EP1-2 当たり前の日常 世界 心
「お〜い。俺の買っといた高級プリンが姿を消した。誰が食った?あ?」
朝、住吉荘の共通の台所に田中の声が響く。
ここ住吉荘は三階建ての4部屋。住吉荘自体はそこそこ大きな構造で4部屋なため1部屋1部屋がそこそこ広く。1人で暮らすにはある程度の余裕ができる。トイレと風呂は各部屋にあるが台所がない。台所は一階空間全てを使って共同フロアとしてできている。
そこには冷蔵庫などもあるためわざわざ部屋に冷蔵庫も置く必要もなく、皆そこ利用している。
そんな奇抜な構造になっているのは、管理者曰く人との関係を大切にするためなんて言っているが、本当は管理者であり、住吉荘の住人の1人である高倉 徳子が一切料理ができないため他の住人が作った料理を頂こうというわけである。
田中がこの荘に来てから10ヶ月がたつ。
今では田中がご飯を作り、住人みんなで飯を食べるまでの関係に進展した。
「私じゃないよ〜。」 力のない返事をしたのは住人の1人の日野 光。黒髪でポニーテールの女性。中々の美人なはずだが、アルコール中毒+変態なため女性として見ることができない残念美人。
ちなみに大学生らしい。
「香なわけないし。」突然田中に話を振られ顔を真っ赤にしているのは、橘 香。
田中が営む処理屋の紅一点で要となる情報屋である。極度の恥ずかしがり屋で他人と話すことができないため、香は常にホワイトボードを持ってそれで会話をしている。更にかなりのドジッ娘で、和気曰く、この娘は天性の素質があるらしい。
所有する能力はエレクトロ・プラズム。
要するに電撃を操る能力。
出会った最初の頃は話しかけるたびに電撃を浴びせられたのを田中は覚えている。
金髪で長さは肩にかかる程度。顔は可愛らしく、その奇抜なキャラとドジッ娘ぷりが相まって学校の男子からは人気が高く、女子からもその小動物の様な姿に母性本能がくすぐられるらしく、香は望まない事ではあるが皆の輪の中に入っていっている。
ちなみに田中や他のメンバーと同じ高校で同学年、一年生である。さらに香は処理屋の財布係で仕事の報酬やお金の管理は彼女がやっている。その金と集めた情報で資金は瞬く間に増えているため田中達は生活費などにも心配はなく、更に更に、彼女は処理屋の噂や情報を色んな所に流しているお陰で仕事にも困ってはいない。まさに処理屋にとってかけがえのない人となっている。
「阿倍は甘いのは苦手だし徳子さんは昨日からいないし。」
簡単な消去法で犯人は確定。
「俺のプリンは旨かったか?あん?殺したろか?」
もの凄い形相で迫られているのは和気。
「お前が言うと冗談っぽく聞こえないな〜」和気の顔には冷や汗。「俺のプリンは旨かったかって聞いてんだよ。とりあえず謝れ、土下座しろ コラ」
田中はさらに和気に迫る。
「昨日なんとなく冷蔵庫を開けたら、そんな気はなかったのにプリンを見つけてしまった…君ならどうする?
最高だった…」
和気がしたのは完全なる開き直り。
それが田中の怒りを加速させる。
住吉荘の食卓は今日も賑やかである。
「加奈子さん綺麗だったな〜」
そんなバカな話をするのは和気。
朝あんな事が有りながらも、田中と和気と阿倍は三人仲良く登校中。
住吉荘から高校までは歩いて15分。香は途中で忘れ物をしたと、走って住吉荘に戻っていった。
いつも四人は学校にギリギリ着くぐらいの時間に住吉荘を出るので、走って戻って、走っていったとしても遅刻は免れないだろう。
「加奈子さん元気でやってるかな〜 せめて連絡先でも聞いときゃ良かったかな〜。 はっ!香に調べてもらえば…」
「それじゃあのストーカーと変わらないだろ。バカ」
「バカって言うな。」「バカバカバカバカバカバカ…」
「うわーん。田中が俺苛めるよ!阿倍助けてくれ〜」
「バカバカバカバカバカバカバカバカ…」
「はっ!いつもは無口な阿倍までも!何これ!呪詛の二重奏!?バカな俺に逃げ場なし!?」
「自分の事バカって言ってるじゃーか」
「自分で言うのと美人に言われるのは許せるがヤローに言われるのだけはゆるせないんだよ。ハハハハ!」ピキーンと決めポーズをとる和気。
「バカな上に変態か…重症だな」
「ム…」
二人は和気を無視して先に進む。
「ちょっ!待てよ〜。まさかの壮大なる仲間外れの予感!?」
そんなこんなで1日が始まる。
三人は同じクラスの1―1。
三人は席に着き、和気は他のクラスメイトと話し込み、阿倍は授業の準備をし、田中は机に突っ伏し寝始める。三人が三人別々の行動をする。
三人に共通点は一見すると見つからないが三人にも共通点はある三人が三人どこか寂しそうな雰囲気を出しているのだ。
当たり前に1日が始まり、授業が始まり、当たり前に1日が終わる。
当たり前の日常。
学校の帰り道ふとそんな事を考える田中。
少し前の自分では決して手に入れる事はできなかった日常。
自分はそんな日常を求めてたはずなのに今はその日常に退屈している。なんだこれ。なんて思っている。
住吉荘に戻ってくると共同フロアに人影が1つある事に気がつく。住吉荘の管理者高倉 徳子。真っ黒な服を着て、不思議な雰囲気をだしている。
突然いなくなったり、帰ってきたり。
まるで野良猫を思わせる行動は更にその不思議な感じを神秘的にさせる。
「帰ってきたのか、少年。 青春してるか? 学生の本分は青春だぞ。青春こそ学校生活の全てであり、人生の宝になる。まぁ、貴重な青春タイムの放課後をこんな所で過ごす少年に言うことではないか…」
「大きなお世話ですよ、徳子さん。それより今日晩飯どうします?リクエストがあれば…」
「肉がいい」
質問する前に答を言い、自分の部屋である。1号室に戻るために共同フロアを出ていく。全く…苦笑しながら自分も自分の部屋に戻る。田中の部屋は3号室。四号室は香、二号室は光。となっている。当然和気と阿倍の部屋はどこかなのかという疑問がでてくる。
答は簡単。田中と一緒にルームシェアをしているのだ。
本当は阿倍はともかく和気てなんて一緒に暮らすなんて嫌なのだが、どうしようもない。そればかりはどうしようもないのだ。
しばらくして阿倍や和気、香が帰ってきて、夕飯の準備をして、光が帰ってきて、騒がしい夕飯を食べ終わり、各々部屋に戻る。
3号室に戻った三人はそれぞれ自分の決めた場所に居座り、別々の事をしながら談笑をはじめる。
当たり前の日常。だけどどこか落ち着いて、静かで、心地よくて。田中はこんな時間こそが幸せか時間なのではないかと思う。
しかし、そんな日常は呆気なく終わりを告げる。
ドンドンと激しくドアを叩く音。
部屋の前に呼び鈴があるのにも関わらず、荒々しくドアを叩く。そんな人、三人には1人しか思い付かない。
だが、この予想が外れればいいのにと願う。「私だ!部屋を開けてくれ!」
女性の声。三人とも良く知る声。
願いは簡単に潰える。その女性は四人をこの住吉荘に住まわせ、処理屋を営わせている張本人。
瞬間、三人は目を合わせ、意思を電信させる。超能力でではない。三人は解っているのだこの女は録な事しか持ってきやしないのだ。
部屋に上げず、誰もヤツに干渉することなく帰ってもらう。
―居留守―
三人の頭にその言葉が過るのにかかった時間は一瞬。
気配を消し、帰るのを待つ。
しばらくしてドアを叩く音が止み、声が聞こえてくる。
「いないのか…仕方がないな…」
三人は気配を探り、完全に居なくなったのを確認する。
助かった―
三人は突然の危機からの回避にお互いに褒め称える。
和気が部屋の空気を変えようと窓を開けようと、カーテンを開く。時期的には10月で肌寒い季節だが、そのくらいのほうが緊張しきった体を目覚めさせるのにちょうどいい。
田中は気づく。和気がカーテンを開けてから一切動かない事に。
田中と阿倍が気づたのはほぼ同時。
窓の外から覗き込む女性の顔。
三人にとってすべての元凶、災厄。
その女性の名はマリア。
マリアは動けなくなった三人の顔を見て、口を動かす。
―まだまだだな―
「まったく、師匠を騙すなんてとんだ悪餓鬼だなてめえ等は」
マリアは出されたお茶と茶菓子をバリバリと食いあさっている。
三人はもれなく正座。「騙すってゆうか悪ふざけってゆうか…」
和気は恐る恐る言い訳を言おうとする。
―ヤバい―
他の二人に戦慄が走る。が時既に遅し。和気の顔にマリアがさっきまで飲んでいた湯飲みがぶち当たる。
「ギャァァァ…!目が、お茶がっ!」
和気はあまりの痛みにのたうち回る。
「言い訳は聞かん。うざったい!」
そう言うとまた茶菓子を食べ始める。
マリア。田中にとってすべての始まり。
そのスタイルはモデルですら羨ましがるくらいに引き締まっており、その容姿はすべての男性を振り向かせ、その自信はすべての者に信頼と恐怖を与える。例えるならば、この人は嵐。
そんなことを考えていると田中はマリアの隣に座る1人の女の子に気づく。
「あの〜そちらは…娘さん?」
ちょっとした冗談のつもりだった。
マリアは見るからに独身女。しかし、もういい歳はいっているだろう。そんなちょっとした皮肉のつもりだったのだが、田中はすぐに後悔する。
茶菓子を入れていた容器が顔に当たる。
「ギャァァァ…!!かっ、角がぁぁぁ!」
「あ? 何か言ったか?」
「言ってません。」
三人は再び正座。
「だが良い所に気がついたな。この子は…魔術師だ。」
「「「は?」」」
その訪れによって全てが変わった。
当たり前の日常。当たり前の世界。当たり前の心。
全て、総て。