第10話:強制アップデートとバグの恩恵
強化された身体やスキルに大喜びのリスナーたち。それぞれが自身のスキルを確認したり、肉体的な強度を試すように殴り合っている。
そんな中、ふらつきながら立ち上がったイソーが、信じられないものを見るような目で、わたしを凝視した。彼の表情は興奮というより異変を読み取った焦りに近かった。
「ちゃうちゃん……ちゃうちゃんは、すごいことになっているぞ」
「え?何が、イソー?」
「システム情報が少しだけ復旧している。俺たち全員、あの衝突によって強制的に基本ステータスが更新された。特に、ちゃうちゃんの『スキル雑談』が……」
イソーは、わたしを指さし息を呑んだ。
「その『スキル雑談』がこの世界のな上限を突破して異常な状態になっている。これはレベルアップというより、バグって色んな数値が溢れ出している様な感じだ。そして、急激な数値上昇によってこの世界に不確定なダメージが及ばない様、システムが新しいスキルを強制的にインストールした様だ」
彼の目には、わたしが認識できないシステム情報が映っているのだろう。彼は、震える声でその情報を読み上げた。
『バグ・スキル:法則の歪み(アンチ・フィックス)』
「法則の歪み……?」わたしは自分の耳を疑った。「何それ、必殺技っぽい?」
「必殺技どころじゃないよ、ちゃうちゃん」
イソーの声には、恐怖と期待が混じっていた。
「あの赤い魔法の衝突のせいで、ちゃうちゃんのスキルは、この世界の物理法則や魔力法則そのものを無視して、配信の『ノリ』を強制的に現実化できる能力に変化したんだ。配信によって得られる力は本来、我々の存在維持やスパチャによる浮遊力に使われていたが、今はそのエネルギーが世界のシステムから直接供給されている。もう、スパチャで浮遊力を稼ぐ必要なんてない!」
わたしは半信半疑で、目の前に転がっている大岩に向かって、適当に『法則の歪み』使ってみた。その岩の表面には苔が生え、数トン程度の重量はありそうだ。
「えーい!この岩、軽くなれ!」
その瞬間、わたしの淡く光る葉っぱの青い光が強まり、わたしの指先から、バチッという音と共に光が放たれた。すると重さ数トンはあろうかという巨大な岩が風船のようにフワリと浮き上がり、そのまま空中に静止した。まるで、重力法則を無視したかのように。
「えwうそでしょ!こんなんでいいの?」」
わたし自身が一番驚いていた。魔法でもスキルでもない。ただの「ノリ」が現実を書き換えたのだ。
「すげぇ!岩が浮いた!これ、めちゃくちゃ楽じゃん!」
「バグ強えええ!ちゃうちゃん、次は俺の鎧をめっちゃ光らせてくれ!」
リスナーの一人が興奮して叫んだ瞬間、その全身の甲冑がLEDの看板より眩しいほどの虹色の光を放ち始めた。
「うわっ!本当に光ったぞ!しかも虹色wwwこれ、俺も悪ノリで言っただけなのに!」
リスナーたちは大喜びだ。この強制アップデートは、彼らにとって究極のチート能力を手に入れたことと同義だった。この世界で何をしても許されるような、全能感すらあった。
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しかし、その喜びは長くは続かなかった。
ハッピ姿のリスナーが警戒のために山を下る方向を覗き込み、表情を硬くした。
「ちゃうちゃん、まずいぞ!街から追手が来てる!」
わたしは慌ててそちらを向いた。城塞都市の方向から、武装した騎士団の甲冑が朝日を反射してキラキラと輝きながら、急斜面を登ってくるのが見えた。その数、裕に数百!
「くそっ、きっと赤い魔法を放った奴らだ!誰かはしらないが、俺たちにとどめを刺しに来たんだ!」イソーが悔しそうに歯噛みした。
さらに悪いことに、彼らの背後には、昨晩の群衆とは比べ物にならない、訓練された兵士の隊列が見える。そして、その登坂スピードが異常だった。訓練された騎士とはいえ、これほど急な斜面を、ほとんど息切れせずに登っている。
「兵団の数が多すぎる!それに、この山を登るスピードも異常だ!ちっ、システムエラーは、俺らだけでなく異世界側の法則にも影響を与え、彼らの身体能力を一時的に底上げしている可能性がある!」
イソーはすぐに状況を分析した。あの衝突は、わたしたちのシステムをバグらせただけでなく、異世界側の法則にも何らかの不安定さをもたらし、結果的に彼らの移動速度や戦闘能力まで一時的に高めてしまったのかもしれない。
突然訪れた緊急事態にわたしは、手に持った灰色の『帰還の鍵』をぎゅっと握りしめた。
「逃げるしかないの?」
「あの数と戦うわけにはいかないから、そういうことになるね。ただし、ただ逃げるんじゃない。この新しい力を使って逃げるんだ!」
イソーは、わたしの頭の上で淡く光る葉っぱを指さした。
「『法則の歪み』を使って!俺たちの居場所を悟られずに逃げ切るには、常識外の移動手段が必要だ!この山を最強の逃走経路に変えるんだ!」
わたしは深呼吸した。逃走を配信のノリで乗り切る。それが、今のわたしにできることだった。
「わかった!みんな!今回の目玉は『法則の歪み』でいくよ!今日の配信タイトルは……『チートVTuberが山で無双する』だ!」
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わたしはパワーアップした『スキル雑談』を発動!
目の前に浮かぶ配信画面には『チートVTuberが山で無双する』というタイトルが強く打ち出されたサムネイルが自動生成されていた。
『おお!サムネが表示されてる!』
『異世界サムネ!初めてみたwww』
『チートVTuber草』
「みんなー!配信開始早々でごめんやけど、ちゃっちゃと無双するで!」
『『『『うぇーい!』』』』
「ほな、まずはこれ!この山をジェットコースターにするよ!」
わたしは追手に向かって全速力で走り出すと同時に、目の前の急な斜面に向かって、両手を大きく突き出した。
「ここ、めちゃくちゃ滑る!!」
わたしがそう叫ぶと指先からバチバチという軽い破裂音を響かせ、溢れる青い粒子があたり一帯の空気を震わせる。
広がり飛んでいった青い光の粒子が足元の土や岩に触れる。それらは瞬く間に、まるで厚い氷の層が何層も張られたようにツルツルに変化した。ただし、その手触りは冷たくはなく明らかに物理的な氷ではない。摩擦という概念そのものが排除された状態となっていた。
「よっしゃー!まずは、みんなでここを滑り降りていくよ!」
わたしとリスナーたちは、そのツルツルになった斜面を一気に滑走し始めた。これは重力以外の物理法則を完全に無視した、超高速のジェットコースターだ。
わたしはリスナーを煽る。
「オラァアアアアアア!!ビビってんじゃねーぞwww」
『最強の逃走スキルwww』
『バグりすぎだろwww』
『追いつけるわけねーwww』
わたしは斜面を滑り降りながら、すれ違う追手の姿を振り返って見る。そして彼らがわたしたちとは遠ざかるように『法則の歪み』を発動する。
「向こう側に滑るツルツルの巨大なスベリ台が出現する!」
その様子を見ていたリスナーたちは大喜利を始める。
『お笑い芸人だったら致命傷ww』
『あの中に受験生がいないことを祈る!』
『ワイの頭はスベリ台やないぞwww』
急斜面を登り切ろうとしていた騎士団の兵士たちは、突如現れた滑り台に驚愕し冷静さを失った。
「な、なんだこれは!?足が滑る!魔法か!?」
「待て!踏みとどまれ!無秩序になるな!」
指揮官らしき騎士の叫びも虚しく、訓練された兵士たちが次々とバランスを崩し、無秩序な悲鳴を上げながら、逃走経路とは反対側のツルツルの坂道を滑り転がり落ちていく。彼らの身体能力は上がっているかもしれないが、法則を無視した雪兎ちゃうの『ノリ』の前には無力だった。
わたしは笑いが止まらなかった。全身から力が溢れ、この世界を手のひらで転がしているような快感があった。
「はは!このスピードにはついてこれんやろ!これが『びっぐぶいちゅうべぇ』の実力やぁあああああ!!!」
─────わたしは、このバグによって手に入れた最強のノリの力『スキル雑談』と『法則の歪み』を使って異世界での最高の撮れ高を求めていくことを、心に誓ったのだった。




