第11話:辺境の村へ
わたしが作った山岳地帯のツルツルの急斜面は、摩擦という概念を失った超巨大なスベリ台と化していた。わたしとリスナーたちは歓声を上げながら一気に滑り降り、追手の騎士団を完全に置き去りにすることに成功した。滑り終えた先は、鬱蒼とした針葉樹の森だ。
わたしは大きく息を吸い込んだ。身体から熱が放出されているのを感じる。
「はー!最高の滑りやったね!あの騎士たちの顔!マジで笑えたwww」
興奮が冷めない。ただの「ノリ」で、数百人の兵士を無力化できる。この『法則の歪み』は、まさに異世界チートの極致だ。
『無双配信すぎるwww』
『これがバグVTuberの力か!』
『ちゃうちゃん、もう無敵じゃん!』
リスナーたちも、完全にこの新しい能力をエンジョイしている。
「今日の目標達成!無事逃げることができましたぁ!この辺で本日の配信は一旦おつちゃうです。みんなありがとう!また次の配信で……ふんっ!」
切りのいいところで『スキル雑談』を解除し、わたしは冷めやらぬ高揚感を抱いたまま頭脳派リスナーであるイソーと合流するため森の奥へと走り出した。
「ちゃうちゃん、一旦停止!」
木陰で周囲を警戒していたイソーが、鋭い声で指示を出した。彼の表情は、わたしの高揚感とは対照的に、常に冷静で緊迫している。
「あの兵団は『法則の歪み』の直撃を受けていない。でも、奴らの身体能力は、システムエラーの影響で一時的に向上している可能性がまだ残っている。深追いはしてこないだろうが、警戒は緩めるないほうがいい」
わたしは、手に握りしめた灰色の『帰還の鍵』を見つめた。鍵は、相変わらずただの石のままだ。
「ねぇ、イソー。このバグで最強になったなら、この力で無理やり帰れないの?」
わたしは純粋な疑問をぶつけた。『ノリ』で世界を書き換えられるなら、「帰還ゲート、出ろ!」と叫べばいいのではないか、と。
イソーは周囲を警戒しながら、静かに首を横に振った。
「それは難しいんだ、ちゃうちゃん。この力は、この世界のシステムに作用してバグを生み出す能力だ。『帰還』のコマンドは、この世界の法則から一時的に離脱するため、別のシステムに働きかける必要がある」
自身の意見を否定されたという思いが、つい言葉に乗ってしまう。
「じゃあ、この最強のチート能力は、帰るためには使えないってことなん?」
「……使えないわけじゃない」
雪兎ちゃうが発した言葉に気圧されながらもイソーは答えた。
「法則を歪ませて、次のヒント、つまり『帰還に必要な次のコマンド』を探り出すために使うんだ。俺たちが本当に帰るには、この『法則の歪み』を制御し今度は異世界側の干渉を受けない、より強固な次のヒントを探し新たなコマンドを組む必要がある」
「じゃあ、結構時間かかりそうなん?」
わたしが不安そうにたずねるとイソーは次にとるべき行動を告げてきた。
イソーは頭の中で展開しているらしい、この世界の地図のとある地点に注目しながら状況確認と提案をはじめた。
「この城塞都市周辺は、騒動と兵団の存在で危険すぎる。俺たちの目標は、ここから北東にある『辺境の村アルカディア』だ。辺境であれば、中央システムの影響が薄く、魔力法則も緩い可能性がある。静かな場所で体制を立て直し『法則の歪み』の正確な使い方を解析する」
イソーの畳みかけるような説明の中で引っ掛かった言葉を、わたしは復唱した。
「静かな場所……」
その復唱に反応したのか、イソーはこちらを真っ直ぐに見つめ言葉を続けた。
「そして、なにより……俺が単独で次のヒントを探るための準備が必要だ。そのためには、一時的にでも、外部からの干渉がない場所が必要なんだ。ちゃうちゃん、我がままを言ってごめん」
わたしはイソーの真剣な顔を、そして覚悟を感じてコクリと頷いた。
「わかった。イソーの言う通りにする」
「すまない、急いで帰還できるように頑張るから……」
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その日の夜、日中の移動は危険だと判断したわたしたちは追手を警戒しつつ、静かに森の中を目的地である「辺境の村アルカディア」のある北東へと移動しはじめた。
移動中、わたしは配信を再開した。強制リブートから復帰した『スキル雑談』ウィンドウはパワーアップしたはずなのに何故か以前より不安定で、時折、青いノイズを走らせた。
「みんなー、今日もリスナー探索班のおかげで、安全なルートを見つけられたよ!ありがとう!」
『ちゃうちゃん、青い光がバチバチしてるけど大丈夫?』
『チート能力使った後、バグエフェクトが出るんだなwww』
『次のヒント、早く見つけてほしい!』
わたしは、新しい能力を使って、川の水を瞬時に凍らせて渡ったり、茂みを一瞬で消滅させたりして、リスナーたちを楽しませていた。
で、ちょっと気になったのは能力を解除したあとも木々や水が発光し続けてこと。
──────よし!見なかったことにしようwww。
「大丈夫!この新エフェクトすごいでしょ!」
しかし、わたしが冗談でノイズだと説明したその青いノイズをイソーは真剣に観察していた。
「ちゃうちゃん、そのノイズもう少し大きく出せない?」
何か考えがあるのだろうけど、わたしには意味不明だった。
「えー?ノイズってどうやって出すの?」
イソーは少し考えて答える。
「適当で大丈夫。バグスキル『法則の歪み』を使った直後に、もう一度、バグを誘発するような言葉を言ってみて。例えば……『システム、フリーズ!』とか」
わたしは少し面白くなり、言われた通りに配信ウィンドウに向かって言葉を発する。
「ここからは実験コーナー!いくよー『システム、フリーズ!』」
わたしが叫んだ瞬間、青いノイズが激しく振動し、一瞬だけ配信ウィンドウ全体が青く染まった。森の光景も、一瞬だけ青と黒のモザイク状の光に包まれる。
その時だ。
激しい青いノイズの中に、わたしにはただの図形にしか見えない奇妙な文字の羅列が一瞬だけ、まるでデジタルなホログラムのように浮かび上がった。それは、この世界には存在しない、記号のような文字だった。
「これだ……!」
イソーは、その文字を逃すまいと必死に頭の中で記録した。
「今のノイズは、『法則の歪み』がシステムの裏側にある隠されたログを一瞬だけ現実に引きずり出したものだ!この世界の法則で隠蔽されていた、帰還システムの『真の記録』が、バグによって露呈したんだ!」
「隠されたログ?」
「ああ。ヒントAは座標、ヒントBは鍵、ヒントCはトリガーだった。そして、このノイズの中にあった文字はヒントDだ。この文字列は帰還に『システムのログ(記録)』が、つまり『巻き戻し』必要だということを示している」
イソーの顔に、再び緊張と興奮が混じった表情が浮かぶ。彼は、ただの戦略家からこの世界のシステムの謎を追う研究者のような目つきに変わっていた。
「ちゃうちゃん、ここからが正念場だ。俺たちは、この世界のシステムの裏側に手を突っ込み始めた。この『法則の歪み』は世界の物理法則だけでなくシステムの根幹にまで影響を及ぼしている。ここから先は、より危険な領域になるぞ」
イソーの警告の通り、わたしがバグスキルを使うたびに周囲の草木が青く発光したり、動物の動きが一瞬スローになったり、世界の至る所に「歪み」が生じ始めていた。このチート能力は、わたしを最強にした代わりに、この世界そのものを不安定にさせているを理解した。
────────でも、それがちょっとおもろいんよねw




