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第7話 入校式

「それ器に入んなくない?」

「入んないよ。乗っかってた」

「でっか」

「でっか」

「でっかいよねー」


 講堂前の大きな廊下に座り込み、りょう流川るかわちゃんと話し込む。同じように集まっている他の数百名の新一年生も、何となく整列の形を保ちながら、各々で自由に過ごしていた。こういう最低限の秩序しか残ってない感じ、学生っぽくて良いな。


「いいなー。私が前行った時無かったと思うんだけど。あの茶色のとこでしょ?」

「うん。あの小っちゃいとこ」

「だよね。あそこそんなのあったんだ。私知らなかったんだけど」

「看板商品ってことで新しく作ったんじゃないですか?前行った時あんまり盛況って感じじゃなかったですし」

「それだ」

「それだね」


 思いがけずあの店の経済状況が分かってしまった。これからもちょくちょく行ってあげよう。


「ねー僚ー、今日一緒に行こ―」

「いいですね。行きましょう。桃さん場所覚えてます?俺結構あやふやなんですけど」

「私もあんま覚えてなーい。燈子とうこちゃん一緒に来てよ」

「んー?でもなんか、二日連続で同じお店に行くのってアレじゃない?アレ」

「うん、言いたいことは分からないこともないこともない」

「それ分からないってことになってますよ」

「ホントだ。さすが僚」

「ありがとうございます」


 本当は連日同じお店に通うことに抵抗など無いが、今日の対象の予定をまだ知らない。予定を入れるのはそれを確認してからにすべきだろう。あと、さりげなく流川ちゃんに名前呼びされたな。後で私もさりげなく名前呼びにしよう。こういう子は向こうから仲良くしてくれるから楽だ。


「そろそろ始まるから静かにしろー」


 不意に秋口あきぐち教官から注意が飛ぶ。その声が響いた瞬間、がやがやと重なった音々がしんと止んだ。高校から入ってきた生徒までこの仕上がりであるところを見るに、昨日の一日練習が相当効いたようだ。

 流石は軍学校と言うべきか、こういう教育は上手い。

 どうでも良い部分は自由にさせつつ、命令にはきっちり従わせる。外聞的には多少厳しい程度の学校に見せつつ、内情としてはしっかり兵士を育て上げる。これらが徹底されている。

 誰がこの学校を作ったかよく分かるな。


 それから少し経ち、講堂の方からマイク越しのくぐもった声が響いて来た。ようやく始まったようだ。


 少し間を置き、同じ方向から盛大な拍手の音が漏れ聞こえる。それと同時に、秋口教官が「行くぞ」と小さく合図を出して立ち上がった。

 それに続いて私たちも立ち上がり、扉の奥へと歩き出す。そこから小さく覗くステージ看板には「陸軍高等学校入校式」の文字が佇んでいた。


 扉をくぐり抜ければ、拍手の音が四方八方から降り注ぐ。

 来賓席を視界の端に入れると、そこに座る真央まおちゃんの姿が見えた。

 陸校の式典とはいえ、国家元首たる総統閣下が入校式に出席するなんて珍しい。まあ、孫娘の入校式だ。そう考えれば不思議でも何でもない。どう考えても裏があるが。


 真央ちゃんの視線がふと私のもとで止まった。その澄ました顔からは考えを読み取りづらい。

 こんな回りくどいというかやり過ぎというか、面倒臭い作戦にわざわざ私を充てているくらいだ。「対象を支配下に置け」、という明示されているもの以外にも、何か目的がありそうな気はする。しかし、真央ちゃんが相手ではその考えを見通すのは難しいだろう。後で対象と一緒にちょっかいを出しに行ってやろう。

 つまり今は特別何かすることは無い。大人しく退屈な式典を全うすることとしよう。


 ◆


「はい、じゃ、今日はこれで終わりだから。号令」

「起立!気をつけ!敬礼!」

「はい、解散」


 学級長の号令と、秋口教官の気の抜けた挨拶によって、今日は解散となった。ちゃんとした登校日としては初日だが、入校式が執り行われるのみであったため、今はまだ丁度昼食時くらいの時間だ。

 早速対象を誘って真央ちゃんのところに突撃してやろう。


「あー、あと堀江下ほりえした。校長室で総統が待ってるって言ってたぞ」

「あ、はい。分かりました」


 思いがけず秋口教官からナイスアシストが飛んで来た。というより真央ちゃんのアシストか。一緒にこっちに来いという意味だろう。違ったとしても一緒に行くが。


「あー、理咲りさちゃん呼ばれてるのか。じゃあ校長室の前で待っといてもいい?」

「あ、うん。そんなに長くもないと思うし。…あ、でも、そのまま車とかで一緒に帰ることになるかも。お婆ちゃんの予定わかんないけど」

「あーそっか。でも総統って忙しいんじゃない?こんな真っ昼間から帰るの?…って思ったけど、普通に送ってくだけとかならあるか」

「うん、だから待ってるだけ無駄とかになっちゃうかもだけど」

「んー…まあ、その時はその時じゃない?別にいいよそのくらい」

「そう?じゃあ、行こっか」

「うん、行こ行こー」


 よし、とりあえず付いて行く方向には話を持って行けた。これで真央ちゃんをいじりに行けるな。


「えっ、犬飼いぬかいも総統んとこ行くの?」

「え、はい。会いに行くというか、途中まで付いて行くだけですけど」

「えー…あー…そっか。まあ、あんま変なことすんなよ。私も怒られる」

「あ、はい、了解です」


 完全に真央ちゃんのもとへ向かう態勢になったところで、秋口教官から非難げな声が飛んできた。まさか秋口教官の方から邪魔が入るか、と思ったが、普通に自分の心配をしているだけだった。

 なんとなくこの教官のキャラが分かってきたな。

 そういえば精鋭育成用にこのコースを作ったときに、「自分の強さに思い上がった子どもが教官の命令を聞かない」という問題に対して、「さらに強い実戦上がりの軍人を教官にする」なんて力業で解決していたな。ということは、この秋口教官は教官としてどうこうというよりは、腕っぷしの強さだけでこの任に就いているわけか。成程、教官の割に適当なわけだ。


「変なこと出来なくなっちゃった」

「するつもりだったの?」

「全然」


 秋口教官が教室から出て行ったことを確認し、軽口を叩く。今から校長室に向かって秋口教官の後を付いて行くような形になっても面倒臭い。陸校での学生と教官との距離感がまだいまいち掴めていないため、他の学生の雰囲気をもう少し観察して、それを見極めるまではまだ距離を取っていたい。このままもう少し喋ってから出て行くとしよう。




「――流石にそろそろ行こっか。総統待たせたら極刑ものだし」

「そんな権限持ってないよ、お婆ちゃんは。やろうと思えば出来るだろうけど。ていうか、そんなに時間経ったっけ?」

「大体五分くらいだね。出来るだけ早く行った方がいいでしょ、送ってくれるなら。死にたくないし」

「送ってくれるかまだ決まったわけじゃないけどね。車で来たかも分かんないし」

「え、車以外で来ることある?」

「急いでるときはたまに空飛んでる」

「あー、総統だから飛行許可の融通利きそうだしね」

「うん。まあ、今日はそんな急ぎじゃないだろうし、車だとは思うけど」

「総統の車かー。気になるな―」

「一緒に乗ってく?お婆ちゃんも多分駄目とは言わないと思う。送ってくれる時は、だけど」

「いやー、気になるけど、残念ながら私、寮生だから。ごめんね」

「ううん。じゃあ、もう行こっか」

「うん」


 対象に促され、だらだらと教室を出る。今回は私の事情で断ってしまったが、対象の方から一緒に帰ることを提案してくれたのは中々良い傾向だ。


 というか昨日から思っていたが、割と強引に距離を詰めても拒絶される様子が無い。事前に知らされていた人物像とその実像がやや乖離している印象を受ける。

 陸軍の情報部は優秀だ。その情報部が上げてきた情報が間違っていたとは考えにくい。対象が意図的に外聞を操作していた可能性も無くはないが、その必要性が思い当たらない上、ならば何故今はその操作をしていないのか、という話にもなる。


 やはり、対象は元々、人並みに開放的な性格であり、現在のこの性格は過去の一件による後天的なものと考えた方が良いだろう。こういう子の場合、あるラインまではすんなり距離を縮められるが、そこを踏み越えようとした時に強く拒絶されることが多い。その性格になった要因と類似した状況、環境、関係などに対し強い拒否反応を示すのだ。私の経験からなる主観的推測ではあるが。


 となれば、その拒否反応が出るまではそこまで慎重にならずとも良いだろう。この任務の最終目標である「対象の完全な支配状態」を実現するためには、いつかはそのラインにも触れなければならない。ならばそのラインをいち早く把握し、そこを突破する解決策の模索に時間を割いた方が賢明だ。


 ここから作戦が一区切りするまでの方向性はこれで固まったな。今のところ大きな動きをする必要は無さそうだ。しばらくは普通に仲良くすることに徹するとしよう。


総統:日本で一番偉い人。軍で一番偉い人でもある。

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