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第9話 最初の授業とクラスメイトその三

 突風が髪を荒々しく撫で付ける。術式発動の余波でこれとは、爆発を起こしているわけでもないのに凄い威力だ。

 そうやって周囲に被害を撒き散らし、轟音と共に発射された巨大な水の砲弾は、遠くぽつぽつと佇む鋼鉄の標的を、いくつかまとめて消し去った。勢いそのままに、その後ろの山の表面までを抉り取る。続けざまに同じものが幾度も放たれ、その度に標的が消え、山の土が抉り取られ、私の髪も荒れた。


「……はい、次ー。えっと――」


 秋口あきぐち教官の次の生徒を呼ぶ声で、対象が火力測定の立ち位置から離れ、すぐそばで待っていた私の元へやって来る。「おつかれー」と声を掛けると、「そんな疲れてないよ」となんとも謙虚な言葉が返ってきた。今の火力を連発しておいてそう言い放つことが謙虚かどうかは分からないが。


 二人で少し離れたフェンス際まで歩き、その場に座り込む。今回の授業は、年度最初の体育ということで体力測定と戦力測定を行っており、授業全体の雰囲気が緩い。そのため、クラス全員がグループごとに自由な場所に陣取理、思い思いに暇を潰していた。昨日入校式を終えたばかりであるため、まだまだクラス全体が打ち解けられていない。


 視線を正面に向ければ、先程対象が消し去った標的が、何事も無かったかのように乱立している。


 ここは陸校に併設されている演習場、その一角にある長距離射撃場。

 射撃を受け止めるための山を終点に、その手前に標的台、そこから演習場端のこのフェンスまで、見晴らしの良いグラウンドが広がっている。

 横を見やれば、隠密射撃や高台狙撃用の高低差の激しい地形も用意されており、単純な射撃訓練において、ここに不足しているものは存在しないと言える。今しがた標的を再生成したあの標的台も、そんな数ある機能の一つだ。


 ここはそんな高機能の設備であるため、当然、そこに用意されている標的も、より頑丈で、より高火力にも対応出来るようになっている。

 にもかかわらず、対象はそれらを全て一撃で粉砕してみせた。その上、疲労を全く感じさせないその様子は、先程のそれが全力とは程遠いものであったことを物語っている。標的後ろの山を貫通しないよう加減したのだろう。改めてとんでもない逸材だ。


「凄いね、今の火力。体育館の時も思ったけど、パワーだけなら世界一とかそのレベルじゃない?」

「うーん…どうだろ。日本の中ですら私よりエネルギー量ちょっと上の人いるし。私その人の次で国内二位だから」

「じゃあ、やっぱりそのレベルだよ。その人世界一位だから」

「そうなんだ。じゃあそうだね。てか、詳しいね。警備会社ってそんなことも勉強するの?」

「いや、これは社員の人がなんか知ってただけ」


 会話がてら対象を軽く褒めておく。怪しまれた部分は、一昨日も使った「警備会社でアルバイトをしていた」という隠れ蓑を利用する。

 褒めるという接近方法はこういうタイプには効果が薄いかもしれないが、印象を良くしておくに越したことはない。


 実際、このエネルギー量は驚異的だ。私が最後に資料で確認した時点、つまり数ヶ月前時点で、そのエネルギー測定値の世界順位は一桁だった筈だ。その記録を成長途中の十五歳が持っているというのだから驚きだ。それに加え、昨日判明した真央まおちゃんが対象を危険視する理由。真央ちゃんが言っていたことを信用するのであれば、大物になることは間違いないだろう。


「おつかれー。なに、理咲りさちゃんって世界一なの?すごいね」


 私がどうでも良い雑学を披露していると、会話の切れ端を聞き、盛大に勘違いしたももちゃんがやって来た。後ろにはりょうを含め、三人の男子生徒を引き連れている。初日の入校式練習の日、教室で一緒に喋っていたグループだ。繋がりがよく分からなかったため、あの日たまたま集まって出来上がったグループかとも思っていたが、仲良くなったばかり特有のぎこちなさが無い。この様子を見るに、元々仲が良かったようだ。


「いや、世界一なのは別の人。私はその人のちょっと下」

「え、それ充分すごくない?凄いとは思ってたけどそんなレベルなんだ。じゃあさっきの測定の時ってそんな凄いの見れてたんだね。超ラッキーじゃん」

「桃ちゃんは前から見たことあったでしょ」

「そういやそうじゃん」


 桃ちゃんが私達と同じように目の前に座り、対象と言葉の応酬を繰り広げる。他の三人も、何も無い空間も囲むように位置どり、思い思いに寛ぎ始めた。


 今の短い会話からも分かる通り、やはり対象は桃ちゃんとは普通に仲が良い。その要因を掴むことが出来れば、今後の立ち回りの参考になるのだが、まだそれに至ることは出来ていない。まあ、まだ出会ってたった三日だ。そこまで焦る必要はないだろう。不自然でない範囲で行動パターンを模倣しつつ、二人の関係を観察していくとしよう。

 とりあえず今はこの会話に入り込まないとな。


「理咲ちゃんは規格外って感じするよね。じゃあ、このクラスだと理咲ちゃん無敵って感じ?」

「うん、流石にね。小手先の技術とか小細工じゃどうにもなんないかな。まあ、頑張り次第だとは思うけど」


 私の質問に対して桃ちゃんが答えてくれる。

 クラス全員分の情報は頭に入っているため、分かっていることではあったが、クラスメイトからしても同じ認識だったようだ。他の三人を見ても異論があるようには見えない。


 この年齢のエリートであれば、「自分こそが最も優れている」と自信過剰になりがちなものだが、対象との明確な格の違いが、そのような心理を許してくれないのだろう。

 私からすれば、状況次第で勝機がある子も何人かいるのだが、学生にそこまでの戦力分析を求めるのは酷だろう。それに、あの規格外の火力を見て、「これは勝てない」と思考を放棄してしまう気持ちも分かる。


「そうかな…?桃ちゃんとか割と負かされそうな感じするけど」

「え、うそ、私?」


 ここで、対象自身から意外な名前が飛び出して来た。唯一仲が良い桃ちゃんに気を遣ったのだろうか。だが、ほんの短い付き合いではあるが、対象がそういった気遣いをここまであからさまにするようには思えない。そうすると、本当に桃ちゃんに負かされる可能性がある、と考えていることになるが、正直、桃ちゃんにそこまでの能力があるようには思えない。


「うん。私とは強さの方向性違うから、負ける可能性十分あると思う。桃ちゃんの方向性でちゃんと強くなった前例もあるし」


 対象が示した根拠自体に的外れなものは無い。強さの方向性が異なれば相性という不確定要素が生まれるため、下剋上も起こりやすく、また、対象の言う強くなった前例とやらにも心当たりはある。

 しかし、本当に桃ちゃんはそのレベルだろうか。対象の戦力は、先程まで話していた通り世界全体で見てもトップクラスだ。将来性の話であれば納得出来るが、現状では、多少相性が良い程度で覆る戦力差ではないように思える。


 ただ、昨日の真央ちゃんの言葉を信じるなら、対象の人を見る目は尋常ではない。その上、桃ちゃんの能力を書類上でしか評価出来ていない私と違い、対象は生の桃ちゃんを数年間見てきている。状況だけを見るなら、自分の感覚より対象の言葉を信じる方が賢明だろう。それでも心の底からの賛同は出来ないが。


「え〜、そこまで言われたらそうなのかな〜。でも、私よりつばさとかの方が強くない?私的には翼の方が可能性ありそうな感じするけどな〜」

「…えっと、雉島きじま君も、うん、強いと思う」


 今度は褒められてご満悦な桃ちゃんの口から、また別の名前が飛び出してきた。


 雉島翼君は、桃ちゃんについて来た三人の内の一人だ。なんとなく表情に陰があり口数も少ない、大人しい男子生徒だ。その上、体の線が細い上に身長も高いせいでひどく痩せこけて見えるため、常に病的な雰囲気が漂っている。


 私と対象のクラスメイトという点で、この任務における重要人物の一人であることは間違いないが、特に雉島君については、その戦闘能力も頭に入れておかなければならないだろう。

 雉島君は私と対象を除けば間違いなくこのクラス最強であり、何らかの武力行使を強いられる場面では、特に考慮しなければならない人物だ。

 このクラスに在籍している生徒であれば、全員がそのまま実働の精鋭部隊に入隊可能であることは保証されている。

 しかし、雉島君に限って言えば、さらにその主力として、つまりこの国の最高戦力の一人として運用可能なレベルに達している。私自身が苦戦するレベルではないが、必要な時に私が対処出来るとも限らない。頭の片隅には置いておく必要がある。


「え、ホントに俺も?堀江下ほりえしたさんから見てもそう思う?」

「え、あ、うん」


 そんな雉島君だが、この反応を見るに、その自己評価は必要以上に低いようだ。それ故に自己評価と対象の発言とのギャップに興味を持ったようで、それまでフェンスに乗せていた腰を踵に下ろし、対象と目線を合わせた。急に顔が近くに来たことで対象が若干引いている。


「そうだよね、やっぱ翼の方がぽいよね。理咲ちゃん除けばこのクラス最強だし」

「いや、桃さんには負けるよ」

「も〜、それはもういいよ~」

「いや、桃ちゃんはホントに凄いよ」

「ちょっと待って、なにこのノリ。今日そういう感じ?」


 理咲ちゃんと雉島君が桃ちゃんを持ち上げ始めた。桃ちゃん大分可愛がられてるな。


 ただ、理咲ちゃんに関しては、意図的に雉島君のノリに合わせたように見えた。雉島君とこれ以上話さなくて良いよう、桃ちゃんへ会話の中心を移したのだろう。


 報告書では「桃ちゃんと特別に仲が良い」というような書き方だったが、「桃ちゃん以外と打ち解けられていない」の方が正確な表現であるような気がする。

 微妙な差ではあるが、それを参考に対象に近づく身としては無視出来ない差だ。

 あの情報部が、小さいとは言えこのようなミスをするとは珍しい。もしくは、明確な意図を持ってこのような表現を用いたか。後で確認しておくとしよう。




「――次ー。流川るかわー」

「あ、桃さん呼ばれましたよ」


 桃ちゃんを皆でイジっていると、その逃げ道を作るかのようなタイミングで秋口教官がその名前を呼んだ。僚が可愛がりへの対応で一杯になっている桃ちゃんにそのことを教えている。こうして見ると完全に桃ちゃんの付き人だな。楽しそうで何よりだ。


「あれ、もうか。じゃあ行ってくるね。…戻ってきた時にまたおんなじノリしたら怒るからね!」

「はーい。行ってらっしゃーい」

「行ってらっしゃい」

「頑張って下さい」

「がんばー」

「早めに終わらせてね」


 ほくほく顔の桃ちゃんを思い思いの言葉で見送る。帰ってきたらまたやってあげよう。


ちなみにエネルギー量世界一は犬飼じゃないです。

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