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赤い魔王の白い結婚 〜童顔治癒師は強面王子の溺愛に気付かない〜  作者: 丹空 舞


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トラヴィスの思い出

「だいじょうぶですか」


戦場で、そんなに優しい声をかけられたのは初めてだった。

冗談ではなく天使だと思った。


真白い綿の散策用のドレスには、花の柄が控えめに刺繍されている。

革の女性用の腰ベルトから、小ぶりなバッグが垂れ下がっている。きっちりと縫い込まれ、細部まで装飾がされている造りから、それが一目で高価なものであることがわかった。

どこの家のお嬢さんだろう。


トラヴィスは意識が薄れそうになりながら、声を絞り出した。


「私は腕だけだ。命にはかかわらない……部下の様子を診てやってくれ」


女性は首を振った。

まさか。

嫌な予感に顔が強張る。


「いいえ。あちらに寝ていらっしゃる方は、ただ睡眠と休養が足りていないだけのようです。軽度の栄養失調と、疲労ですね。それよりも」


柔和だった彼女の瞳に、怒りに等しい意思が宿った。


「あなた自身の止血を急いだほうがいいですね。腕が使えなくなってもいいのですか?」


「腕一本失って仲間が助かるなら安いものだ」


「失わなくていいならその方がいいでしょう?」



女性は鞄から小さなナイフを取り出して、やにわにジャケットを脱ぐと、下に来ていたドレスの上部分を切り裂いた。


「お、おい」

トラヴィスはぎょっとして目を見開いた。

淑女のそんな姿を見るのは産まれて初めてだ。

いや、平民だってしないんじゃないだろうか。

男の目の前で服を切り裂くくらいなら、舌を噛んだ方がましだというのが淑女の常識だと思っていた。


「包帯代わりになればいいのですが……」

布を手に持った女は、ジャケットを羽織る。

なるほど、こうして見れば元通りだ。

しかし、ジャケットの下はひどいことになっている。


女性はしゃがみこんで、トラヴィスの上着を脱がせにかかった。

「さあ、少し我慢して。傷を見せて」


傷をお嬢さんが見たら卒倒してしまうんじゃないかな、と思ったが、おとなしく言うとおりにした。


「なるほど、斬られたのですね」


と、的確に言い当てるから驚いた。


「ああ。兵士ではなくて、山賊のようだった」

「腕のこんな場所を斬られるなんて、もしかして……かばったのですね」


部下が斬られそうになったとき、一瞬で気が付いたのはトラヴィスだけだった。やむをえなかった。


「きみはそんなことも分かるのか。どこかで勉強を?」

「修道院で慈善活動をしているうちに、自然と」


質問をしているうちに、トラヴィスは自分が彼女のことを深く知りたくなっているのに気付かざるをえなかった。


「どうして私を助ける」

「えっ?」

「俺はドグマの者だ……敵だぞ」


彼女は微笑んだ。

美しい瞳がきらきらと光を反射する。


「人を助けるのに理由はいりませんわ」


それがトラヴィスが白いモーニングドレスの天使に、心臓を射られた瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
トラヴィスを助けた天使はリリスですよね。 こんなところで、(戦場としかわかりませんが)お二人は出会っていたのですね。 何しろ冬のシマエナガですから、さぞかしかわいかったのでしょうね。ましてや医療の心得…
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