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第13話:帰還への解析とノリで歪める防衛線


 夜が更け、村は深い静寂に包まれていた。小屋の中では、テーブルの上に置かれた小さな円盤状の記録装置が、青い光を放っていた。


「...いくぞ、ちゃうちゃん」


 イソーはそう言うと、最後の確認を終え、その記録装置にそっと手を触れた。青い光はその輝きを増し、イソーの全身を淡く包み込んだ。彼の瞳から生気が薄れ、システムウィンドウに映っていた複雑なコードも、すべてイソーの意識の中へと引き込まれていくのがわかった。


 イソーは、完全に意識をこの世界のシステムの裏側に没入させた。身体は微動だにせず、ただの抜け殻のようにテーブルに突っ伏したまま、無防備な状態になった。


「...イソー、行ってらっしゃい。あとは任せて」


 わたしは静かに呟き、葉っぱの青い光をそっと抑えた。小屋の壁には、イソーの代わりにシステムウィンドウが展開され、帰還コマンドの解析状況を示すゲージが、ゆっくりと上昇を始めていた。


『イソー氏、頑張れ!』

『ちゃうちゃん、マジでみんなを守ってくれ!』

『無防備すぎるだろwww』


 リスナーたちも、この状況の重大さを理解し、静かに応援と緊張感のあるコメントを送っていた。


「みんな、聞いて」


 わたしは配信ウィンドウに真剣な表情を向けた。


「イソーが解析を終えるまで、この村とイソーを絶対に守る。これはガチのミッションだ。リスナー偵察班は、村の周辺と、兵団が来るであろうルートの警戒を強化して。もし何かあれば、即座に報告してね!」


 村人たちも、使徒様が何か重大な儀式を行っていることを察し、静かに祈りを捧げているようだった。


──────────────────


 静寂は、不安を増幅させた。わたしは武器を持つリスナーたち(騎士やハッピ姿にハンマーを持つ者)と共に交代で村の境界を見回りながら、能力を使わずに情報を集めることに集中した。


 深夜の警戒も終わりにさしかかり朝日が昇るころ、わたしは村長に連れられ、村の古い井戸の前に立っていた。井戸の縁には昨晩リスナーが解析した「終末の詩」の記号に酷似した、風化した模様が刻まれていた。


「村長、これ、何かの文字ですか?」


「ええ、これは古代の文字だと伝え聞いております。我々の祖先は、この辺境の地で『時を刻む水の守護者』を信仰しておりました。これを使徒様に見て頂きたくお連れした次第なのです」


 村長は続けた。


「都市の魔術師たちは、強固な『法則』で時間を一定に保ちますが、この村では、まれに『時が揺らぐ』ことがございます。この井戸の水は、時が揺らぐ時、不思議な光を放つと言われております」


 『時を刻む水の守護者』『時が揺らぐ』――その言葉が、わたしの中で閃光のように繋がった。


「揺らぐ……そうだ!イソーの言っていた『法則の歪み』は、まさに法則を揺らがせること!」


 わたしは、昨晩解析されたヒントDの文字列「始まりの時、終わりを刻む鍵」を思い出した。



 わたしは慌てて小屋に戻り、イソーの解析ウィンドウを覗き込んだ。解析ゲージはまだ30%ほどだ。


 システムの中に潜っているであろうイソーには届かないだろうけど、先程閃いたことを伝えずにはいられなかった。


「イソー、ごめん、ちょっとだけ独り言!」


 わたしは解析中のイソーに向かって、情報を口にした。


「ヒントDの『時を刻む鍵』って、この村の『時が揺らぐ井戸』と関係してるんじゃない!?都市の法則が強固な『時間固定』なら、帰還の鍵は、その固定を破る『揺らぎ(歪み)』を制御することなんじゃ?」


 イソーは、わたしの声に反応しない。しかし、わたしが言葉を発した瞬間、解析ゲージの進捗を示す数字が一瞬だけ加速したのを見逃さなかった。


「やった!やっぱり、この村の「法則の緩さ」と、村の信仰に、ヒントが隠されてるんだ!」


 雪兎ちゃうの仮説を聞いていたリスナーたちのコメントが流れる。


『井戸の水を飲んでみろwww』

『時間固定を破る鍵…アツいな!』

『ちゃうちゃん、能力の使い方が分かってきた?』


 わたしは井戸の情報をイソーの解析にフィードバックできたことに安堵し、さらなる情報収集を開始しようとした。


──────────────────


 しかし、平和な時間は突然終わりを告げた。


 偵察のために村の裏山へ向かっていた、ハッピ姿のリスナーから『スキルこそこそ話』で緊急の連絡が入った。


「ちゃうちゃん!ヤバい、ヤバいぞ!都市の兵団が山を越えた!斥候部隊が、もうすぐ村の入口に到達する!数は約20人、多くはないが戦うのは不利だ!」


 わたしの全身に、一気に冷たい緊張感が走った。兵団が来た。イソーはまだ解析を終えていない。小屋で無防備なままだ。


 わたしはすぐに村長に状況を説明した。


「村長、都市の兵団がすぐそこまで来ています!皆さんに、裏の森へ避難するよう伝えてください!」


 村長は顔色を変えたが、すぐに覚悟を決めたような表情になった。


「分かりました使徒様。我々は兵団の目を避けながら静かに森へ退避します。使徒様もどうか、ご無事で!」


 村長の指示を聞いた村人たちが一斉に、最小限の荷物を持って静かに避難を開始した。


 その様子を確認すると、わたしはイソーの前に立ち右手に力を込めた。手のひらから、微かに青い粒子が溢れ出す。


「ぐぬぬ、この状況で『法則の歪み』を使えば、帰還の裏口が消えるリスクがある………」


 わたしは葛藤した。能力を使って村の法則を歪ませるか、それとも最小限の影響で撃退する方法を探すか……。


 答えは、すぐに出た!村の法則を歪ませれば、避難中の村人やイソーの解析に悪影響が出る。


 わたしは一瞬で決断した。能力は使うが物理的な法則ではなく兵団の「感覚」という、より不安定な法則を狙う。


「みんな、作戦を変える!リスナー戦闘班は、ちゃうと一緒に村の入口へ!村そのものは歪ませない!敵の目と脳みそをバグらせるぞ!」


 村に来てから、ほぼ開きっぱなしの『スキル雑談』のウィンドウに新たなサムネイルが表示された。


「今回の配信はこれ!『兵団ぐるぐる大作戦!!』でいくよー!!」



──────────────────


 村の入口。石の塀と木柵に囲まれた貧相な村の門だ。


 間もなく、甲冑をまとった兵団の斥候部隊、約20名が息を切らしながら姿を現した。彼らの身体能力は、前回よりもさらに向上しているように見える。


 斥候の指揮官が、静まり返った村を見て訝しんだ。


「この静寂はなんだ?使徒はどこへ消えた?」


 わたしは、村の門の陰に隠れながら、右手の葉っぱの青い光を絞り込んだ。能力の出力を最小限に抑え、村の境界線だけを目標にする。



 わたしは低い声で『法則の歪み』を発動させた。青い光の粒子は拡散せず、村の入口の空間に薄い靄のように集まる。


「ここ、めっちゃ迷路!」


 わたしがそう言葉にした瞬間、斥候部隊の目の前の視界が、ぐにゃりと歪んだ。村の入口は確かにそこにあるはずなのに、彼らの脳内では左右対称の壁、何度も同じ場所に戻る曲がり角、そして決して開かない扉が無限に生成された。


「な、なんだ!?道が消えた!?」


「待て、さっきの角を曲がったはずなのに、なぜまたここに戻る!?」


 兵士たちは、物理的な障害物にぶつかっているわけではない。彼らの空間認識の法則だけが、わずかにバグったのだ。


 わたしはさらに畳み掛ける。


「もっと、方向感覚を失っちゃえ!」


 斥候部隊はパニックに陥り、互いを疑い始めた。


「貴様!どこへ向かっている!?貴様が道を間違えたせいで……!」


 彼らは戦闘どころではなく、目の前の空間が作り出す終わりのないループに囚われていった。


 わたしは胸を撫で下ろした。最小限の影響で、村人への被害と、帰還へのリスクを回避できた。


「よっしゃ!『兵団ぐるぐる大作戦』クリアや!」


 拳を振り上げて喜ぶわたしと、盛り上がるリスナーたち。


『チートで迷子www』

『脳みそバグらすの最悪すぎるwww』

『ちゃうちゃん、マジ天才だわ!』


 しかし、すぐにリスナーの誰かが設置した偵察システムから、別の警報が鳴り響いた。


 <<警告:敵本体、別ルートより接近中。斥候部隊は陽動です>>


 配信ウィンドウには、斥候隊の十倍はあろうかという兵団本体の隊列が、村の裏側、井戸の方向へと向かっているルートが表示されていた。


 わたしは青ざめた。井戸の周りには、まだ避難が完了していない村人が残っているかもしれない。そして、あの井戸は『帰還の鍵』に関わる重要なヒントなのだ。



「作戦再開!!敵を井戸の周りに近付けちゃダメだからね!」


 わたしの言葉に現場にいるリスナーのみんなも即対応してくれた。


『わかった!ちゃうちゃん、ワイらにマカセロリ!!』

『俺らだってパワーアップしとるんや!』

『しゃーない、バフかけとくでwww』

『ごめん、異世界生活でお財布空っぽやwスパチャ送れんwwww』

『うぇーーーーーーーーい!!!!!』




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