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6.3.春凪共和国、正式設立
幾多の準備と調整を経て、ついにその日が訪れる。
西暦2042年3月28日。
春凪共和国の設立を宣言する式典は、世界のどの建国式典とも異なっていた。そこには、軍事パレードの轟音も、熱狂する群衆の歓声も、政治家たちの自己顕示的な演説も存在しなかった。野迫川村の、かつて住民対話集会が開かれたあの公民館の和室に、創設メンバーと野迫川の住民たちが、ただ静かに集うだけ。その様子は、インターネットを経由し、世界中へと静かに配信された。
その日は、奇しくも858年前の同日に、平維盛が那智の海に身を投じ、「平穏なる世」を願った日と一致していた。
そして、この日は、春凪一の72歳の誕生日でもあった。
春凪一は、集まった人々の前で、ただ静かに頭を下げた。
彼の長年の努力が結実し、一個人の理想追求が、八百年以上も前に一人の貴公子が抱いた悲痛な願いの成就へと、静かに昇華する瞬間であった。
窓の外では、春の柔らかな日差しが、野迫川の山々を優しく照らしていた。
新しい国は、その産声を上げることなく、ただ、静かに、そこに誕生した。




