6.大家の石井さん
紺はそっと鼻を動かした。血の臭いがする。ものすごく、わずかだけれど。
「すみません、若西さん」
「はい?!」
「大家の石井さん、呼んで来ていただけますか」
真白に顔を埋めていた若西さんの方を振り返らないようにしながら、紺はそう頼む。
だってもしも何かあったら、嫌じゃないか。その場合は是非、大家さんに立ち会ってもらっておきたいので。
「分かりました。行ってきますね。
真白、部屋に入ってて」
「んにゃー?」
真白はちょっとだけごねたけれど、事態は把握しているのでするりと部屋に戻っていった。後で真白が満足するまで、吸ってもらうのだと勝手に心に決めて。
どうやら大家の石井さんは起きていてくれたようで、それからほどなくして二人は三階に登ってきた。エレベーターで。フローちゃんは一緒ではなくて、草太はちょっとしょんぼりしていたけれど。
「あら。財前さんの所のソラちゃんじゃない」
「おはようございます」
「ええ、おはようございます」
若西さんが軽く石井さんに説明してくれていたようで、そしてマンションで飼育されている動物のほとんどを把握している石井さんに面通しが出来たので、あっさりと家が判明したソラである。
「財前さんは一人暮らしの男性なんですけれど、今飼っているのはソラちゃん一匹だけのはずですよ」
届が出ていなければ石井さんでも知らないが、その場合は拾った直後だったりすることが多いらしい。大体、皆さん新しい子の話はしたいので、石井さんにしてしまうという。
何があったのだろうかと首をひねりながら、石井さんを先頭に財前さんの部屋へと向かう。若西さんもつい、二人の後を追ってしまった。
308号室。エレベーターホールの向こう側の角部屋である。
一階のエントランスにもインターホンはあるけれど、各部屋の玄関脇にもインターホンは備え付けてある。宅配の人とかが利用するので。
石井さんが、そのインターホンを押した。玄関のドアから、インターホンが鳴っている音が漏れ聞こえてくる。ドアは、薄く開いていた。
草太はするりと音もなく紺の肩から降りて、若西さんの足にまとわりつきに行った。
「猫ちゃん、どうしたの?」
まとわりついた草太はそのままするりと、若西さんを彼女の部屋の方へと誘う。猫好きの若西さんは、まんまと草太に誘導された。
「財前さん、どうされたのかしら」
「開くようなら、俺が開けますよ」
「お願いできるかしら」
紺はソラを石井さんに渡した。ソラは猫を抱っこしなれている石井さんに抱っこされて、ご機嫌で喉を鳴らした。お前はもうちょっと飼い主の心配をしろ、と紺は思うけれど、まあソラがこうしてここにいるから、彼の部屋に踏み込もうとしているわけで。
「単なる鍵のかけ忘れならいいんですけれどね」
「本当にねえ」
大家の石井さんはそっと二歩ほど後ろに下がった。若西さんは、さらにその後ろである。




