した雪兎ちゃうの『法則の歪み』がシステムに必要な情報を与え、イソーの解析を一気に加速させ、完了させた合図だったのだ。
「ぐっ……何が起こった!?まだ隠し玉があったか……!」指揮官は驚愕の表情を見せ、狼狽えていた。
わたしは指揮官のそのわずかな隙を見逃さなかった。井戸の水を手のひらに掬い、全身の力を頭の上の葉っぱの青い光に集中させた。老人と子供は先程の光で怯え、井戸の陰で目をつぶっている。今なら井戸の法則がバグのしわ寄せを完全に引き受けてくれる!
それでも帰還の道を消滅させるかもしれないという最大級のリスクを覚悟しながら、イソーとの合流までの時間を稼ぐ!
わたしは手のひらの井戸の水をすべて飲み干し、口元についた水を拭いながら、思い付いた撃退法を発動させる。
「指揮官さん、残念だけどこれ以上好き勝手はさせないからね!作戦名は『兵団全員アヒル歩きで城塞都市まで帰れ!』だ!」
わたしは『スキル雑談』の配信ウィンドウに表示されているサムネイルのタイトルを変更すると同時、自身の体内にある井戸水にバグの影響の全てを吸収させることをイメージしながら全力で『法則の歪み』を発動させた。
わたしから発せられた青い粒子が指揮官と泣きわめく兵士たちを包み込む。粒子の光が弱まりはじめると、指揮官と幼児化した兵士たちの身体は突然「カクッ」と折れ曲がり、姿勢がアヒルそのものになった。
「クワッ!?な、なんだこの動きは……やめろ!私の身体が……クワッ!クワッ!」
指揮官は無理やり立とうとするが、体が勝手にしゃがみ込み、アヒル歩きになってしまう。後ろでジタバタしていた幼児化した兵士たちは自身に起きた面白い事態に、楽しげにキャッキャとアヒル歩きで井戸から離れていく。
指揮官共々、総勢約200人の兵団は村の裏門をくぐり奇妙な歩行姿勢まま森の中へ消えていった。
「よっしゃああああ!やったぞ、みんな!見てくれたぁ?」
わたしは拳を振り上げ叫んだ。が、その直後緊張の糸が切れその場にへたり込んだ。
『すげええええええ!アヒル歩きwwwww』
『城塞都市まであれで歩くの辛いやろwww』
『ちゃうちゃん、最強のデバフ使いだろwww』
『おつかれーちゃうちゃん!!』
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兵団の気配が遠ざかり村に再び静寂が戻った。わたしはフラフラになりながらも急いで小屋に戻った。
テーブルの上で、イソーの身体を包んでいた青い光が収束し、記録装置の光も消えた。イソーがゆっくりと顔を上げた。その瞳には以前とは違う、深い疲労と達成感が宿っていた。
「……終わったぞ、ちゃうちゃん」
イソーは、解析完了を示す青い光の幻影を指差した。
「この戦闘で起こした法則の情報が、最後の鍵になった。まさに、奇跡の産物だ……」
イソーの解析ウィンドウから立ち昇る幻影には、複雑な古代文字の羅列と共に、次の帰還の鍵のありかがハッキリとした言葉で刻まれていた。
──────『最初の祭壇』
「次の目的地は……『法則の誕生地』。城塞都市の最も古い層にある『最初の祭壇』だ」
イソーはゆっくり立ち上がり、わたしとリスナーたちに深く息を吐きながら言った。
「ここアルカディアで、俺たちは大きな収穫を得た。だが、能力を使うたびに帰還の道が消滅するリスクは今後もつきまとう。そして、城塞都市の主は我々を追い詰めるために、あらゆる手段を用いるだろう」
イソーは、わたしを真っ直ぐに見つめた。
「ちゃうちゃん、帰還の鍵はもう一つ残っている。それを発動させる場所は都市の深奥。最も危険な場所だ」
わたしは、井戸の前で感じた重責とノリと勢いで勝利した高揚感を混ぜ合わせながら、力強く頷いた。
「ノリと勢いで世界を楽しくするのが、わたしの役割!よっしゃ、次目標は『城塞都市の謎に迫る!最初の祭壇への道!』やっちゃうぞー!」
『『『『うぇーーーーーーーーい!!!!!』』』』
『………それよりワイら、腹減ったんだけどwww』




