EP1-12 救出
だから、私は言ったのだ…
朱奈はムスッとした顔でそんなことを考えていた。
朱奈は今良く解らない廃ビルの七階の広い部屋の中心で柱に拘束された状態。
周りには何人もの黒ずくめに囲まれ、厳重に監視されている。
この廃ビルについて朱奈が知ってるいるのはこの建物が七階建てだということ。つまり、朱奈のいる階が最上階であり、その上は屋上となっている。
七階までの各階には合計で百人はくだらない人数の黒ずくめがいるのを階段を上がるときに朱奈は見ている。
もし、侵入者が来たらあっという間に蜂の巣にされるだろう。
…しかし、見渡す限り黒ずくめ。
この組織はこの黒い服に何らかのポリシーの様なモノでも持っているのか?ってぐらい皆黒ずくめ。
随分とベタな。
なんて朱奈が考えていると、朱奈の前に一人の男が現れる。
伊東 醍醐。
この騒動の黒幕。朱奈はこれが自分を狙った犯行では無いことがこのビルに来てすぐに理解した。
自分を狙った犯行ならここでこんな事をせず、直ぐに姿を消すはずだ。
更に、この男は簡単にこの犯行の目的をしゃべった。
目的は復讐。
自分のプライドをへし折った田中と朱奈に対する報復。
未だに朱奈に拘束する以外には何の危害を加えないのは、単に田中が目の前で殺されるのを見せつけるため。
その為だけにこれだけの人数と手間を尽くしたのだから凄いと言うか、バカらしいと言うか。
取り敢えず、伊東は狂っていた。
あれから、復讐することしか考えずに生きていた。
その間の伊東はまるで何かに取り憑かれるようだったという。
この廃ビルは表通りからは遠く、人通りがまったくない。
その為どれだけ暴れても、大概の音は街の騒音にかき消される。
約束の時間までまだ少しある。
伊東の目には怪しい光が宿っていた。
あと少し…あと少しで…
「怖いか?餓鬼。」
伊東は余りの興奮を抑えるためにか朱奈に喋りかける。
でないと、どうにかなりそうなのだろう。
「特に感想は無いな。」
そんな伊東の様子を冷たい目で見る朱奈。
「こんな事をしても無駄だ。というか、こんな如何にも罠と言ってるような所にのこのこ助けにくると思っているのか?バカめ。来るわけが無い。」
伊東は拘束されている朱奈の襟を掴んで醜い顔で睨みつける。
「来なければ、お前に全て償わせてやるよ…覚悟するんだな」
伊東は乱暴に襟を離し、部屋を出ていく。
そんな伊東の姿から目を離すと、朱奈は心の中でホッと胸を撫で下ろしていた。
なんだかんだ言ってもまだ子供。こんな状況にいきなり晒されれば不安になるのは当たり前だろう。
来るな…田中。
朱奈は心の中でそんな風に願っていた。
この人数だ。いくら田中といえども本当に殺されてしまうだろう。
勝てたとしても、必ず重症を負う。
それだけは嫌だった。
自分のために死んでいった人を一度朱奈は見ている。
もうあんなことは嫌だった。
確かに、田中が助けに来ることも心のどこかで願っている。
それは人として仕方がないことだろう。
期待することが人間の本分なのだから。
田中は自分にとって今や大切な存在となっている。
何故こんなにも田中になついているのか、朱奈には解っていた。
似ているのだ、母上やあの人に。
顔とかではない。
内面的な部分で田中はどこか二人に似ていた。
そんな田中の姿に二人を映していたのだと思う。
最悪だな…
朱奈は自嘲する。
私は恐らく田中が好きなのではない。
二人を田中にただ映しているだけ。
そこに田中は居ない。
私は田中を利用しているだけ…
なんと醜いことか…
私なんて助ける価値もない。
でも、それでも、田中が助けに来ることを願ってしまう。
朱奈は少し泣きそうになった。
暫くすると部屋の扉が開き、伊東が帰ってくる。
「約束の時間だがヤツが現れた気配も、部下からの報告もない。裏切られたな餓鬼。」
その言葉に少し絶望するも、朱奈はホッとする。
そうだ。それでいい。
「仕方ない。この餓鬼で我慢するか。覚悟はできてるか?餓鬼。」
酷く冷たい声。
だが、朱奈は怯える様子を見せずに伊東を睨む。
伊東はそれをどう解釈したかは解らないが、ニヤリと顔を歪めた。
ガギン!!!!!
その時天井から物凄い音が響いた。
丁度朱奈の上あたり。
ここは七階。
本来ならそこから来るはずがないと考え、伊東達は油断していた。ガギン!!!!!
もう一度音が響く。
朱奈の胸の音の速度が上がる。
ガギン!!!!
遂に天井にヒビが入る。
伊東達は想像以上の出来事に驚いている。
ガギン!!!
そして遂に、轟音とともに天井の一部に穴があく。
朱奈の胸の音の速度は最高潮に達する。
あれだけ、来るなと願っていたのにもかかわらず、朱奈は砂ボコリで録に目も開けられない状態でも、その姿を探した。
朱奈は一人の男の姿を捕らえる。
その男は朱奈を護る様に立ちはだかり、左手には折れて、砕けた刀を持ち、もう片方の手は血だらけである。
本当に信じがたい事ではあるが、刀と素手でこのコンクリートの天井を突き破ったらしい。
その男は振り返り朱奈の姿を確認。
そして、朱奈の無事を確認する。
「よっ!助けに来たぜ。」
何喰わぬ笑顔で朱奈に喋りかける。
朱奈はそんな田中に救われた気がした。