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第12話:辺境アルカディアと歪みの代償


 ジェットコースター逃走から半日が経過し、わたしたちは追跡を完全に振り切っていた。イソーの指示に従い、わたしとリスナーたちは城塞都市から遠く離れた北東の山脈を越え、目的地である辺境の村アルカディアを目指して『スキル雑談』を発動しながら移動を続けていた。


「はー、疲れたぁ。チート能力で逃げたのに、徒歩で山道ってどういうこと!?」


 わたしは愚痴をこぼしたが、身体の疲れは以前の配信中とは比べ物にならないほど軽かった。強制アップデートによる身体強化は、現実でもしっかりと効いているようだ。わたしが頭に触れると、葉っぱの青い光は移動中も微かに脈動している様に感じた。


『ちゃうちゃん、ちょっと休憩しようぜ。そろそろ村じゃね?』

『アルカディアってどんなとこかな。美少女エルフいるかな?』


 リスナーたちのコメントが流れる中、わたしたちは鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた先に小さな集落を発見した。


 そこは、石造りの城壁に囲まれた都市とは対照的に木と土でできた素朴な家々が、畑や牧草地に囲まれて点在していた。それが辺境の村アルカディアだった。


「着いたな……ここが、辺境の村アルカディアか」イソーが双眼鏡のようなシステムアイテムで周囲をチェックしながら言った。「ここならシステム的なノイズが少ない。中央の法則の固定が緩い場所だ。好都合だぞ、ちゃうちゃん」


 村の空気は、城塞都市で感じた重々しい魔力の流れとは全く異なっていた。都市が濃密なデジタル情報に覆われていたとすれば、ここは、古いアナログレコードのような、優しく不確かな法則に支配されているようだった。


──────────────────


 わたしたちは村の裏手から静かに入り込み、空き家になっていた古びた小屋を拠点として確保した。


 わたしが『スキル雑談』を解除し、息をついたその時、小屋の扉がノックされ村長らしき初老の男性が数人の村人を引き連れて入ってきた。


 イソーは即座に警戒態勢に入り、わたしを後ろに庇った。


「何者だ?」


 村長は慌てて両手を上げ、ゆっくりと頭を下げた。


「滅相もございません、使徒様。私はこの村アルカディアの長でございます。どうか、どうかご安心を」


 村長の視線は、わたしの頭の上で微かに青く光る葉っぱに向けられていた。都市の群衆のような狂信的な熱狂ではなく純粋な畏怖と、かすかな希望が入り混じった目だった。


「わたくしどもは、都市の圧政に長年苦しめられております。伯爵様の兵団による過酷な徴税、理不尽な徴兵……あれは都市の強い魔法の『法則』によって、わたくしどもが縛られているのだとご理解ください」


 村長は、痛切な声で続けた。


「あなた様は、その『法則』を打ち破る力をお持ちだと噂で聞いております。どうか、この村にそのお力をお貸しいただきたい。我々は、あなた様を追う都市の兵団が来ぬよう、全力で協力いたします。必要な物資や食料も、すべて提供いたします」


 わたしはイソーを見た。イソーはしばし沈黙した後、警戒を緩めた。


「...わかった、感謝する。俺たちは、一時的にここを拠点とさせてもらう。その代わりに、この村に兵団の手が及ばぬよう、最大限の努力をしよう」


 村人たちの心からの受け入れに、わたしは初めてこの世界で守るべき存在ができたような感覚を覚えた。わたしは笑顔で村長に頷いた。


「任せといて!この村は、ちゃーんと、わたしが守るから!」


──────────────────


 村の協力を取り付けたイソーは、すぐに小屋の奥のテーブルに陣取り、情報解析に取り掛かった。


「時間はかけられない。兵団は必ず追ってくる。今のうちに最後のヒントの解析を終わらせる」


 イソーは、わたしに大声で叫ばせたことで無理やり引きずり出した「隠されたログ」の断片を、システムウィンドウに映し出していた。


「ちゃうちゃん、これを頼む」


 イソーは、ログの断片をわたしに提示し、わたしにしか聞こえない小さな声で指示を出した。


「配信のコメントに、この文字の意味を聞いてみて。この異世界の文字は、特定のリスナーには読める可能性がある。ただし、知っているふりをしないように。あくまで『面白い記号を見つけた』というノリで、情報を引き出して欲しい」


「なるほど、情報収集配信ってわけやね!わかった!」


 わたしはすぐに『スキル雑談』を起動し、ノイズ交じりのログを画面に映し出した。


「みんなー!これ、謎の遺跡の文字っぽくない?なんて書いてあるかわかる人おる?」


『これ、どこのフォントだよwww』

『古代文字か?』

『待て、これって...ゲーム『終末の詩』に出てくる古い神殿の記号じゃね?』


 リスナーの一人が、すぐにその記号が「始まりの時、終わりを刻む鍵」という意味を持つと解説した。イソーは、その情報をシステムログと照合し、険しい顔で唸った。


「やはり、このログは帰還コマンドの最終段階に関わる。そして……」イソーは一度言葉を切り、わたしに顔を向けた。


「ちゃうちゃん、一つ、確認したいことがある。なぜ俺がこれほどシステムの裏側に詳しいと思う?」


 突然の質問に、わたしはハッとさせられた。実はリスナーの一人である「イソー」が今回の異世界転移の黒幕なんじゃないかと何度か疑うほどには疑問に感じていた。


 しかし、ここまで協力的なリスナーを疑うのも何か違う…そう思い、本心を隠して答えた。


「たしかにシステムには詳しそうだけど、そういう関係のお仕事をされてる方なのかな?って感じに思ってた」


「確かに、システムに詳しいのは事実だ。だが、この異常な挙動は偶然にしては出来過ぎている。俺は以前「別の世界」で、これと似たようなシステムの痕跡を追っていたんだ。俺の目から見ると、この異世界は『巨大な実験場』だ。俺が今、解析に集中するのは、その実験場の出口を探すためだ」


 イソーの爆弾発言の一部始終を見ていたリスナーたちはそれぞれの感想をコメントし始めた。


『イソー氏まじ有能!』

『異世界人なん?』

『イソー氏無双きちゃぁああああwww』

『イソー氏の謎が解けたwww』

『これ、マジ1人で四天王やろw』



「すまない騙すつもりはなかったんだ。今この件を明かしたのは他でもない。これから俺は本格的なシステム解析にあたる。その為にはみんなの協力が必要だからだ。まだ言えないこともあるけど、どうか理解して欲しい」


 そう言うとイソーは自身のシステムウィンドウを開き真剣な面持ちで解析を始めた。


──────────────────


 イソーが解析に集中する中、わたしはリスナーたちと村の生活を見て回っていた。


 少し歩いたところで、枯れかけた貧相な畑が目に入った。


「よーし!せっかくチート能力があるんだから、村人にちょっとサービスしちゃうぞ!」


 わたしは「撮れ高」と村人への恩返しのために、外の畑に向かって能力を使うことにした。


「みんなー見てて、あの畑の作物3倍速で成長させちゃうよ!」


 わたしは能力『法則の歪み』を発動させた。


「3倍速で育っちゃえー!オラァ!!」


 わたしが手をかざすとパチパチという音と共に青い粒子が畑全体に降り注ぎ、作物が目に見えて膨らみ、あっという間に収穫サイズになった。


 それを見ていたリスナーも大喜びだ。


『すげえ!神の恵み!』

『農業チートwww』

『豊穣の女神やぁあああああああ!』


 村人からも感嘆の声が広がる。


「おお!神の御業じゃああああ」

「なんという奇跡!!」



───しかし、その直後、異変が起きた。


 小屋の側にいた村の少女が連れていた鶏が突然羽ばたくのをやめ、空中に静止したのだ。少女が驚いて鶏を引っ張ると、鶏は重力に逆らうかのように、ゆっくりと斜め上に移動し始めた。


「ひゃっ!何これ!ニワトリが浮いてる!」


 突然の異常事態に悲痛な声を上げる少女。


『時間停止モノキターーwww』

『空中停止する鶏いたもん!』

『うわwなんかキモイwww』


 謎の撮れ高にリスナーたちが大いに盛り上がる中、一人だけ冷静に対応する。


「ちゃうちゃん!能力を止めて!」イソーが素早く指示を飛ばす。


 わたしが急ぎ『法則の歪み』を解除すると、鶏はフワリと地面に降りたが、少女は恐怖で泣き出し、村人もざわつき始めた。


「見たか、ちゃうちゃん!それが『歪み』の代償だ!」イソーは苛立ちを隠せない様子で言った。


「どういうこと?作物はちゃんと育ったじゃん!」


 わたしは言い訳ともとれる言葉を発したが、この異常な状況は把握した。


 イソーは立ち上がり、切羽詰まった声で説明した。


「『法則の歪み』は、この世界という『巨大なプログラム』を直接書き換えるチート能力だ。作物に関するコードだけを書き換えたつもりでも、能力を使った時のバグのしわ寄せが、ランダムに周囲の法則に飛び火する!さっきのは、あの鶏にかかる重力の法則がバグった結果だ!」


 イソーは続けた。


「俺たちが帰るための『隠された裏口(帰還コマンド)』は、この法則の隙間にある。だが、能力を使うたびに世界全体が不安定になってシステム全体にノイズが広がる。使いすぎると、その裏口自体がバグで消滅してしまう可能性が高い!いい?ちゃうちゃん!今後、能力は生死に関わる局面以外、一切使わないで欲しい!特に、村人や動物の近くでは絶対に使わない方がいい!」


 イソーの言葉に背筋が凍った。最強のチート能力だと思っていたものが、実は、わたしが守ると決めた村人たちに危害を加えるリスクと表裏一体だったのだ。


──────────────────


 夜が更け、村は静まり返っていた。イソーは窓の外に厳しい視線を向け、最終的な解析の準備を整えていた。


「ヒントDの解析は、もう少しで完了する。その前に、俺は最終的なシミュレーションを行う必要がある」


 イソーは、わたしに一つのシステムアイテムを見せた。それは小さな円盤状の記録装置だった。


「これは、俺が解析中にシステムから遮断されるための自衛用のデバイスなんだ。俺が解析を始めたら、俺は意識を完全にシステム側に集中させる。その間、俺は完全に無防備になる」


 イソーは真剣な眼差しで、わたしの瞳を見つめた。


「俺が解析中は、ちゃうちゃんがこの拠点のすべて指揮をとって欲しい。もし兵団が追いついてきたら、迷わず『法則の歪み』を使ってこの拠点を守って。ただし、村人やリスナーを巻き込まない様に最大限注意して。そして何があっても俺が解析を終えるまで、この場所を離れないで欲しい」


 何やら難しい注文に、わたしは無言でうなずく。


「そして、最も重要なことだ」イソーは声を低くした。


「解析が成功すれば、次の帰還コマンドのヒントは手に入る。だが、それが発動できるかどうかは、ちゃうちゃんの『ノリ』と『配信力』にかかっている。俺は、その準備をこのアルカディアで完了させる」


 イソーは決意を固め、手に持った記録装置をテーブルに置いた。彼は今、一人、この世界のシステムの奥深くへと潜ろうとしていた。わたしは、この辺境の村で、最強のチート能力『法則の歪み』で仲間と村を守るという重い責任を負うことになったのだった。


 わたしはこの重責を全うすべく、決意を口にした。


「しゃーない!マカセロリ!!!」


『『『『うぇーーーーーーーーい!!!!!』』』』



『語彙力wwww』







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