王子に全てを捧げた結果、男装がバレて追放された最強の騎士ですが、辺境で気ままに暮らしていたら、私を捨てたはずの仲間と王子が、今更泣きながら迎えに来ました〜ARCADIA王国編スピンオフ〜
※本編『ARCADIA王国編』の外伝。単独でも楽しめます。
と、いうわけで、男装がバレて王城から追い出されたジェシカは、実家である侯爵家に類が及ばぬよう、身分を隠し、辺境の町へ旅立った。
もう少し詳しく説明すると、彼女はこの三カ月、王子の側近に取り立てられて登城する予定だった双子の兄がタイムリーに骨折、発熱で寝込んでいたのに乗じて兄になりすまし、王子の側近として王城で勤めていたのだ。男として。
何故そんな事をしたかと言えば、理由は単純明快。
彼女の夢は国一番の剣士になる事。
その為に、騎士団に入り腕を磨くつもりだった。
しかし、昔気質で未だ女性の地位が低いこの国で、女性が騎士団に入ろうなどと言えば無茶苦茶ハードルが高いのだ。
実力はあるのに。
彼女の実家オニクセル侯爵領は辺境の田舎で治安も悪く、野盗が度々出る。
定期的に討伐を行なっていた際には自分と兄が陣頭指揮をとっていたのだ。
兄と競い合うように剣の腕を磨き上げていた彼女は、野盗を叩きのめしては、舎弟にしていた。
ついには兄貴!姐さん!と慕われる始末。
二人して、『オニクセルの双星』の異名をほしいままにしていた。
そんなものだから、王子の側近になってからも、騎士団の若手の中ではほぼ負け知らず。
このまま順調に実績を伸ばし、既成事実を確固たるものにしようとした矢先に…。
王子にバレた。
全快した双子の兄が、何故か女装して登城してきたからだ。
実は昔、正体を伏せた王子と女性の姿で面識があったのだが、似てるねと言われても、双子だから!でごまかしていた。
ところが、兄は初対面の対応をするわ、ぶりぶり女装だわと、違和感を感じたようだ。
何せ、王子が知っている女子としての自分は、ほぼ男子の少女。それが可憐な淑女でやってきたのだから、同一人物と思うほうが無理がある。
いつも鉄面皮を崩さない王子は、目を見開き、顔を真っ赤にして口をパクパクさせワナワナ震えていたので、それ以上逆鱗に触れないよう急いで執務室から脱出した。
それを、廊下で聞きつけた何かとジェシカをライバル視してくる、いけ好かない騎士団の下っ端達が大騒ぎして、事を大きくした。
毎回こてんぱんにのしてたから恨まれていたようだ。
「女だっただと!神聖な騎士団に、よくも泥を塗ってくれたな!」
複数の団員がジェシカを取り囲み、リーダー格の男が得意げに叫んだ。
こいつは南の侯爵家の三男坊で、取り巻きを引き連れ、いつも粋がっていた。
オニクセル侯爵領が北方辺境の僻地である事を、常日頃から馬鹿にして、張り合ってきていた。
別に全部事実だし、全く気にしないが。
ヤツが一人でいるのを見たことがなく、幼児かな?と思う癇癪を、たびたびぶつけてきたものだ。
「なんでお前なんかが王子付きになるんだよ!俺様のほうが素晴らしいのに!」
と因縁をつけられた事も一度や二度ではない。
肩を思いっきり突き飛ばそうとしてきたので、ヒョイと避けると、そのままズサァっとすっ転んだ。
鼻の下がズルっとむけている。笑ってはいけない。
悔しいのか、涙目でフルフル震えながら喚き散らしてきた。
「お、お前なんか追放だよ追放!早く出ていかないと縛り首にしてやるからな!」
……で、あれよあれよという間に城の外に追い出されたのだ。
王子や兄に釈明する暇も与えてもらえなかった。
自分だって縛り首は願い下げだから、さっさと逃げるに限るが。
元々父である侯爵に、バレたら自分の独断でした事として侯爵家とも縁を切って身を隠す約束をしていた。
まあ、こうなる可能性も視野に入れ、身を隠す予定の土地は幾つもある。
舎弟どもに逃走経路の手配もしてある。
国一番の剣士が騎士団である必要だって、別にないのだ。
騎士団も坊ちゃまが多く、若手はたいしたことなかったし。
この腕で、いくらでも身を立ててみせる。
ジェシカはさっさと気持ちを切り替えて、目的の土地に馬を走らせた。
王城ではその後、カオスが訪れた。
「アンソニー…、いや、ジェシカがどこにもいない、だと!?」
普段鉄面皮の王子が、珍しく声を荒げた。
周りの者たちはびっくりしている。
そう。王子はいつも淡々と仕事をこなし、その端正な表情は滅多なことで崩れる事がなかったのだ。
「あの不届き者は、速やかに城から追い出しました!これだから私は常々申し上げていたのです。あのような粗野な者は王子付きとして相応しくないと…」
意気揚々と、侯爵家の三男坊が王子に告げる。ズル剥けの鼻の下が痛々しい。
王子の眉間に、深ぁいシワが寄った。
空気の読めない侯爵家三男坊は更に調子に乗って叫ぶ。
「ですから王子の側近の任は、どうぞこの私めに…」
いたたまれない沈黙が延々と続いた。
王子から絶対零度の冷気が漂っていた。
誰も彼も恐ろしくて口が開けない中、キョロキョロ辺りを見回す発言者。
「あらぁ〜?何言ってくれちゃってるのかしら??私のかわいい妹が、粗野ですってぇ?しかも、追い出したですってぇ!?どの口が言うの?コレ?この鼻の下が擦りむけて痛々しいこの口かしらぁ???」
ジェシカの後、速やかに後任に就いたアンソニーは、しかし言葉遣いはそのままにニコニコと侯爵家三男坊の口を引っ張り上げた。
「い…いひゃいっ!なにほふる……っはな…っ、うわぁっ!」
ご要望通り手を離すと、侯爵家三男坊はびたんと床に落とされた。
「や、やめてくれ!いや、やめてください!暴力反対!!!」
侯爵家三男坊は這いつくばって土下座する。
その頭に足を優雅に品よく乗せて、アンソニーはニッコリ笑った。
「あんた、あとでみっちりお仕置きしてあげるわよっ。楽しみにまってなさいねっ」
見た目は無駄に可憐な少女なのに……。
これが噂に聞こえてくる双星の片割れか。
ぐりぐりと踵で踏まれ、侯爵家三男坊はピィピィ泣いていた。
「アンソニー。大変だ。ジェシカを探さないと!今頃どこかで困ってるんじゃないか!?」
王子は目障りな馬鹿者が片付き、多少落ち着いたのか、冷気を引っ込めてオロオロと狼狽えている。
「まぁ、妹の事ですからそれは心配ないと思いますけどねぇ」
アンソニーはふふっと笑った。
そして、今まで王子がしていた政務は、ジェシカが丁寧に前捌きをしていたからスムーズに進んでいた事を、王子はまざまざと思い知った。
王子はマメだ。
マメであるゆえに、整理されてない書類を手にしたとたん、アレコレ気になって仕方がない。
数字が縦計と横計すら合っていないものまで上がって来ているではないか!
ああ、報告書の文体が統一されていない!
書類の角にお茶のシミがついてる!
などなど…。
いまや効率がガタ落ちになり、執務室には、見るも無残に盛大に書類が積み上げられていた。
元々ジェシカはアンソニーへの引き継ぎを視野に入れていたようで、日記や整理されたメモで大体の業務は把握できた。
だがしかし、アンソニーは細かいことがあまり好きではないので、仕事が非常に雑だった。
「ジェシカ…!君がいないと仕事にならない!!!」
王子は頭を抱えて絶叫した。
さて、それから半年たった。
ジェシカは上手いこと獣害に悩まされている山間の町に潜り込み、狩りをしては、肉や毛皮を売るという、二度うまみのある仕事にもありついた。
弓や罠を使いこなし、あっという間に町の皆から頼りにされる存在になった。
町娘からもモテモテである。
森で鹿やウサギを仕留めたり、夜に焚き火しながら自分で捕った獲物を頬張るのは、何より至福だった。
保存用に燻製にしたりもする。
広がる夜空には星がきらめいている。
ああ、なんて自由なんだ!
ジェシカは今まで味わったことのない完全な自由を満喫していた。
惜しむらくは剣の腕を生かす場がないくらいか。
その点はやはり城にいた時のほうが充実していたな。
たまには野党でもでないかなぁと思っていたその矢先の事だった。
「見つけた!ジェシカ!!!」
今日も仕留めたイノシシを肉屋に持ち込んだ矢先の事であった。
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
思わず懐かしさに目をやると、まぶしいほどキラキラした鉄面皮の王子…いや、その鉄面皮は何処へやら。
顔をくしゃくしゃにして涙ぐんだ王子その人がそこにいた。
「え!?王子!?ど、どうしたんです、こんなところまでいったい!!」
なぜ、王子である彼がこんなど田舎の町にいるのだ?
ここは王都からずいぶん離れた山間の町。とても王族が足を運ぶところではない。
え?まさか追放だけじゃ足りず、お尋ね者になってた!?
しかも、王子自ら捕縛に来た!?
そこまで恨まれてる!?
ジェシカは冷や汗をかき、どう脱出するか頭を巡らす。
王子の周りに護衛と思しき兵士が3名。
大丈夫。手合わせしたことあるやつら。
チョロい。
しかも、ジェシカが追い出されるとき一緒になって騒いでいたやつらではないか。
ジェシカは後ろ手に腰の短剣に手を伸ばしゴクリと息すると…。
「あー!!!ジェス!!!探したのよぉ!なんでこんなとこまで来たのよぉ!」
肉屋から出て、退路を確保しながらジリジリ後ずさっていたその時、凄い勢いで飛びかかられた。
彼女の後ろを取れるだけの手練れ。
即ちジェシカと拮抗する実力を持った兄、アンソニーだった!
「うわっ!離して、アンソニー!見逃してよ!捕まったらやばいじゃないか!」
ジェシカは何とか抜け出そうともがくが、馬鹿力の兄の腕はびくともしなかった。
「ジェシカ、違うよ。捕まえに来たんじゃない。迎えに来たんだ!」
王子は溢れる涙を拭ってにっこり笑い両手を広げた。
うわ…っ。何その笑顔。反則………。
ジェシカは真っ赤になり固まった。
ひとまずここでは…と、一行が手配したこの町の宿屋に移動した。
当たり前だが街道からもずいぶん離れた辺鄙なこの町、こじんまりとした古びた建物で、キラキラした王子御一行様は、場違い甚だしかった。
「君も側近として、僕の側に仕えてもらうよう、手はずは整ってるんだ」
鉄面皮はいったい何処へ消えたんだろう?
王子は、一片の曇りもないキラキラした目で、ジェシカに笑いかけた。
だから、その破壊力!!!
目のやり場に困るではないか!!!
「だって、あの時出てけって、騎士団のみんなが………」
荷物もあっという間に詰め込まれ、ポイッと城の外に突き飛ばされたのだ。
あいつらの勝ち誇った嫌らしい顔ときたら!
今思い出しても腸が煮え繰り返る。
「あれは、騎士団の弱小派閥が、独断で騒いでいただけだって!気がついたら君がいなくなってて、どれだけ慌てたか。すぐに探したのに全然手がかりがなくて、見つけるのに大変だったよ」
身を隠すための手配は厳重にしたから、当然だ。
納得の出来に、ジェシカはうんうん頷く。
「そうよぉ。もう腹が立ってそいつら、ギチギチに痛めつけてやったわ。うふふっ!何度も泣いて詫びてきたけど、簡単に許せるわけないじゃないねぇ。一生後悔したらいいわぁ。ほら、あんたらも土下座して詫びなさい!」
おほほとアンソニーが物騒な事を言う。
ジェシカを追い出すとき、比較的遠巻きに加担していた護衛の兵士たちはその場に座り込み、ブルブル震えながら、額を床にこすりつけ詫びている。
な、何をしたんだろう?
アンソニーはこう見えて、相当強い。
あの侯爵家三男坊、再起不能にならなかっただろうか?
そして、兄よ。なんでまだ言葉遣いがそれ?
入れ替わりを解消するための演技じゃなかったのか??
「君が僕のそばにいてくれた3か月、いかに素晴らしかったか、身にしみてわかったんだ!君は最高だった!アンソニーの仕事の雑なことと言ったら…!」
王子は相当苦労したのか、眉間にシワを寄せ唸った。
「いやだもう!雑じゃなくて手際よくでしょ!わざわざ文書にしなくても口で言えばいいことばっかじゃないの!王子が細かすぎるのよ!」
アンソニーは王子の肩をバシバシ叩いた。
なんか、それなりに息があってる気もする…。
夫婦漫才??
「僕だけじゃない!みんな君よりジェシカが良かったって口を揃えて言ってるじゃないか!君は誰かれ構わず、しなだれかかって!」
おい、アンソニー、何してくれてる??
昔の硬派な頼れる兄はどこへ消えた?
「とにかく!僕は!君が良いんだ!お願いだから、戻ってきてくれ!」
王子はジェシカの手を握り締め、熱心に見つめる。
3か月間ずっと接していた鉄面皮ではなく、昔、身分を知らないまま出会った頃の、カワイイ少年の面影があった。
いや、顔!近い!そしてこの手はまだイノシシの血で汚れているのに!!!
ジェシカはドギマギである。
「ほんとに、私なんかでお役に立てるんですか?」
ジェシカは、上目遣いで聞いた。
実は追い出されたことはそれなりに傷ついていたのだ。
「もちろん!君じゃなきゃだめだ!」
キラキラした目で熱心に言われ、ジェシカは赤くなり、30秒ほど、あ〜とかう〜と悩んだのち、観念して頷いた。
でも。
自分の力だけで生計を立てた半年。
やりがいに満ち溢れていたな、とジェシカはちょっと未練たらたらだった。
今でもきらめく星と燻製の匂いで、当時を懐かしく思い出すのだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
実は最近、昔から書き溜めていたテキストをなろうに投稿しだしたのですが、何もかもがレトロな90年代風味。リハビリをかねて、テンプレざまぁをやってみました!
いやぁ、サクサク作れて楽しかったです!
ちょっとキャラ崩壊しちゃったけど。
本編とはパラレルにするつもりでしたが、外伝に入れても違和感ないかも(笑)
皆様にもお楽しみいただけたら幸いです。
よろしければ続きは本編で!