sideキャサリン
キャサリンは厨房の前で待ちながら、密やかにため息をついていた。事前に頼んでいたというのに、このざまだ。昨日から厨房のシェフがぎっくり腰か何かて、人が足りないらしい。
中では下働きの少年がバタバタと走り回っている。
ドグマ広しといえど、平民も貴族も一緒になってひとつの仕事をするのは、王宮くらいではないだろうか。
考えるにつけても王宮は不思議な場所だ。
茶器は王宮にあるが、湯は厨房へ取りに行かなければならない。城内の部署から部署へ、ミツバチのように動き回るのがメイドの仕事だ。
キャサリンは活動的なたちなので、動くことは苦ではない。
だけど、リリス妃が来て、別の意味で気苦労が増えた気がする。
「リリス様が何を考えているのか、本当に分からないわ……」
本来ならアフタヌーンティーと共にケーキやチョコレートも一緒に用意して、ガーデンパーティーでも開きたいところだ。
が、主人があの様子では無理だろう。
今日も物置小屋に入って何かしている。
仮にも王子の妃なのに、子爵の四女のキャサリンをつけられた。そのことに怒りもしない。伝説の武帝の血を引いているとはいえ、平民あがりの娘が王宮で暮らすのは無理があるのかもしれない。
こめかみが痛くなった。
すると、
「あらぁ、キャサリン? キャサリンじゃないの」
聞き覚えのある声がした。
顔をあげると、見知った顔が二つ並んでいた。
「まあ、本当。キャサリンだわ! 異動してから久しぶりね。元気にしてた?」
元国王の正妃、ヴィクトリア王妃の侍女たちだ。
先週までは自分もあの中にいた。
キャサリンは歯ぎしりしたいのをこらえて微笑んだ。
「ごきげんよう、メリッサ。アンバー」
「第3王子の王宮はどう? 居心地よくて?」
と、庭園のイトスギのように背の高いメリッサが尋ねた。
本人いわく『伝統的』な伯爵の娘だ。
全てにおいて、昔と変わらないことが美徳だと信じ込んでいる。
正面切って喧嘩を売ってくるわけではないが、無自覚な、あるいは自覚的な悪意を織り交ぜて話をする癖がある。
「まあまあよ、ありがとう」
とキャサリンは言ってかわそうとしたが、今度はアンバーが引き留めてきた。
「でも、第3王子の王宮はヴィクトリア王妃様のところよりずーっと狭いでしょう? ホールもないし、厨房なんかの設備だってこちらにしか無いもの。今まで本殿にいたのなら、まるで鳥小屋のように思えるのではなくて?」
くすくす、とメリッサが笑う。
「やだ、アンバーったら。そんなことを言ったら魔王様に怒られるわよ。ねえキャサリン、どうなの? ダリオン様、お変わりなくて? こう言っては何だけど、私は絶対ドグマ国内の貴族令嬢から見つけた方が良かったと思うわ。隣国とはいえ異国の地から来て早々に嫁ぐだなんて、リリス様にだって良くないわ。水が合わないというのかしら」
厚化粧のアンバーが、頬のおしろいを崩すのもおかまいなしに、にったりと笑った。
「でも『相性』だって合わなさそうよ。ええ、いろんな意味で」
興味津々のメリッサがケタケタと笑う。
「やだあ、アンバーったら」
「だって本当のことじゃない? 華奢で色が白くって、捕まえられた小鳥みたいなお妃と、あの魔王様でしょう」
「魔王の圧勝ね。まさに鳥小屋だわ!」
「かわいそうな小鳥は魔王に食べられて、ばらばらにされてしまいました、ってオチがつくかしら。ダリオン様、体力ありそうだもの。きっとリリス様がついていけないわよ」
噂話は生魚に塩とオイルをかけたカルパッチョのようなもので、内容はその日によって違えど、実質のところの構造は同じなのだ。
この二人は会うたびに噂話をしてくるが、それが善意に満ちたものであることがは一度だってない。
キャサリンは派手好きでやや傲慢ではあったが、陰口に時間を費やして喜ぶようなのは高潔な人間がすることではないと父親から徹底して教育をされていた。
母親は「そんなの、時と場合によるわ」と言うのだったが、双方の意見を聞いて育ったキャサリンは、中庸をとることにした。
にっこり微笑んで敵意がないことを示す。
でも、が口癖の下世話なアンバーが身を乗り出した。
「でもキャサリン、ダリオン様にお会いするのでしょう。うらやましいわ。ヴィクトリア様のところは広いけれど、美男子はいないのよ。魔王様は斬られそうで恐ろしいけれど、鑑賞するのだけなら最高じゃない」
「あら、不敬だわ」
と、キャサリンは微笑みを崩さなかった。
湯の入ったケトルをもって、厨房の下男が速足で向かってきた。
キャサリンは簡単に礼を言って受け取ると、
「残念、時間だわね。ごきげんよう」
と言って2人に会釈をした。
少しでも早くこの場を離れたかった。




