9.霊能者の九十三(つくみ)-3
三か月が経った。
兄の知人……恩人である八代 紺にとある仕事の依頼をしてから、三か月が経った。
不動産屋の斎藤さんと大家の石井さんに連絡を入れて、新宿にほど近いマンションの204号室を訪れることにした。
もちろん、紺さんの仕事の、もう一つの仕事であるホスト業の出勤日も関係しているので、そちらにも連絡を取って、訪れる日程を決めた。
「どうぞ」
招き入れられた部屋は、黒猫である草太のおもちゃが散乱していた。いや一応片隅に集めてあったのだろうけれど、紺が一行を迎え入れるために玄関に行った間に散らばったと思える散らばり方だった。
リビングダイニングにあるのは、以前の住人が置いて行った大きなキャットタワーと、それから猫のベッドが二つ。真新しいラグにローテーブルと、座布団が数枚。
「カップが足りないんで、お茶は出せなくて」
「お構いなく」
人と猫とのひとりと一匹暮らしだ。追加で三人分のコップを買うのは、面倒だろう。
「あら、家からとってきましょうか」
「そんなに長居することでもないですし」
同じマンションに暮らしている大家の石井さんが、そう提案したけれど、それを不動産屋の斎藤さんがおしとどめている。斎藤さんは以前、この部屋にいる薄桃色の靄に威嚇をされて以来、どうにも居心地が悪いようだった。
彼はこの部屋に住んでいるわけではないから、影響はないだろう、というのが紺と九十三の見立てではあるが。
それぞれが座布団に腰を落ち着けたところで、黒猫の草太も話し合いに参加するかのようにキャットタワーから降りてきてクッションに座った。
「それで、どうですか」
「さすがにまだ変化はないかな。草太に対して威嚇しようとして小さくなっていた程度で」
「……草太君に負けたんですか」
猫である。
どこをどう見ても黒猫である。
三人はじっくりと草太を見たけれど、猫にしか見えない。三人が自分を見つめているので、草太は小首をかしげて可愛い仕草をしてあげた。にんげんはねこのこういうしぐさ、すき。
「とりあえずわかってるのは、あれは男が嫌い、ということくらいかな」
もっと弱ければ人間でも祓えるが、あれは人間が祓うには強くなりすぎている。しかし紺の説得に応じてこのマンションの部屋から出ていくことが出来るほどには成長しきっていない。というとても、面倒なことが分かっただけである。
どれくらいの長期戦になったものかと、大家の石井さんの背を冷たい汗が伝った。
「ちょっと、やってみたいことがあるんですが」
「なにかしら」
「うちの店の連中を呼んで、どんちゃん騒ぎでもしてみようかと。夜にやると迷惑だと思うので昼間にやりたいんですが、在宅勤務の方とかいらっしゃいますか?」
誰がそう、という情報を紺は望んでいない。ただ、いたら迷惑かけるな、くらいの認識である。
「お部屋でお仕事されている方はいませんけれど、夜勤の方とかいますから」
「ああ、そっちもそうか」
どちらかと言えば紺も夜勤に近い職業形態であるが、毎日キリキリと働くタイプではないので想定から漏れていた。どうするかなー、と考えることしばし。
「俺が聞くと問題が出ると思うので、大家さんの方から良い日を選んでもらえますか」
大家の石井さんが聞いて回る分には問題ないだろう。何なら参加してくれてもいい。野郎の裸まつりを開催するだけなので。