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第5話 クラスメイトその一とその二、あと教官

「結構ギリギリかな?陸校って多分時間には厳しいよね。流石に演習場まで行くのは無茶だったかな?」

「いや、大丈夫だと思う。教官にもよるけど、時間にさえ間に合ってればちょっと言われるくらいで済むと思うよ」

「そっか、じゃあ安心だ。やっぱ先輩がいると違うね」


 対象のアドバイスを受け、だらだらと教室まで戻る。

 軍学校だからと厳しくし過ぎないようにしよう、という設立当初の理念はまだ生きているようだ。そのおかげか、陸校への入学者は男女共に例年良好であり、生徒からの反発も少ないらしい。


 カラリと戸を開ければ、既に登校していた生徒達が駄弁りながら暇を潰していた。教壇には学級担任であろう女性教官が目を瞑って座っている。新年度早々お疲れのようだ。対象もそれを察したようで、挨拶をしようと吸い込んだであろう空気を、そのまますーっと吐き出した。


 教室内の視線が一斉に集まってくる。確か私以外の生徒は全員、中等部から陸校に通っていた筈なので、単純に目立つのだろう。というより、学級名簿で知らない名前があったから気になっていた、と言った方が正しいか。


 とりあえず、近くで喋っていたグループに小さく手を振り、「おはよー」と挨拶する。遠くにいたグループにも、「無視してるわけじゃないよ」という意味を込めて同じように手を振っておく。


「おはよー。ねえ、犬飼いぬかいさんでしょ?高校受験でいきなり特実に入った人がいる、ってずっと話してたんだー」

「ほんと?その犬飼さんだよ。よろしくー」

「よろしくー。あ、ちなみに私は流川るかわさん」

「流川さーん」

「犬飼さーん」


 流川さんと互いの名前を呼びながら手を振り合う。こういう高校生っぽい意味分からんノリちょっと懐かしいな。


 この子は確か流川もも。このクラスの数少ない女子生徒の一人だ。肩下程まで伸ばした黒髪に緩くウェーブを掛けている。資料によると明るい性格で、クラスの中心にいるタイプらしく、対象とよく話していると唯一名指しで記載されていた。その快活な笑顔は、性格がそのまま外側に溢れ出しているようだ。対象に近づくためにも、クラス内で立ち回りやすくするためにも、仲良くしておいた方が良いだろう。


「全員揃った?…揃ってんな。まだチャイム鳴ってないけど始めるぞ」


 もう少し喋ろうかと思ったが、ここで教官から指示が飛んだ。

 その瞬間、周りの生徒達が速やかに席に着く。対象と流川ちゃんに「また後でね」とか声を掛けようと思ったが、そういう雰囲気ではなさそうだ。こういうめりはりがちゃんとしているところは、教育の賜物といったところか。

 私も悪目立ちしないよう、周囲を見倣って席に着く。


「はい、えー…まず自己紹介か。ここのクラス担任になった秋口あきぐちだ。よろしく。特実は大体三年間同じ教官が受け持つから、私も多分そうなると思う。じゃ、とりあえず点呼取るわ。その後に今日の流れ説明するから」


 教壇に立った秋口教官は、雑な挨拶の後、早々に点呼を取り始める。

 長い黒髪を後ろで一つに縛っており、名簿に落とす視線は、そんな必要はあるのかと思う程に鋭い。まだ若いが、歴戦の兵士のような貫禄すらある。これで身嗜みまで完璧なら文句なしの鬼教官なのだが、その軍服は大いに気崩されており、立ち姿も非常に気怠そうだ。ただ単に柄が悪いだけだな。


 見た目も喋り方も荒っぽいが、この特別実習コースを任されているくらいだ。ちゃんと優秀なのだろう。


 学生番号順に名前が呼ばれているため、このクラス唯一の新入生であり、今年初めて学生番号が発行された私の順番は最後になる。しかし、このクラスに在籍している生徒は少数であるため、その順番はすぐに回ってきた。


「――犬飼燈子とうこ

「はい」

「よし。今日は初日だから私が点呼取ったけど、明日からはこの後決める学級長にやってもらうから。まあ、中学からいる奴は全員分かってるだろうけど…犬飼もすぐ慣れろよ」

「はい」


 秋口教官も私のことを気にかけてくれているようだ。何も分かってない面倒な奴が入ってきた、みたいな気にかけ方じゃないことを祈ろう。




「――今日の流れは以上。なんか質問ある奴いるか?…いないな。じゃあ、まだ時間あるし、今のうちに委員会決めてもいいけど…中途半端なところで時間来ても気持ち悪いしな。ちょっと早いけど、もう講堂行くか。廊下に番号順に並んで。私が先導するから。二列な。帽子忘れんなよ。…正帽の方な」


 最後の指示は完全に私の目を見て言ってたな。秋口教官の号令に返事をしつつ、全員でぞろぞろと廊下に出、そのまま出発する。


 今日は入校式の前日、事前練習の日だ。式場となる講堂で流れの確認と練習を行う。

 まあ、新入生にそこまで大層なものは求められないだろう。練習日を一日しか取っていないのがその証拠だ。


 生徒数が少ないため、廊下に並び終わってから歩き出すまでが早い。私もその最後尾をだらだらとついて行く。

 歩き出してから「あんまうるさくすんなよ」と指示が出たので、うるさくならない程度の声量で隣と話すとしよう。


「ねえねえ、やっぱ陸校ってこんな怖い感じなの?」

「ん?うん、そうだね。でもこの教官多分緩い方だから、覚悟しといた方がいいよ?」

「うえ…まじかー」

「まあ俺も高校がどんな感じかそんなに分かってるわけじゃないけど。もしかしたらこれも何か言われるかもしれないし」

「これって?」

「今喋ってるでしょ?これ。さっきうるさくすんなって言われたじゃん」

「あー…でもみんなも喋ってるし大丈夫じゃない?」

「分かんないよ?いきなりコラー!って言われるかも。俺もこの教官のことは知らないし。よそはよそ、うちはうちの精神でいかないと」

「ママだ」

「せめてパパがいいな」

「パパー」

「はーい娘ー」


 結構ノリが良い。あまりそういうイメージは無かったが、こういう感じなのか。

 と、そういえば自己紹介をしていない。一方的に相手のことを知っているため忘れていた。これ対象の時もやったな。まあ、今回は先程の教室でのやりとりもあったし、向こうもこちらの名前は知っているとは思うが。


 制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出し、最初のページを開いて相手に向ける。


「はい」

「ん?何?」

「自己紹介。パパが喋っちゃ駄目って言うから」

「喋ってるけどね。じゃあ…はい」


 そう言って私と同じように生徒手帳をこちらに向けてくれた。そこには、里犬さといぬりょうという名前の他、基本的な生徒情報が羅列してある。まあ、当たり前だが知っていることしか書かれていない。

 生徒手帳から少し視線を上げれば、人の好さそうな表情をこちらに向けている。私がやや見上げる程度なので、男の子の中でも背は高い方だろう。分かりやすい好青年を見事に演じ切れているが、どこでそんな技術を覚えて来たんだか。


「里犬…僚ね。犬仲間じゃん。僚パパっていつから陸校なの?中学?」

「うん、中学。中学からで特実入るって結構凄いんだけど、犬飼さんのせいで凄さ薄れちゃった」

「あはは、ごめんね。まあ、私元々警備会社でバイトしてたし、ノーカンってことで」

「え、犬飼さん警備出身なの?」


 ここで、すぐ前の列を歩いていた流川ちゃんが警備バイトの話に食いついてきた。元々こちらが気になる様子だったため、私の出身業種を聞いて我慢出来なくなったのだろう。仲良くしたいため大歓迎だ。


「うん。バイトって言いつつ割としっかりめに働いてたけどね」

「へー、てことは実戦経験あるってこと?」

「実戦に参加したことはあるよ。後方支援だったから前線でバリバリって感じじゃないけど」


 流川ちゃんからの質問に用意していた経歴を返し、「怪しいものじゃないよ」と暗に釈明しておく。

 中学生でアルバイト経験があることや選んだ業種が特殊であることから、また異なる怪しさを持たれただろうが、それをカバーする経歴と事情も用意してあるため問題無い。それに、今は警備の業務内容の方に興味を向けてくれている。積極的に広めるような経歴でもないため、また聞かれた時に説明すれば良いだろう。


「すっご。実戦って不安なんだよね。いつかはやるんだろうけどさ。こんなエリートコースに入れられちゃったし変に期待されてそうで」

「大丈夫ですよ。桃さん最強ですから」

「じゃあいっか」


 僚が不安がる流川ちゃんを雑にフォローする。なんで敬語なんだろう。

 流川ちゃんの隣にいる男の子は前列の子達と喋っており、こちらの会話に参加する様子は無い。教室でのグループも別々だったため、この二人とそこまで仲が良いわけではないのだろう。


 対象もこの場にいれば会話の中に入れ込められるのだが、残念ながら三列前を歩いており、気軽に話しかけられる距離ではない。黙々と上下する後頭部がわずかに見えるだけだ。

 対象が振り向いてくれれば小さく手を振るくらいのやり取りは出来るのだが、如何せんそのような様子は無い。まあ、ここでそんなことをしてくるような子なら、人間不信なんて評価は下されないだろう。


 こちらから話しかける手もあるが、この関係性とこの状況でそれをすると嫌な顔をされかねない。秋口教官からの「うるさくすんなよ」という指示もあるし、大きな声を出すような行為は控えよう。任務の続きは休み時間になってからだな。


 後のことは後で考えるか。今は僚と流川ちゃんと適当に喋って時間を潰すとしよう。


特実:特別実習コースの略。

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