7.308号室の財前さん
レバータイプのドアノブは、下に押し下げて引っ張るところまでは、鍵がかかっていようがいまいがスムーズである。鍵がかかっていればガツン! と大きな反動があって、開かない。ただそれだけのことだ。
308号室のドアはとてもスムーズに開いた。
「119番!」
「看護師です!!」
ドアを開けたらそこには、うつぶせに倒れる男性がいた。背中は上下しているように見えるから、おそらく息はある。
そろそろ出勤の時間なのか、エレベータホールから声がするからなのか、数人の男女が出てきていた。その中の一人が、真っすぐやってきたので、紺は場所を譲った。プロが対応してくれるというのであれば、それはとてもありがたい。
誰が呼んでくれたのかは紺から見て定かではないが、救急車がやってきて。財前さんを見てくれた看護師さんと大家さんが同乗した。
キジトラ猫のソラは気が付いたら草太がしっかりと確保していたので、そのまま紺が部屋に連れて帰る。
「それでねえ」
昼過ぎ。あちらこちらへの連絡などを一通り終えた大家の石井さんが、紺と草太の部屋を訪れていた。帰宅途中に紺の分もお弁当を買って、それを持って。
「しばらく入院、ということになってね」
「ああご無事だったんですね」
「ええ。なんとか」
しばらくは安静にするための措置入院だという。検査入院なども兼ねているのだろう、と、石井さんは言う。石井さんは大家さんだというだけで、詳しい事は聞けていないからだ。
紺もまた、そこまで興味があるわけではない。無事に生きて病院に搬送されて、入院している。その事実が分かれば、それでいい。
「それでねえ。しばらくソラちゃんを預かって貰えるととてもありがたいんですよ」
このマンションでは、あまり長期ではない出張の時などは、大家の石井さんがペットたちを預かっている。今回はどれだけの入院になるか分からないが、急な事でもあるので預かりを行うことにしたい。のだが。
「今、出張に行かれている方のハムスターちゃんを預かっていてね」
「ああ、フローラちゃんは手出ししなさそうですけど」
「フローラちゃんは慣れてるからね」
石井さんが預かりをしていることは、草太がフローラちゃんから聞いて知っていた。大体の動物とフローラちゃんは仲良くできるため問題もこれまではなかったのだが。
だがほかの生き物になれていない子猫のソラとの同居は、ハムスターの方にストレスがかかるだろう、という判断である。
紺は草太を見た。ソラは今、草太から借りた猫ベッドの一つでお昼寝中だ。
「にゃん」
紺に見つめられた草太は、一つ鳴いた。草太がいいなら、いいか。
「いいですけど」
けど、と、紺は言いよどむ。
ソラは元々草太と知り合いだったようで特に問題なくこの部屋にもなじんだ。紺はソラと意思の疎通が出来るし、草太がちゃんと説明はするだろう。けれど。
「けど?」
「財前さんの部屋から、ソラのおもちゃとか、ベッドとか、毛布とか。後は財前さんのにおいのする何かを持ってきていただけますか」
それらを部屋の主から許可を貰って、部屋に入って、ということを、紺は出来ない。知り合いでもないのだし。連絡先も当然知らない。
石井さんであれば、まあ今日はもう無理でも、明日にまた財前さんに確認することも出来るだろう。
「ああ、そうね。そうよねぇ」
ベッドでぐぅぐぅと眠るソラを、そっと、石井さんは撫でた。
短いお話ですので、ここでおしまい。
完結表記はつけません。一応続く予定はあるので。




