耳かき戦士─美々香希望、爆誕!!
美々香希望という名前を思いついたので書いた作品。名前の由来は耳かき棒から。
美々香希望…16歳の女の子。かなり夢見がち。
マヴィ…訳アリ?妖精。美々香希望と共に世界征服を目指す。
これは遠い遠い過去か未来か、それとも別の世界か惑星か、木造家屋の少し突き出たベランダにて、とある少女が夜空を見上げていた。
家の3階、ちょうど庭の木が覆いかぶさらず開けたベランダから、茶色の瞳で、満月が煌々(こうこう)と照らす夜の海原をどこを見定めるでもなく、眠そうに、ただぼんやりと少女は眺めていた。
彼女の名前は美々香希望。齢にして16くらいだろうか。うっすらとしたピンク色の髪を少し高い位置で結んだポニーテール。付け根に慎ましきアゲハ蝶がごとく羽を広げる薄黄色のリボン。就寝時ゆえ、まとっているのは無地の水色パジャマであったが、年頃のうら若き乙女を彩るには些細ながらも十分な装飾であった。
「流れ星…ないなぁ」
希望は流れ星を待っていた。流れ星が見えている間に願い事を3回唱えれば願いが叶う…いつからか言われ始めた俗説にならい、彼女も流れ星に願掛けを試みていた。
(まあ、流れ星に願ったからって叶うとは思わないけどね~)
かれこれ一時間は夜空を見上げている。希望は諦めの溜め息を漏らす。そろそろ大人しく寝よう。そう思った矢先だった。
──ピカッ
「うおッ!?」
夜空に突如現れ、駆けていくいく眩い光。
(流れ星だッ!!)
思うが早いか言うが早いか、希望は願い事を唱える
「素敵な王子様と結婚できますようにッ!素敵な王子様と結婚できますようにッ!!素敵な王子様と結婚できますようにッ!!」
寝ずとも見れる、少女特有の夢見がちな夢を、夜空に光る流れ星に一言も詰まることなく言い切った彼女は、先ほどまでの眠気など全くない、喜びの表情を浮かべていた。
「言えた!!言えたよ、王子様!!」
どの王子様なのか。王子様なら誰でも良いのか。夜のベランダ。彼女にツッコむ者は誰もいない。浮かれた彼女を、光り輝く流れ星が明るく照らしていた。
「てか、いつまであるの、この流れ星?てか、どんどん近づいてない?」
てかてか言う彼女の言葉に応えるが如く、テカテカと輝く流れ星は、ますますその面積と光量を増し、彼女に迫ってくる。
「わわわッ!?ぶッ、ぶつかる!!」
希望は迫りくる光体から逃げるべく、体を反転させようとするがもう遅い。近くに来れば、150cm中ほどはある希望の5倍はあろうか。彼女を優に包み込める光体は目前まで迫っていた。
「キャ…ッ!!」
叫んだ刹那、希望は光に飲み込まれ意識を失った………。
「………ネ!!……ネ!!…………ネ!!」
「ん……ッ…何なの……ネ、ネ、ネって…外国語…?」
「いつまで寝てるネ!!早く起きるネ!!オマエしか世界を救える存在はいないネ!!」
「え…日本語?でも。変な語尾…って、うわッ!!」
朦朧とした意識のなか目を開けた彼女の眼前にいたのは…
「よ、妖精!?」
「妖精…まあ、似たようなものネ。」
希望の眼の前に浮遊する、語尾に”ネ”を付ける、羽を生やした不可解な妖精らしき生物。猫くらいの大きさで、稚児のような顔つきの4頭身。青色のコートを纏い、同じく青色で先に白い綿が付いたとんがり帽子を被っている。あるかないか分からない首にはベージュのマフラーを巻き、マフラーの左右には帽子からはみ出た長くて太いもみあげがユサユサと揺れている。
「よ、妖精さんが何の用!?てか、さっきの流れ星はいったい…それに此処はどこ!?」
意識を取り戻した彼女はあたりを見渡す。何もない真っ白な空間。存在するのは美々香希望と妖精のみ。
「此処はマヴィの固有空間ネ。マヴィと、マヴィが許可したモノしか入れないネ。」
「固有空間…?」
「要は、マヴィだけの部屋ってことネ。」
「なるほど…つまりさっきの流れ星は…」
「マヴィの固有空間ネ。移動もできるヨ。」
「あ、語尾が”ヨ”になった!!」
「そういうこともあるヨ。気分次第ネ。あと、固有空間を展開したままなのは疲れるから、いったん解除するネ」
言った瞬間、固有空間は解かれ、景色は元のベランダへと移る。
「あ、戻った!!…あと、マヴィって言うのは妖精さんの名前?」
「そうネ。マヴィはマヴィっていうヨ。よろしくネ。ついでに、オマエの名前は何て言うネ?」
「わ、私の名前は美々香希望…希望って呼んでくれたらいいよ。よろしくね、マヴィ。…それで、マヴィは何の用があって私の所に来たの?」
「そうネ!!それが一番大事ネ!!美々香希望!!マヴィを養って欲しい…って違うネ…美々香希望!!オマエに世界を救ってほしいネ!!」
「今、ヒモ男みたいなセリフが聞こえた気が…」
「気のせいネ!!希望、まだ意識がハッキリしてないから幻聴が聞こえたネ!!希望には世界を救ってほしい、それだけヨ!!」
(幻聴じゃないと思うけど…)
希望は訝しむが、ちっこい妖精紛いの生物、興味深いし、居候させるのも悪くないと思い、そのまま会話を続ける。
「はァ…てか、世界を救うっていったい…」
「簡単ヨ。希望が戦士になって、敵対勢力、武装集団、有力領主、金満商人…こやつらを全て希望のもとに平伏し従わせる…つまり、希望が諸国を併合する征服王になって、大帝国を築けばいいネ!!」
「はァ?」
「何ヨ。何か不明瞭なところがあるかネ?」
「いや…不明瞭っていうか…そもそも世界を救うと世界征服って対局な気が…」
「そんなことないヨ!!そもそも、それぞれの国が別れて、別々の領主が支配してるから争いが起こるネ。ならば、希望が全てぶっ倒して、全ての領土を統治したら争いなんて起こらないネ。金満商人も富を独占するから悪ネ。希望が帝王になって、奴らの富を人々に等しく分配させるネ。」
「そ、そうなのかな…でも、全ての領土を統治したら争いなんて起こらないってマヴィは言ったけど、今この世界のほぼ全ての領土を統治してるマウラ帝国が現在進行形で統治が揺らいでて、紛争勃発中だしなァ…」
マウラ帝国。およそ300年前、当時中央大陸に勢力を伸ばしつつあったマウラ族の頭領”ウガルド・ティル”が、その類稀なる才知と武勇を活かし、周辺諸地域を併合、征服した上で打ち立てた大帝国だ。支配地域が安定した200年ほどは帝国領内は平穏だったものの、100年ほど前から制度の硬直化、官僚、役人の腐敗、後継者争いの泥沼化が始まり、そこに付け込んだ武装勢力や他部族の反乱、諸地域の領主の差し金による紛争が頻発し、帝国の行く末は危殆なるものとなっている。
「別に世界征服しても平和にはならないんじゃないかなァ…」
今のマウラ帝国の混乱に伴う世界情勢を鑑みるに、希望の意見ももっともだろう。だがマヴィは彼女の素朴な疑問もどこ吹く風、自らの意見を滔々(とうとう)と主張する。
「それはマウラ帝国の賞味期限が切れたネ。それだけネ。」
「賞味期限?」
「そう、賞味期限ネ。賞味期限が切れた食べ物はまだ食べられるけど、いずれ腐って食べられなくなるヨ。それと同じネ。マウラ帝国も今はまだ食べられるけど、いずれ食えたモンじゃなくなって、捨てられるネ。それだけの話ネ。あと、マウラ帝国は世界の全領域を征服はしてないネ。だから、今度は希望が全世界を征服して、真の平和をもたらす大帝国を領ろしめすネ」
「…う~ん……」
「まだ見ぬ世界征服、どの英雄達もなしえなかった世界帝国…希望ヨ…興味はなイカ?」
「イカ?…でも…私、世界征服とか英雄とかあんまり興味ないし…」
「世界を征服したら、希望の好みの王子様と結婚できるヨ?」
「その話乗った!!」
(ちょろ過ぎるネ…)
先ほど、星に願いを掛けていた希望の言葉は、流れ星の正体であるマヴィには届いていた。マヴィとしては心底どうでもいい夢見がちガールの願いだったが、希望に対する交渉材料としては十分であった。王子様と聞き浮かれている希望を、マヴィは呆れた顔で見つめる。
「それじゃ契約成立ネ。今後、マヴィを匿って…ってまた間違えたネ。世界征服への第一歩として、よろしくネ、美々香希望。」
握手のつもりだろうか。マヴィは希望の前にその小さな右手を差し出す。希望も、浮かれ顔から一転、聞き捨てならぬ言葉を聞いたような気がし、僅かな疑念の眼差しをマヴィに向けつつ右手でマヴィの小さな手を軽く握り返す。
「…何か怪しいけど…よろしくねマヴィ。ところで、世界征服って言ったけど、私、ただの女の子だよ。どうしたらいいの?」
「フフフ…それはマヴィに任せるネ…」
マヴィは不敵な笑みを浮かべながら、コートの中に手を入れる。ゴソゴソと動く青いコート。それを、少し期待しながら見つめる希望、そして、マヴィがコートの中から取り出したのは…
「…耳かき…棒?」
紛うことなき耳かき棒だった。材質は銀、持ち手の先には恵比寿様を思わせる福耳の微笑み顔が付いている。
「そうネ。耳かき棒ネ。」
マヴィは取り出した耳かき棒を希望に手渡す。
「これでどうやって世界征服をするの?」
「希望、その耳かき棒で耳を掻くネ」
「えッ?今ここで?」
「そうネ。そしたらマヴィの言っている意味も分かるヨ」
口角を少し上げ、ニヤけ顔で言うマヴィを前に、希望は少し不安そうな表情を浮かべる。
「ホントかなァ…」
それでも、希望は耳かき棒を持った右手を耳に持っていく。そして…
──カリッ──
耳を掻いた。所詮耳かき棒だと高を括っていたのだろうか。それとも、未知への好奇心がそうさせたのか。いや、やはり天命だったのだろう。大いなる意思のもとに万物は動いている。その大いなる意思の支配下の中で、美々香希望はマヴィから受け取った怪しい耳かき棒で耳を掻いたのだった……その一掻きがもたらす世界への変革、自身が背負う業の深さなど、この時の希望には知る由もなかったのだから仕方がないと言えば仕方がない。ただ、一人のうら若き乙女が背負うにはあまりにも過酷な運命が、この一掻きと共に希望には宿命付けられたのであった…そして希望の前には、したり顔で微笑む青き精霊の姿があったのだった。
希望が耳を掻いたその刹那、耳からふわふわとした、ピンクと白の煙が出現し、希望を包み込む。希望は意識を失い、宙に浮き、半目を開け、四肢を垂らした状態になる。そして次の瞬間、ピンクと白のふわふわが希望を中心に圧縮する。そして圧縮され希望と混ざった物体は形を変え、人型を形成していく。時間にして僅か数秒、煙が解かれ、一人の女性がそこには現れた。
「なかなか良い女ネ」
先ほどまで希望がいた場所にいたのは…あどけなさを残す少女とは違う、大人びた、そして可愛さではなく美しさを纏った女人であった。ポニーテールと言っていいのか、少し巻きを帯びることで品を携えた髪の後方、大きく羽を広げる黄色のリボンから伸びる一つ結びは、背丈よりも伸び、なぜか地面に触れることなく波打つ。装飾を控えながらも気品のある桃色を基調とした衣を纏い、腰の部分は金の帯で締めている。長いスカートはゆったりとした包容力を与え、肩は少し膨らんだフリルの付いたパフスリーブで覆われ、二の腕から先は桃色のアームカバーと薄い白色の布で覆われている。そして、そんな彼女に更なる優雅さを与えてるのは、襟元に薄桃色のファーのついた白いマントと…右手に握る、持ち手の先に大きな宝石を施した錫杖が如き、巨大化した耳かき棒であった。先の方は耳かき棒の面影がある湾曲を帯びているが、持ち手の上から伸びる羽衣のような薄い布地と、銀色の本体が、それが耳かき棒であるとは思えぬほどの豪奢さを醸し出していた。
「ん……一体…何なの…?」
虚脱状態から意識を戻したその美女は、いつもとは異なる視界に違和感を覚える。
「あれ?私…背、伸びた…?」
「背だけじゃないヨ。見た目も変わってるネ」
戸惑う美女の前で、マヴィは全く変わらない調子でコートの中を漁り、そして少し大きめの丸い鏡を取り出す。そして、その丸鏡を彼女に向ける。
「えッ!?こッ、これ、わッ、私!?」
「そうネ。紛うことなき美々香希望本人ネ」
美女…美々香希望は美しく変わった己の姿に驚き、暫し見惚れていた。
「凄い…めっちゃ美人…まるでお姫様みたい…」
「喋り方はただのガキンチョだけどネ」
「何か言った?マヴィ?」
「何も言ってないヨ~」
確かに、マヴィの言う通り、見た目と口調が釣り合ってはいなかったが、それでも変身後の希望の美しさは別格であった。
「…でも、いったいどうして?これが耳かき棒の力なの?」
希望は右手に握る、大きな杖上の耳かき棒を見つめる。
「そうネ。耳かき棒で耳を掻くことによって、希望は今の姿に変身できるネ」
「そう…なんだ。でも、この力が何の役に立つの?この力で世界征服ってどうやって…」
そこまで口にして、希望はとある疚しい考えが浮かんだ。
「…もしかして、この美貌を活かして、有力そうな君主か豪族に取り入ろうって算段じゃ…」
「ん~それも良いかもしれないけど、別にそんな回りくどいことする必要は無いヨ」
「えッ?じゃあどうやって世界征服するの?」
「それはネ…」
その時だった。希望とマヴィのはるか後方から、突然、二筋の赤い光が飛んできた。
「「!?」」
二人とも光を察知する。そして、光が接触する直前、マヴィが固有空間を利用した光の盾を展開する。
──サッ…!─サッ…!!──
光の筋は盾に突き刺さり、そのまま消滅する。
「危なかったネ…今のが突き刺さったら、マヴィも希望もただじゃすまなかったネ」
「マヴィ、今のはいったい…」
希望が尋ねようとした瞬間、また光の筋が二本…いや、今度は四本飛んでくる。
「マズイネ…ッ!!」
その四本をマヴィがまたも盾で防ぐが…盾はどこか輝きを失いつつあった。
「このままじゃもたないネ…希望、此処は戦うには狭すぎて不利ネ!!もっと広い場所に移動するネ!!」
「え!?戦う!?あと移動って…じゃあ、下に降りて靴を履き替えて…」
「そんなことしなくても飛べばいいネ!!」
「ふぇ?飛ぶ!?」
「そうネ!!飛ぶネ!!」
「と、飛ぶって言ったってどうやって…」
マヴィの言葉に困惑する希望。そこに目掛けて、またもや赤い光の筋が四本飛んでくる。
「く…ッ!!」
再びマヴィは盾で防ぐが…今度は光の筋が消えると同時に、マヴィの盾も消滅した。
「うぐぐ…もう限界ネ…希望!!早く飛ぶネ!!」
「だからどうやって…!!」
「どうするも何も、変身した希望は飛ぼうと思ったら自在に飛べるネ!!だから、早くここから移動するネ!!」
「飛ぼうと思ったら…飛べる?」
小首を傾げる希望。そこに、今度は数が減り、二本の赤い光の筋が飛んでくる。
「死にたくなかったら飛ぶネッ!!!!!」
必死の声を上げるマヴィ。その鬼気迫る声音に圧倒されたのか、希望は体をほぼ無意識に上げる。そして次の瞬間………希望は空に浮いていた。
「あわわ…本当に空に浮いてるよ私……」
希望の眼下には先ほどまでいたベランダが遥か下に見える。そして、その横には同じ高度まで飛んできたマヴィがいた。
「ふゥ~……危なかったネ。危うくお陀仏になるところだったネ」
マヴィは少し安心した表情を浮かべ、額の汗をぬぐう。
「光線の数も減ってたし、奴らの霊力も余り残ってないネ。今のうちに、逃げるネ」
「ちょっと待ってマヴィ。お陀仏って…」
瞬間。希望の顔が不快感に歪む。マヴィも同じく歪んだ表情を浮かべる。二人は同時に、悪寒の元となる方向、頭上斜め上へと目を向ける。
「マヴィ…あの二人は…仲間…?」
希望が目を向けた先、そこにはマヴィとほぼ同じ大きさ、髪型をした妖精が二体いた。だが、色合いはマヴィと異なり、どちらもグレーのコートにカーキ色のマフラーをした、暗めな出で立ちであった。二体のうち、片方は左目を隠すように眼帯をしており、もう片方は幾分か痩せ気味であった。
「同じ妖精だけど…仲間…ではないネ」
そうだろう。頭上に浮遊する二体は、マヴィと異なり、どちらも柔らかさの無い、殺伐とした面持ち(おもも)である。ましてや先ほどの攻撃が彼らからのものであるとするならば、同族ではあれど仲間ではない、という論理は否定できない状況であった。
「マヴィ、さっきの攻撃はもしかして…」
「そうネ。奴らからの攻撃ネ。でも、今は霊力が低下してるから、新たな攻撃は出せない筈ヨ」
「霊力?」
「何も聞かされていないのカ?お嬢さん?」
突如、痩せ気味の妖精が口を開く。
「喋った!?」
「隣のビガァも、このダブゥも、どちらも唖者ではないのダ。喋れるのダ」
どうやら、痩せている方がビガァ、もう片方の眼帯を付けた妖精はダブゥとうらしい。ダブゥは希望の驚嘆に応え言葉を発した後、マヴィと希望を冷たい目で交互に見遣る。
「ふむ…その素っ頓狂な顔を見るに、お嬢さん、本当に何も知らぬのダ」
「素っ頓狂な顔?」
「間抜けな顔って意味ネ。今の希望の表情にぴったりネ」
マヴィが補足するや否や、希望の手にする耳かき棒が高速でマヴィを薙ぎ払おうとするが、マヴィは少し上に飛び難なく躱す。
「ちょっと、どういう意味よマヴィ…?」
「何怒ってるネ!?マヴィは言葉の説明をしただけネ。言ったのはアイツヨ!!」
「余計なこと付け加えた!!」
「余計じゃないネ!!真実を言ったまでネ!!さっきの希望は、何言ってるの?って感じで間抜けな顔してたネ!!」
「ウガ~~~ッ!!」
希望は唸り声をあげ、耳かき棒をマヴィに対し振り回す。マヴィは全ての振りを見極め優雅に躱す。
「仲間割れカ?」
「好都合ダ。奴らが同士討ちしている間に、我らの霊力は回復しているのダ」
ダブゥの発言を聞き、希望は耳かき棒の乱れ振りを止める。
「そう、その霊力って何なのよ!?」
希望は灰色の妖精達を睨みつけ問いかける。だが、彼らは答えない。代わりにマヴィが返答する。
「霊力ってのは、言ってしまえば、万物に宿る力ネ。そして、マヴィ達のような精霊の一種である妖精は霊力を消費して、飛んだり、結界を作ったり、武器を作ったりできるネ」
「じゃあ、マヴィの固有空間も、さっきの光線も盾も…」
「そうネ。全部霊力を使ったネ。ただ、霊力はこの世界にほぼ無限に存在してるけど、無限には使えないネ」
「どゆこと?」
「う~む…説明がめんどくさいネ…ただ、後回しにする方がもっとめんどくさいから言うヨ。まず、ほぼ無限って言ったのは、実際には有限だからネ。ただ、有限だけど、無くなることは絶対ないネ。なぜかと言えば、霊力を使ったところで、その霊力が消費されるわけじゃないからネ。もし霊力が使用されたとしても、使用された霊力は、ただ形や機能を変えて変異してるだけなのネ。それに、この世界の万物に霊力は宿っていて、とてつもない量の霊力が存在してるから、実質無限に等しい量なのネ…って分かってるのかネ、希望?」
「……何…となく……」
「まあ、分かってなくても続けるヨ。そして、もう一つの命題、霊力は無限には使えない、ネ。これは霊力を使う側の問題ネ。さっきも言った通り、万物には霊力が宿ってて、マヴィのような妖精は霊力を消費して色々なことができるネ。例えば空間を操作したり、物を作ったりネ」
「ほうほう…」
「ただ、霊力の使用にも限界があるネ。個体差、その時々の体調にもよるけど、永久に連続して外部の霊力を使えるわけじゃないネ」
「外部の霊力?」
「自分に元から宿ってる霊力、すなわち潜在霊力以外のことネ。まず、潜在霊力っていうのは、万物に元から宿っている霊力のことネ。つまり、霊力を応用できるマヴィのような存在にも、元からある程度の霊力はあるネ。何なら、元から備わっている潜在霊力の量なら、マヴィ達みたいなちっこい精霊より、希望みたいな人間の方が多いと思うネ」
「マジで!?」
「マジなのネ。ただ、希望とマヴィの違いは、霊力を使用して何ができるかという違いにあるネ。例えば、希望のような人間は固有の言語を操って文字を書いたり喋ったりできるネ。これは、人間が無意識のうちに潜在霊力を使って行っている行為の一つなのネ」
「ふむふむ…」
「鳥なんかもそうネ。鳥が飛べるのは潜在霊力のおかげネ。まァ、人間と同じで無意識だろうけどネ」
「無意識ってことは、マヴィは意識して霊力を使ってるってこと?」
「ズバリ、そうネ!!だから、マヴィ達精霊は、霊力を感知して意識して使用している分、複雑なことが出来るネ。ただ、無意識に霊力を使うのと違って、意識して霊力を使うのは体力の消耗が激しいネ。だから、ある程度、外部の霊力を使ったら休んで、外部霊力の許容量を回復しないといけないネ」
「なるほど!!つまり、さっきのマヴィの盾が消えたのも、人相の悪い妖精さん達が攻撃してこないのも、外部霊力が尽きたからなのね!!」
「そういうことダ」
突然、声と同時に一筋の光線が飛んでくる。光線を見遣るや、とっさにマヴィは光の盾を出し、それを防ぐ。だが、まだ十分に霊力が回復しきっていなかったのだろう。マヴィの盾は防ぐと同時に消え失せる。
「しまったネ…希望と駄弁ってたら敵の霊力が回復してしまったネ…!!」
「で…でも敵の妖精さんも今ので霊力をまた使い果たしたんじゃ…」
「希望…敵は二体いるネ…」
「あッ…」
気づくや否や、痩せ型妖精のビガァが手に光線を生み出す。
「希望!!逃げるネッ!!」
「分かッ…」
応答し、移動しようとした瞬間だった。希望の眼の前の青き妖精を光線が貫いた。いや、正確には左翼を貫き、粉砕した。マヴィは驚き、一瞬、目を見開く。そして安定感を失った小さき青い妖精は、見開いた目をすぼめ、眉間にしわを寄せ、悔しさと苦痛の混ざった顔を浮かべながら墜落していった。
「マヴィィィィィィィ…ッ!!」
落ち行く妖精に、希望は叫ぶ。すると…
「希望オオオオオオオオオ!!今の希望は無敵なのネエエエエエエエエエ!!だから、心の底から無敵だと思えば怖いものなしなのネエエエエエエエエ!!どうすれば良いかは、その耳かき棒が教えてくれるネエエエエエェェェェェェェェ………!!」
青き妖精の最後の雄叫びは次第に薄れていく。
「マヴィ…分かったよ。私、信じる!!」
けれども、その叫びは希望の心に深く刻まれる。
「私、美々香希望は…そう!!無敵なのだッ!!!!」
堕ちていく戦友の最後の言葉を胸に、希望は決意を固め、灰色の敵に凛と身構える。
「何を仰々しくしてるカ?そもそも、お前たち二人はさっき出会ったばかりじゃないカ」
「うッ…確かにそうだけど…」
敵の適格なツッコミに、希望の決意は難なく揺らぐ。
「思い込みの激しい、メルヘンチックな女なのダ。容姿は変われど、中身は相変わらずお子様なのダ」
──ピキッ──
凍った空気にヒビが入った。だが、マヴィを撃墜させ、少々気を緩めていた灰色の二体は、その空気の僅かな変容に気付かない。
「さて、残すは、お嬢さん、オマエ一人ダ」
「何か言い残したことはあるカ?」
二体は、所詮、何も知らぬ女一人だろうと余裕を見せる。
「…ねえ、一つ訊いていい?」
「何ダ?」
「これから私はどうなるの?」
「どうなるも何も、此処で死ぬのダ」
「無意味な質問、死を前に頭がバグったカ?いや、もともとバグっていたカ」
──ピキッ──ピキッ──
またもや空気が凍った…のだが、調子に乗っている二体は気付かない。
「そうじゃなくて…そもそも私、元の姿に戻れるの?あと、マヴィはこの力で世界を征服するって言ってたけど、そもそもこの力は何なの?」
希望の問いに、二体の表情は一瞬険しくなる。だが、すぐさま元の余裕ぶった態度に戻り、希望に言う。
「これから死ぬ者にはどうでも良いことダ」
「世界征服とは…元からバグっていた頭が更におかしくなったカ…」
──ピキッ──ピキッ──ピキッ!!
凍った空気が…割れた。
「ん?何か殺気を感じるカ?いや気のせい……ッ!?」
刹那、薄桃色の刃が痩せ型の灰色妖精ビガァを貫き…滅した。
「なッ、何ダ!?」
突如、相方が滅せられ、狼狽える眼帯を付けた灰色妖精ダブゥは、その薄桃色の刃の元を慌てて見遣る。その発生源は、豪奢な耳かき棒の持ち手の先、宝石であった。そして、その耳かき棒を手に握るは、慈悲などない、陰のある冷酷さを宿した女戦士、美々香希望であった。
「どッ、どういうことダッ!?」
「世界征服ねェ……確かに、こんな人を馬鹿にしか出来ないような奴らがのさばる世界なら、私が征服して教育して啓蒙してあげた方がいいかもねェ…」
「何を言っているのダ!?」
「だいたい、皆、私のこと馬鹿にし過ぎなのよ…私だっていろいろ考えてるのよ?それを、お子様だ、能無しだ、お馬鹿さんだなんて…ほんッと、いい加減にして欲しいわッ!!」
耳かき棒から伸びた刃が、今度は鉄槌となり、ダブゥに襲いかかる。
「うおッ!?」
すんでのところで躱す。
「まァ、いいわ。私は無敵だもの。そう無敵なのよ…ふふふ…この力とこの美貌で……世界を征服するのよッ!!」
「何を悪役のようなことを言っているのダッ!!」
ダブゥは、僅かに回復した霊力で顕現せる光線を希望に投げつけるが…
──ザッ……──
光線は、希望を取り巻く見えない霊力の前にあえなく消滅した。再び霊力が尽きた眼帯灰色妖精ダブゥに、もう抵抗する術はない。残るは…
「三十六計逃げるに如かずダッ!!」
ダブゥは希望に背を向け、その場から逃げようとする、が…
──ガコッ!!
不意に何かにぶつかる、そして墜落するかと思いきや、すぐさま地面にぶつかる。
「どッ、どういうことダ!?」
いや、地面ではなかった。倒れたのは薄桃色の霧の混ざった半透明の床。そして、気づけば四方八方を薄桃色の半透明の結界で覆われていた。
(捕らわれたのダッ!?)
破壊しようと拳で殴るも、足で蹴るも、結界はびくともしない。意味のない抵抗と理解し、ダブゥは茫然とする。そして、そんな眼帯灰色妖精の下に、サーッっと滑るように衣を靡かせながら、人影が近づく。
「…殺すなら、早く殺すのダ…」
ダブゥは、諦念し言う。
「……ねえ、最後に訊いていい?」
「何ダ?」
「私…肝心なことがまだ分からないまま何だけど…そもそも、マヴィとあなた達はいったい何なの?あと、私のこの姿は?それから、この耳かき棒は何?」
自身の握る耳かき棒を見つめながら、希望は立て続けに問いかける。
「…ここから解放したら教えてやるのダ」
ダブゥは希望を見上げながら言う。
「…分かった」
希望は耳かき棒を軽く払い、ダブゥを囲っていた結界を解く…その直後、ダブゥは、最後の力を振り絞り、顕現した光の刃を希望の喉元目掛け突き刺そうと試みるが……半瞬、光の如き速さで振るった希望の耳かき棒がその体を上下に分かつ…。
ダブゥの抵抗は何の意味もなく、そして、希望自身も、結局何も聞きだすことはできずに、呆気なくダブゥは霧散したのだった。
「もう一度、耳かき棒で耳を掻いたら元の姿に戻るネ………こんな大きかったら耳を掻けない?思い込めば良いネ。その耳かき棒は希望の思うがままの大きさに変化するネ。小さくなってと思えば小さくなるネ」
相変わらず口うるさくマヴィは言う。
ダブゥを倒した後、希望はマヴィの安否を確認しに辺りを探した…マヴィは生垣に挟まって呻き声を上げていた。どうやら、落ちる寸前に、外部霊力でなく、本人に元から宿る潜在霊力を用いて、激突の衝撃を和らげたらしい。ただ、この潜在霊力は自らの生命活動に使われるべきものであるから、いくら霊力が使えるからといえど、本来は使うべきではないということをマヴィは希望に語った。確かに、マヴィは潜在霊力を使った影響なのか、一回り体が小さくなっていた。そして、どうやら人間でいう火事場の馬鹿力も、この潜在霊力の使用が影響しているらしいということを、訊いてもいないのに、マヴィは希望に熱く語ったのであった。
「わッ!?ホントに小さくなった!!」
マヴィの言う通り小型化した耳かき棒の先を、耳の穴に希望はあてがう。そして……
──カリッ──
耳を掻いた瞬間…少女から美女になった時と同様、またもや耳から桃色と白色の煙が上がり、希望を包み込む。そして圧縮し、人型を形作り……煙が解かれると……変身前の、パジャマに身を包んだうら若き乙女の姿が現れる。
「良かった~元に戻れた~。まァ、あの姿も大人の女性って感じで良いんだけど、やっぱりまだこっちの方が落ち着くなァ」
「希望はまだガキンチョだから、中身と釣り合ってる、その姿の方が落ち着くネ」
「…アイツみたいに真っ二つにしてあげようか?マヴィ?」
「…ごめんなのネ…」
さすがに羽根も回復しきっていない、満身創痍の状態では、希望に一方的に蹂躙されるということを悟ったのか、マヴィは素直に謝る。
「ところでさ、マヴィ」
「なんなのネ?」
「この耳かき棒の力は何なの?」
変身直後から気になっていた疑問を希望はマヴィにぶつける。
「……それはネ、希望……」
小さき青き妖精が次に紡ぐ言葉を、希望は固唾を呑んで待つ………これは一人の少女と一体の青き妖精の出会いから始まる物語。大いなる意思のもと紡がれる物語。混沌たる世界を穿つ、一人の少女、美々香希望の物語。宿命を背負った者達の、救いの物語………これより、美々香希望は、耳かき棒片手に、世界を征服する!!
…つづく?
美々香希望というキャラクターが出したかったので書いた作品なので、続くかどうかは未定…書くとしても、早くて月に一回だと思われる。まァ、気が向いたら書くネ。