第1話:なんで雪兎ちゃうの身体なん?
「ふぅ……さて、今日はここまでにしますかぁ!」
思わず椅子の上で大きく伸びをした。
配信を終えたばかりの身体はやや疲労を感じているものの、顔は笑っていた。何せ、今日の企画は久々に大量の大喜利コメントで荒れるほど大盛り上がりだったのだ。
ディスプレイに映る自身のアバター──白髪ポンポンツインテの頭にに葉っぱを2枚付けた雪兎をモチーフとした『雪兎ちゃう』が、エンディング画面いっぱいに映り忙しそうにみんなの『おつちゃう』コメントを読み上げている。
「みんな、おつちゃうー!また明日ぁああああ………ふんっ!」
そう言って配信を終了させると、画面にはたくさんの別れのコメントが残された。『おつちゃうー!』『またねー!』『明日も配信も楽しみにしてるぜ!』。それら一つ一つが、今日一日を頑張った自分へのご褒美だ。
配信終了の確認を終えた配信主はヘッドホンを外し、椅子の上で伸びをした。現実の身体はモニターの中の雪兎ちゃうとは似ても似つかない、やや小柄ではあるが一般的な女性の姿をしている。
「さーて、軽くご飯でも食べて……」
その時、部屋に雷が落ちたかのように辺りが真っ白な光に包まれた。
それは耳鳴りを伴う爆発的な光量だった。視界は一瞬で奪われ、目を開けているのか閉じているのかすら判別できない。光は全身を刺すように熱く、立っていられないほどの浮遊感に襲われた。
「な、なにこれ……バグ?」
咄嗟に出た言葉は、配信者としての職業病だった。何らかの機材トラブルだと考え、目を強く閉じて光が収まるのを待つ。
しかし、光が収まった後に残ったのは、慣れ親しんだ自室の匂いでもお気に入りのゲーミングチェアの感触でもなかった。
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「なんで"雪兎ちゃう"の身体なん?元の身体はどうなったん?」
気が付くと、石畳の上に倒れ込んでいた。
慌てて飛び起き、自身の身体を見下ろす。白いアームカバーから可愛らしくのびる指、白く真っ直ぐに伸びたツインテの毛先、そしていつもの見慣れた配信衣装。
間違いなくVTuber雪兎ちゃうの姿だった。
混乱と恐怖が胃の腑を締め付ける。元の身体はどうなったのか。ここはどこなのか。そして、なぜこの姿に変わってしまったのか。
眉間に険しい筋を作りながら考えるが答えはでない。というより、身体が雪兎ちゃうの姿であること以上に、この状況そのものが遠い理解の及ばないことだった。
周囲を見渡す。そこは、ごつごつとした石壁に囲まれた、薄暗い空間だった。壁の一部は、金属の格子で閉ざされており、紛れもなく「牢屋」の内部である。
石壁の牢屋の隅まで移動し、膝を抱えてうずくまる。思考の波は『なぜ』ばかりを繰り返した。
いつもの自分なら、どんな苦境でもそれを配信の企画の一つだと笑い飛ばし、すぐに余裕を取り戻していただろう。配信者として、どんな状況でも面白さに変えるのが私なりの矜持だった。
それが、この有様である。
「はぁ……情けない」
一度顔をあげて周囲を見渡すも、何ら変化のない牢獄。外の光も微かに差し込だけで、脱出の糸口は見当たらない。
絶望と孤独が、配信で疲れた身体をさらに重くする。
再び抱えた膝に顔を埋め、涙を流した。自分がどうなってしまうのか、もう誰にも会えないのではないか、という純粋な恐怖だった。
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流した涙もすっかり乾いた頃、その変化は、遥か遠くからの「音」とともにやってきた。
微かに聞こえるのは、金属がぶつかり合うような音。
キンッ、カシャン!
それは、配信のSEでも、ゲーム内の環境音でもない。耳を通して鼓膜を揺らす"現実の音"だった。
反射的に顔を上げ耳を澄ます。何かが起こっている。
そして、その剣戟の音に混じって、聞き覚えのある"声"が聞こえてきた。
「ちゃ……どこ……だ!」
その声は、まだ遠く、不鮮明で、まるでラジオのノイズのように途切れ途切れだったが、確かに自分の名前を呼んでいる。
「ちゃうちゃ……どこに……るの?」
「おーい!……大丈夫なの……かぁ」
その声は、普段テキストコメントとしてしか接することのないリスナーたちの生の声だった。
無意識の中の何かが、その声が自分を心配し探してくれていることを教えてくれた。
次第に近付き、明瞭になっていく剣戟の音と自分を呼ぶ声。そして、もう一つ、その場に不釣り合いな、野太い怒声も聞こえてきた。
「おるぁ!邪魔だ!!どけ……この野郎!」
剣戟の音が激しくなる。どうやら、リスナーたちは誰かと戦っているらしい。
わたしの身体は、自然と牢獄の格子へと向かっていた。
胸の奥で、熱い何かが込み上げてくる。孤独と絶望で冷え切っていた心が、一気に燃え上がったようだった。
そして、声は遂に、この牢獄の近くまで届いた。
「ちゃうーーっ!ここに居るのかぁ?」
「ちゃうちゃーん、返事してぇ~!」
「てめぇ!まだくたばってないんか!おるぁ!!」
もう、考える必要はなかった。理屈も、元の世界に戻る方法も、今はどうでもいい。ただ、この絶望の中で、自分を探して駆けつけてくれた大切な人たちに、自分の無事を知らせたかった。
格子にしがみつき、張り裂けんばかりの声で雪兎ちゃう姿のわたしは叫んだ。
「みんなぁぁああああああああああああああああ!!!」




