セージティーをどうぞ
「セージティーをどうぞ」
リリスは湯気の立つカップを差し出した。
琥珀色の香りがふんわりと漂う。
妻を断れない男、ダリオンは渋々それを受け取った。
「リリス……いったいぜんたい、あの部屋の孔雀みたいな女たちは何なんだ?」
「孔雀?」
「一人は俺の妹だが……もしあの部屋がパーティー会場になってるなら言ってくれ。すぐに散り散りにさせる」
剣を持つそぶりをしているのは気のせいじゃないだろう。
リリスは慌てて否定した。
「いいえ。待ってくださっているのです」
「待って?」
「ええ。ダリオン様。私、シスターと、セシリア様方と共にタンケーへ行きます」
「リリス!」
ダリオンは大きな獣のように低く震えた。
「シスターとは?」
「シスターレジーナは私の親代わりです。私がいなくなってから、タンケーの聖堂が大変だそうなのです。このままでは民が飢え、傷病人が苦しんでしまう。王城のご婦人方の毛穴も大変なことに」
「毛穴はともかく、リリスの気持ちは分かった。君は優しい。だが――」
ダリオンは唇を噛んだ。
「認められない」
「なぜですか!」
「帰って来ないかもしれない」
「えっ?」
「リリス、戻らないでくれ。俺は……白い結婚でもいい。リリスが嫌なら俺に触れなくてもいい。だが、せめて近くにいたいんだ。この魔王が恐ろしいなら、部屋から出なくてもいい。ただ、この王宮の中にいてくれないか。そのためなら、俺は金でも、立場でも、この心臓でも、なりふり構わず何だって差し出そう」
リリスはきょとんとしてダリオンを見た。
「それは無理です」
キャサリンが咽び泣いた。
レースのハンケチーフは吸いとった水分でだらんと垂れ下がっている。
ダリオンが叫んだ。
「リリス! これだけ頼んでもだめだというのか」
「触れないなんて」
「えっ?」
「あっ」
リリスの色白の頬がほのかにピンクに染まっている。
ダリオンが夢を見ているような顔をした。
ついでにキャサリンも泣くのを忘れて顔をあげた。
「リリス、それは」
「わ、私たちはもう、夫婦なのでしょう? その、ええと、形式上は……」
「それはそうだ、が」
「私、あなたよりも一つ年上なのです」
「嘘だ」
「いいえ、本当です」
「本当ですよぉ~」
と、マイロが小声で援護した。
「ね、ダリオン様。ちゃんと帰ってきます。私の帰る場所はここなんです。こんなに居心地のいい場所は他にありません。それに」
リリスは花がほころぶように微笑んだ。
「タンケーにはダリオン様はいないんですもの」
そして、一呼吸おいて、静かに言葉を結んだ。
「たった数日、引き継ぎをするだけです。そして――タンケーに」
灰色の瞳が強く光る。
「ドグマの威光を見せつけて参ります」
ダリオンは声も出なかった。
決意したリリスが神々しかったから――。
それだけではない。
「年上?」
ぽかん、と口を開けたダリオンに、
「だから言ったじゃないですか」
とマイロが盛大に呆れた。
「僕は何度もお伝えしましたよ、リリス様がれっきとした成人女性ですって。報告書もお見せしながら!」
「お邪魔だったかしら」
絶妙なタイミングでシスター・レジーナがキャサリンの背後から現れた。
「子どもだ、子どもだと思っていたら、もう善い人が見つかったのね。私は先にタンケーへ戻ります」
「よろしければもう少しゆっくりご滞在ください」
「いいえ、お気持ちだけで十分です、ありがとうございます。あの、このポプリを渡してくださる? あの子、修道院の安息香があるとよく眠れると言っていたから。キャサリンさんとおっしゃいましたね。もうひとつあなたに頼みたいことがあるのです」
「私に? ですか」
「ええ」
シスター・レジーナはキャサリンのゆったりと巻かれて整えられた流行の前髪を見ながら、にっこりと微笑んだ。




