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第8話 日本国総統

 コンコンコンコンと大きすぎないノック音が廊下に響く。続いて、それを鳴らした張本人である対象が、「堀江下ほりえした理咲りさです。招集に応じ参上しました」と、学生とは思えない格式ばった挨拶をした。


「はい、どうぞー」

「失礼します」


 すぐにくぐもった声が扉の向こうから聞こえた。少し老いた男性の声だ。ここが校長室であることからして、この陸校の校長のものだろう。流石の真央まおちゃんも、その部屋の主から入出許可を奪うことはしなかったようだ。


「じゃ、また」

「うん、後でね」


 対象が扉に手を掛け、こちらに向かって小さく別れの挨拶をする。対象が話し終わるのを待つだけなので、別れというと大袈裟だが。

 そのまま開いた扉の間に体を滑り込ませ、部屋の中へ消えてしまった。


 さて、対象が戻ってくるまでやることが無い。普段であれば、着信や任務の確認なんかをするのだが、まだ交友関係がほとんど無い上に、現在担当している任務はこの一つだけだ。陸校の一生徒として活動している弊害、とは言えないかもしれないが、普通の生徒相応に暇だ。まあ、こうやってぼーっとする時間も嫌いではない。対象が戻って来るまで時間がかかるわけでもないことだし、久し振りにこういう退屈を満喫するとしよう。




「失礼します」

「また用事が出来たら遊びに来るよ」

「はい。いつでもお待ちしております」


 扉一枚を隔てたすぐ向こうから、複数の話し声が聞こえた。どうやら話は終わったようだ。意外と早く終わったな、と思ったが、携帯で時刻を確認すると既に二十分ほど経っていた。穏やかな時間が過ぎるのはいつも早い。


「お待たせ」

「おかえり」


 扉を開いて出てきたのは、まだ真面目な顔を維持したままの対象。

 それともう一人、その後ろから、いつもより少しだけちゃんとした服装の真央まおちゃんが出てきた。普段からだらしないわけではないので、その少しだけで十分に完璧な総統に変身出来ている。

 もう還暦には達したんだったか、年相応に老けたその顔は、社交用の人当たりの良い表情を作っている。最近黒く染め始めた髪を今日はショートボブっぽくしていた。

 総統閣下の御前だ。取り敢えず敬礼しておかないとな。


「ん?理咲のお友達?待っててくれてありがとうね」

「いえ、友人ですので」


 真央ちゃんの方から話しかけてきたため、向こうの答礼に合わせて手を下ろしつつ、短く返答する。どんな爆弾を落とすかとひやひやしたが、流石に任務対象の目の前では大人しくしてくれるようだ。


「ここの制服似合ってるね。ベテラン感あるよ。もしかして潜入捜査官?」


 前言撤回、とんでもないお転婆娘だ。誰の命令でこんな訳の分からないことをしていると思っているのか。自分でぶち壊しにくるくらいなら変なことをさせないでほしい。


「お褒め頂きありがとうございます。実際にそのような任に就けるよう精進いたします」

「あはは、うん、いいね、そのザ・軍人って感じの返事。私のくそ真面目な後輩がそんな感じ」

「ありがとうございます」


 乱暴に返答することで「さっさと話を終わらせろ」と暗に伝える。あとさりげなくれいちゃんが馬鹿にされたな。あとで本人に言っとこ。


「お婆ちゃん、その馬鹿にするやつ初対面の人にもやってんの?」

「ちゃんと相手は選んでるよ。この子はなんか大丈夫そうな感じしない?」

「んー…分からなくはないけど…」


 対象の発言に思わず「え、うそ」と声が漏れる。真央ちゃんはともかく、理咲ちゃんにも馬鹿にしても大丈夫と思われていたとは。親しみを持ってくれている証左ではあるが、思ったより下に見られているな。そんなに立ち回りミスったかな?


「あっはは、理咲もちゃんと仲いい子いたんだね。良かったよ」

「うん。昨日会ったばっかだけどね」

「へー…え、特実でしょ?高校から入っていきなりって凄いね」

「ありがとうございます」

「そっか…じゃあ、ちょっと理咲、先に車行っといて。駐車場に停めてるから。お婆ちゃんはこの子とちょっと話してから行くから」

「え、あんま虐めないでよ。お婆ちゃん自分の肩書き分かってるの?」

「分かってるって。将来有望な孫の同級生に言っとくことがあるだけ」

「ふーん…燈子さん大丈夫?」

「うん。こういう感じ初めてじゃないし」

「あー…そうなんだ。それなら私行くね。燈子さん、また明日」

「うん、また明日ー」


 対象が小さく手を振って廊下を歩いて行く。そのまま角を曲がり、壁の向こうへ姿を消した。


 さて、わざわざ対象が見えなくなるまで待ったということは、真央ちゃんにもちゃんと話すつもりがあるということだ。令ちゃん越しに任務を言い渡されてから、幾度となく探りを入れてきたが、全てのらりくらりと流されてしまっている。今日こそは少しくらいその真意を見せてくれると良いが。


 ふと、真央ちゃんが右手を持ち上げ、パチン、と指を鳴らした。それと同時に、私達の周囲に透明な球状の膜が生成される。見たところ、気体の運動を遮断する術式が組み込まれているようだ。つまり、簡易的な防音室だ。ただ、これでは良く耳を澄ませば外の人間にも声が届いてしまう。仕方が無いので、私の防音術式でその膜をさらに覆う。これで防音は完璧だろう。


「言ってくれればこれくらいしたのに」

「それじゃ、燈子ちゃんが防音の術式使えること私が知ってるってバレるでしょ。会話聞いてる奴がいたら。ね、燈子ちゃん」

「はいはい。ていうかそんなこと気を付けるくらいなら潜入捜査官とか言わないでよ。誰のせいでこんな格好してると思ってんの」

「えー、似合ってるよ?」

「そういうこと言ってんじゃないの」

「あはは、ひやひやして楽しかったでしょ」

「真央ちゃんはでしょ」


 対象が消えて行った角を見つめたまま、会話を再開する。先程と違い対象に気を遣わなくて良いため、変に疲れずに済む。このまま駄弁っていたいが、対象を待たせすぎるのも良くないだろう。さっさと本題に入ろう。


「…で、何の話?」

「ん?話って?」

「なんか話すことあるんでしょ?わざわざこんな状況作ったってことは」


 会話を続けつつ真央ちゃんの方へ向き直る。ここにいるのはあくまで学生と総統であるため、普段のようにだらけた姿勢を取れないことがもどかしい。

 私の態度に応えるように、真央ちゃんもそのにやにやとした顔をこちらへ向けた。

 私よりも頭一つ分ほど背が低いため、こちらを見上げるよう上目遣いの形になっているが、年季の入った顔つきのせいか、体勢の割には威厳がある。


「あー、理咲とはどんな感じかなって思って」

「昨日の今日だし、どんな感じもくそも無いけどね。まあ、初動から失敗ってことはないんじゃない?」

「うん、それなら良かった。まあ基本いい子だから仲良くしてあげてよ」

「まあそういう任務だしね。…あ、でもさっき、「私は馬鹿にしても大丈夫」って真央ちゃんが言った時、普通に肯定してたね。真央ちゃんの百倍いい子だと思ってたけど、やっぱDNAは侮れないね」

「あ、さっきのでしょ?私も思ったんだよね。人を見る目は多分私よりあるからね。どんな子かってもう見抜いちゃったんだろうね。将来大物になるよ。私なんか足元にも及ばないくらい」

「そりゃ真央ちゃんより手が掛かりそうだね」


 ここで、「ふふ」と笑いながら、真央ちゃんが目元の皺を一層深くした。


「今そんな可愛い格好してる理由、ちょっとは分かってきた?」

「…手が掛からないように私が世話しろって?」

「そういうこと」

「真央ちゃんより大分まともそうだし、そんなの要らない気するけどなぁ」

「いや、絶対私の方がまともだよ」

「なに孫に張り合ってんの」

「あはは、でも実際、お目付け役は必要だよ。ほっといたら多分何かやらかすしね。性格ってよりは能力的に」

「それ真央ちゃんが心配するほど?人を見る目があるのはそうかもしれないけど、それで何かやらかす想像出来ないんだけど」

「理咲と一緒にいればそのうち分かるよ」


 真央ちゃんが放る言葉自体に、信頼できる論理や根拠は無い。完全に本人の感覚がその基盤を成している。ただ、真央ちゃんの場合、その感覚も十分信頼に値する。

 私はこの二日しか判断材料が無いため、対象に感じた才能も、その将来性も、曖昧なものでしかない。しかし、その祖母にあたる真央ちゃんは違う。

 対象が生まれてからの十五年間、その様子をずっと見て来たであろう真央ちゃんにとって、それは確信へと昇華されているのだろう。お目付け役に私を欲しがるわけだ。だからといって学校に潜入させるのはやり過ぎだとも思うが。


「…じゃあ、期待して待っとこっかな。でも、それで理由の全部じゃないんでしょ?いつかはちゃんと全部教えてね」

「そんなに心配しなくても、そう遠くない内に分かると思うよ」

「この任務続けてれば必然的にってこと?」

「うん。目的自体は単純だし」

「そう…まあ、今はそれでいいや。何も分かってなかった時よりはマシだし」

「うんうん。軍人は上に忠実なのが仕事だからね。四の五の言わずに忠を尽くしてくれたまえ」

「それ何の漫画?」

「今思いついた。総統っぽくて良くない?」

「総統としてそれ言ってたら印象最悪だけどね」

「いや、私の場合もう手遅れだから」

「自覚はあるんだ」

「最悪命令さえ聞いてくれればいいかなって」

「まあ真央ちゃんがそれでいいならいいけど。その命令のせいで今こんな格好してるわけだし」

「そうそう、その格好見たいがためにここまで来た、みたいなとこあるからね。可愛い可愛い。学生何回目だっけ?」

「普通に二回目だよ。こういう感じじゃなかったけど。ていうかそんな変な理由あったの…」

「うん、可愛い制服にした甲斐があったよ」

「あ、そういえばこれデザインしたの真央ちゃんだっけ?だから軍学校の制服なのにこんな感じなんだ。軍服っぽいと言えば軍服っぽいけど、普通に可愛い制服だもんね」

「誰か知り合いに着せてみたかったんだよね。良かったー、やっと夢叶って」

「え、そんなことのためにデザインしたの?」

「うん」

「嘘でしょ」



 わざわざデザイン権を奪い取った理由が判明してしまった。流石にしょうもなさすぎる。何やってんだこの子は。


自分で書いといてなんだけど軍服っぽい学生服ってイメージしづらいな。

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