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ローザはお金より美しい、かもしれない

作者: 林代音臣

****


 天気のいい日曜日の午後一時に、足早にコンビニに向かっている。

 履き古したスニーカーに適当な黒いジャージの上着を羽織って……まぁ如何にもちょっとした買い物、と言った装いだ。

 ポケットから財布を出して今一度確認する。……よし、金はあるな。あれは現金しか使えないらしいから。

 辿り着いた最寄りのコンビニ。耳馴染みのあり過ぎる入店音を聞きながら自動ドアをくぐって、一直線に左奥のスペースへと歩く。

 ……薄っぺらいカードを手に取る。ちょっとした厚紙、値段は三千円。

 一万円のものにするか悩むものの……いやいや、弱気では出るものも出ないだろう。

 だってだって? もうあんなに引いてるし? あと十連すればさすがに出るって。

 そもそも一万円って……あの欲しかったゲームソフトが買えちゃうじゃないか。そこまで追ったりは……ねぇ?

 そうして小さく息を吐き、あいちゅ……ゴホン、三千円の魔法のカードを一枚レジへと持って行った。



 一週間前から、この怒濤の日々は始まった。

 いつも遊んでいるソシャゲの毎月恒例、月末の新情報発表。

 夕飯を食べながら何の気無しにその動画を眺めていて……ふと、箸が止まった。いや、止められた。

 期間限定のイベントガチャ。その目玉の新星五キャラ、薔薇の妖精ローザ。

 ……か、可愛い!!!

 ピンクで長くて、少しカールした髪。

 名前の通り薔薇をモチーフにした、折り重なった花びらのようなフワフワのスカート。

 厨二心をくすぐるオッドアイ。

 しかもこの見た目で性格がクール系⁉ 綺麗な薔薇には棘があるってことか⁉

 性能だって抜群だし、極め付きには大好きなアニメのヒロインと同じ声優さんと来たもんだ。

 もうこんなの引くしかないだろう!


 数日前、欲に負けて大して知りもしないアニメとのコラボガチャを引いてしまっていたから、ガチャを引くための石は四個しか無かった。

 これじゃあ十連だって引けない、とにかく石をかき集めなくては。


 その日からは寝ても覚めてもソシャゲ三昧だ。

 読んでなかったストーリーを読む……というか連打して飛ばして、育てて無かったキャラを育て、まだやっていなかったステージをクリアして。

 攻略を調べて高難易度ステージに挑戦して、特に興味が無さそうな友達に無理やりこのソシャゲを始めさせた。

 全ては報酬……石のため。手間と時間と、若干の友人関係を犠牲にして、数十連分の石を手に入れた!

 これであの子……ローザを迎える準備はバッチリ! ……なハズだったのだ。



 そして話は冒頭に戻る。

 ……まぁお分かりだろう。無料で集めた石では出なかったのだ。

 ローザじゃない星五のキャラが六体も出た。所謂すり抜けというやつだ……確率アップなんて絶対嘘だ。

 しかしここで止めてしまったら、この一週間はどうなるんだ?

 手間は? 時間は? 何だかちょっとよそよそしくなった友達は?


 我慢が出来なくて、コンビニを出てすぐの駐車場で買ったばかりのカードを取り出す。

 裏面のコードを読み込んで、スマホの画面には三千円の入金が完了した旨が表示される。

 ……ソシャゲを開いて、深呼吸。

 何度もローザのイラストをタップする。

 ガチャ画面を読み込み直して、違うページに飛んで、また読み込み直して乱数調整……意味はよくわからないが、藁にも縋る思いで、昔どこかで見た引きが良くなるおまじないをやる。

 震える指で、十連のボタンを押す……あ、光った! 光った光った!



 ……気がついたら歩いていた。

 え、ていうかさ、七回もすり抜けることある???

 しかも三体持ってる星五キャラだし、初ゲットですら無い。絶対確率おかしい、詐欺だろこれ。

 目的地はもう一つ遠いコンビニ。だって同じ店で買ったらあまりにもかっこ悪い。

 クレジットカードでガチャを引く、という手もあるのだが……カードの情報入れるのって何だか怖いし、無限に引けたら歯止めが効かなくなりそうだ。

 次、出なかったら止める。本当に止める。

 だからあと十連一回……三千円だけ。だってさ……さすがに次では出るよ、あれだけ引いてるんだ。


 ……出る、か?


 足を止める。

 危ない危ない、しっかりしろ、逆に考えてくれ。

 あんなに引いたのに出ないんだぞ? これはご縁が無いんじゃないか?

 六千円て! 家族で寿司が食えるぞ⁉

 

 良かった、冷静になって来た。

 このまま家に帰ろう。ちょっともったいない気がするけど、三千円も費やしたのも勉強代だ。

 ローザは可愛い。たしかにめちゃくちゃ可愛い。

 でも六千円……ましてやそれでも出ないかも知れないの、に……?

 

 ふと、甘い匂いに顔を上げる。

 足を止めたその場所は、立派なお屋敷の前だったらしい。

 手入れの行き届いた大きな庭には、鮮やかに咲き誇った、今が一番綺麗であろう薔薇が溢れんばかりに植わっている。

 ピンク色。ローザの髪と同じ色だ。

 ……そういえばローザ、技のエフェクトもすっごく綺麗だったっけ。花びらが舞ってさ……レイピアを振る姿が可愛いのに凜々しいんだよな。

 あんなにクールなのに、ステージクリアの時は笑うらしい。何それ見たい、絶対可愛い。

 あ、確かローザって風属性だよな? それなら最近追加された超難易度の水属性の敵に刺さるんじゃ無いか? あれに勝ったら特別な称号がもらえるんだよな……。


 ……やっぱり欲しい。


 よく考えたら、あのソシャゲ数百時間は遊んでるだろうし、新しいゲームを買ったと思えば六千円なんて普通だよな?

 運営さんも頑張ってくれてるし、いつも楽しませてもらってるし……お布施、そうだお布施だ!

 ていうかさ、さすがにあと十連引いたら出るよな! ここで止めるなんてもったいなさ過ぎる!


 小走りで、本日二店目のコンビニへ入る。

 三千円の厚紙を買う。何故かさっきより心は軽い、だってこれはお布施だし。

 財布から三枚の千円札を出したとき、ちょっと我に返りそうだったが……見ないフリをして手放した。


 またまた近くの駐車場でコードを読み込む。

 さっき聞いた音。聞き慣れたらマズい音。

 ソシャゲを開いてガチャ画面へ。やっぱりローザはとんでもなく可愛い!

 あれやこれややってもダメだったのだ、今度は直球勝負。

 大丈夫、絶対出る。だって一昨日、道でスマホ拾って警察に届けたし。大丈夫、徳積んでる。

 何となく薬指で、十連ボタンを深く押し込んでみた。



 そこからはよく覚えてないんだ。

 覚えてないって言ってるだろ。ドブった……? そうだったっけ?

 クレジットカード? あぁうん、登録したよ? だっていちいち買いに行くの面倒だろ?

 まぁいいじゃん、過ぎたことはさ! ローザも手に入ったし!

 ほら見てよ! 可愛くてすっごい強い! おかげで新ステージにも勝って称号ももらえたよ。

 ……確かに、思ったより……その、かなり? 掛かったけどさ……でも全然後悔してないよ!

 これからもずっと使うんだ! それならもったいなくないだろ!


****


 と、言うのが半年以上前の話だ。

 ログインボーナスを取るためソシャゲを開く……あ、昨日ログインし忘れた、まぁいいか。

 持っているキャラを取得順に並べる……二段目に一際輝く星五キャラ。

 つい最近引いた、期間限定キャラのステラ。たまたまやってた無料十連で引けた。

 これがもうとんでもなく強い。今、このソシャゲはステラゲーって呼ばれてるくらいだ。

 

 気まぐれに少しスクロールして……まだ半年くらいしか経って無いのに、ローザはもうこんなに下の方になったのか。まぁ新キャラはどんどん追加されるもんな。

 え、最近使ってるかって……いや、たまに使ってるよ? 使ってるけど……だってステラの方が強いし。どんなステージにも連れて行けて本当便利なんだ。

 もちろんローザは可愛いよ? でもさ、使えるかどうかはまた別問題だろ?

 

 ……数万円。別に後悔はしていない。

 すっごく楽しかったし満足したし、SNSで自慢だってしまくった。

 

 久しぶりにローザのキャラ画面を開く。うん、やっぱり可愛い。

 見た目も声も可愛い。キャラ性能も……それはまぁ、後々上方修正入るかもだし。

 後悔してない、するわけない。納得して買ったんだ!


 でもさ、……ちょっとだけ、ちょっとだけだよ?

 あの数万円があったら旅行出来たなとか、新しいゲーム機買えたなとか……ほんのちょっとだけ、たまにそういう考えが過るのは……まぁ、許してはくれないか。


 可愛いローザ。大好きなローザ。

 薔薇の妖精らしく、君が残していった棘が時たま……思い出したように、胸の傷をグリグリ抉ってくるのだ。

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― 新着の感想 ―
ゲームのデータを買ったのではない。「思い出」を買ったのだ…。他の何にも代えることのできない、青春の1ページを自らの手で掴んだのだ…。 若さとはそう言うもの。儂にも覚えがある…。 ところでここにオ…
可哀想笑 でも現実そうだよね。プロスピとかぷにぷにとか、一回課金しちゃったらもう止まらん。 まあプロスピやったらまだ行けるけど。ぷにぷには課金ゲー。 共感部分が多すぎて……。まあ、面白かったです…
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