EP1-1 地味とバカと野獣
私 長谷川 加奈子は今ストーカーされている。
ストーカーが始まったのは1ヶ月前ぐらい9月の中頃に気づいた。気づいてしまった。
気づけたのは奇跡に近い。友達とバイト帰りにふと後ろを振り替えると曲がり角の影の中から2つの瞳が此方を見つめているのに気づいた。
最初は見間違いかと思った。ストーカーというのは美人な人がされるモノだと思っていた加奈子は見て見ぬ振りをした。
しかし、その曖昧な疑心が確信へと変わるのに時間はかからなかった。
加奈子は親にかなり無理をいって専門学校に入らせてもらった。払うのは学費だけ、そういう約束。
だからアパート代も生活費も自分で払わなくてはいけない。自然とバイトの時間は夜遅くまで働かざるを得ない。
それでも加奈子にとっては苦ではなかった。したい事ができ、充実した時を過ごしてきたからだ。
その充実した時間にヌルリと入りこんできた異物。
今までストーカーの事件を聞いても怖いな〜と思う程度だった。自分がなるはずがないと。
加奈子は思う。今まで他人が味わってきた恐怖はこれなのかと。ストーカーぐらいで何をそんなにとか思っていた。人間は他人の心の少しも理解できてはいない。同じ境遇に立って初めてその他人の心を少しだけ理解できるのだ。
虐めがその典型的な例である。
警察にも助けを頼んだ。警察は警戒を強化するので安心してくださいと言っていたけれど、ストーカーは一向に終わる気配は見えない。
それどころかだんだんエスカレートしていった。この前なんて肩を捕まれ、脅されかけたぐらいだった。
警察はたよれない。何かされたら連絡をください。なんて何かされた後に言っても遅すぎるだろと加奈子は思う。
友達にも相談をした。帰ってきたのは、昔の自分と同じ。軽い恐怖心と同情心。中には幾つかの対策法を教えてくれたり、何人かの男友達が護ってやるなんて言ってくれた人もいた。
超能力が当たり前になった世界で見た目の強さなんて関係ないのだと加奈子は思った。
ストーカーからの護衛のために何人かの男友達と帰っていると前から突然ストーカーが現れる。身長は高いが細身であまり強さは感じられない。
こちらの中にはボクシングをしている人もいるし、攻撃的な超能力をもっている人もいる。
本来超能力とは人間の可能性を広げるという名目で産まれたモノ。災害の時などにどうしても重機がもってこられない場所などで超能力を使って何人もの命を救ったり、普通の人間では無理な手術などを軽々とこなし医学界に新たな可能性を産み出した人もいたりするなかで、犯罪などの事件なども増えているなど負の面も持ち合わせている。
が凶悪な犯罪件数は超能力がなかった頃より減ってきている。日本では超能力の覚醒は義務化され超能力が使えない人は殆どいない。超能力での犯罪を超能力で解決する時代なのだ。故に未解決事件なども殆どなくなってきている。
超能力は一人一つしか覚醒しない。それは普遍の事実。
何が覚醒するかもほぼ運しだい。研究者の中には覚醒する能力こそその人の本質なのだと力説している者もいる。
一度覚醒した能力は変えはきかないし、大きなくくりでまとめられることはあれど、一人一人同じ能力の者はいない。
能力は鍛えれば精度が上がるし、力も強くなったりする。
故に人は見た目で判断してはいけないという言葉は現実味を増してきている。
実際加奈子の目の前で起こったこともそれなのだろう。
何人もの友達がそのひ弱そうな青年にやられていく。
それからそのストーカー事件に周りの人達はあまり関わらなくなった。
それからもストーカーは続いている。加奈子は壊れかけていた。あまりの恐怖に、あまりの理不尽に。
そして遂に心が限界を迎えた時叫んでいた。加奈子の力は自分の身を守る力もなく、相手を傷つける力もない。それでも叫んだ。ストーカーに。
青年は姿を現し、此方に向かってきた。
加奈子は壊れかけた感性で殺されるかもしれないと思った。
青年は加奈子の襟を掴み、そのまま塀に押し付ける。加奈子は動けなくなった。
青年の力だけではない。恐怖で身体震えて動かないのだ。
青年はニヤリと不気味な笑顔をこちらに向けてくる。
「観念した?とりあえず今まで僕にしてきた愚行に対して謝ってくれないかな…」
「ごめ…ご ご、ごめんなさい」
震えてうまく言えない。
「あ?ちゃんと言えよ。」
青年はそう言うと、加奈子を叩きつける。
痛みで動けなくなる。それでも加奈子は震えながらぼんやりと殺されるなとおもっていた。
「オラっ!言えよ。許してくださいって。ごめんなさいって。ほら」
「あ…あ あ、あ…」
涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
助けて…誰か助けて…心の中でそう叫ぶ。
そしてその心の叫びは届く。
「謝る必要なんてアンタにはねーよ。」
現れる三つの人影。
「誰だ?アンタ等」
加奈子を抑えていた足をどけ、現れた三人に注意を向ける。
加奈子はこの三人に会ったことがある。
「田中君!この人です!」
加奈子は叫んだ。恐怖で壊れかけた心が少しずつ元に戻ってきたのを感じる。
ストーカー青年は加奈子のほうを少し見て、三人に同じ質問をする。
質問に答えたのは平均ぐらいの身長で黒髪でどこにでもいそうな青年。
「田中 太郎。」
田中 太郎なんてあまりに普通すぎて逆に珍しいレベルの名前。
ストーカー青年は思わず笑う。
「悪いけど、今加奈子ちゃんとお話中なんだよね…どっか行っててくれない?」
それは脅し。
行かなければどうなっても知らないよというストーカー青年の忠告である。
「何?告白でもするの?でもちょっと過激すぎね?いくら表現の自由が許されてるからってこれはな。
加奈子さんの綺麗な顔が涙で台無しだよ」
金髪の青年がいかにもかっこつけながらストーカーに言い返す。
加奈子はその青年の名前を知っている。和気 義行。しつこく加奈子に名乗ったのでよく覚えている。
そして残りの二メートルはあるんじゃないかと思わせる巨人の名前は阿倍 拓郎。
三人に対する加奈子のイメージは地味、バカ、野獣。
しかし、不思議と加奈子はこの三人に安心感を感じた。
ストーカー青年は不気味な笑顔を顔に浮かべて、突然三人に走っていった。ストーカー青年は右腕を振り降ろす。それだけで阿倍以外の二人は後ろに飛ばされる。
「コイツっ!念動力系かよ」
飛ばされながらも、和気は分析をする。
しかし、驚いたのはストーカー青年も同じ。相手の力も解らないので、全力で力を使ったはずだったのに、阿倍は全くと言ってもいいほど動じなかったのである。
ストーカー青年に焦りが生まれる。
青年はまた力を使おうとするが、その前に阿倍の強烈な拳が青年を襲う。
二メートルぐらい飛ばされて青年は動かなくなる。圧倒的である。
加奈子はその光景に動けなくなっていると、突然和気が隣に現れる。
「大丈夫ですか、加奈子さん。もう安心ですよ。俺達の力をもってすればこの程度の仕事朝飯前ですから。」
「やったの殆ど阿倍君じゃ…」
「アハハハ! お礼なんていりませんよ。でもどうしてもと言うのならばその豊満な胸を1揉み、いや、2揉み」
えっえっ?と加奈子が困っていると後ろから和気の顔面を田中が蹴り飛ばす。
「金は前払いでもらってるんだし、黙ってろ。」
立てますか?と言いながら手を差し出す田中。
「ありがとうございます。まさか本当に来てくれるとは思いませんでした。」
加奈子は誰も助けてくれない中で必死に助かる方法をさがしていた。
そして見つけた。その名も処理屋。どんな問題でも軽やかに解決。それが謳い文句だったので、加奈子はすぐに連絡。直接会い、相談。値段の安さと前払い制に胡散臭さを感じていたが、まさかここまでやってくれるとは思わなかった。
田中は加奈子を立たせると笑顔を見せる。加奈子はその笑顔に力を貰った気がした。
世の中捨てたもんじゃないな。
加奈子は自然とそう思えた。
気がつくと加奈子は微笑んでいた。