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第4話 戦ってみればそいつのことは大体分かるって脳筋が言ってた

 コツコツコツと二人分の足音が響く。早朝らしさのある静やかな廊下は、音を綺麗に返してくれた。


 隣を歩くのは、校内探検に連れ出した任務対象の堀江下ほりえした理咲りさ。高校に進学して制服を新調したからだろうが、少しぶかぶかで幼さが多分に残っている。すぐ横に並ぶと対象との身長差が際立ち、年相応に可愛らしく思える。


「お、あれじゃない?体育館。第3だっけ、第4だっけ」

「確かこっちが第3。多分」


 窓の向こう、隣の校舎の後ろから大きな体育館がのぞいていた。三階のこの位置からその屋根を見上げていることからも、その大きさがよく分かる。


「おっきいねー。あれ今って入れるの?」

「うん、鍵はいつでも空いてる。…あ、いや、中学は空いてた。多分高校もそうだとは思うけど。自主練で使う人そこそこいるから。用具入れは職員室に鍵取りに行かないとだけど」

「あー、なるほどねー。じゃあ今誰かいるかな?ちょっと行ってみよ」

「え、あ、うん」


 誰かいるかな、とは言ったが、正直あまりいて欲しくはない。対象と二人でやりたいことがあるのだ。ギャラリーがいてもやれなくはないが、人間不信だという対象は、そんな状況では落ち着かないだろう。私と二人きりのこの状況でもそこそこ緊張しているように見えるというのに。いや、二人きりだからこそだろうか?


 まあ、どちらにしろ体育館に行ってみないことには話が進まない。

 渡り廊下を抜け、階段を下り、体育館の大きな扉の前まで歩き着く。ガラガラと重い扉を開ければ、その外観に見合った大きな空間が広がっていた。幸い、中には誰もいない。対象によると用具室には入れないらしいので、見えない場所にいるということもないだろう。


「流石は陸校って感じだね。なんて言うか…ゴツい」

「そう?まあ、頑丈ではあるけど」


 天井まで高く伸びる壁は金属製で威圧感があり、その天井も中のものを解放すまいと固く閉ざされている。床はよく見る木製だが、他の体育館と比較すれば、使用されている木材も施されているコーティングも、その質が全く異なることにすぐに気が付く。

 体育館より兵器実験場と表現した方がしっくりくる威容だ。実際、これが陸校のものである以上、兵器の使用が想定されていることは疑いようのない事実だが。


「明らかに危険なことする用って感じだよね」

「まあ、実際そういうことするし。狭いからあんまり派手なことは出来ないけど」

「ふーん…ちょっとそういうことしてみてもいい?派手にはやんないから」

「ちょっと暴れるってこと?うーん…うん、いいよ。私いるし、新入生だから怒られるとかはないと思う。私相手とかしよっか?」

「お、いいの?やろやろ」


 話題が都合の良い方へ転がったため少々強引に提案してみたが、意外にも対象の方から対戦を申し出てくれた。資料からも実際に会ってみた感想としても、あまりそういった印象は受けなかったが、思っていたよりも好戦的な性格なのだろうか。


 まあ、対戦してくれるというのであれば、その好意はありがたく受け取っておこう。

 どこかの脳筋ではないが、戦法や駆け引きの仕方から見えてくる性格もある。どの脳筋が言っていたかは忘れたが。

 対象とまだ関係が浅いこの時期は、何でも良いので出来る限り多くの情報を集めておきたい。前もって考えてきた作戦にも必要なことだし。


「じゃあ、理咲ちゃんの命に従ってあんまり派手なことはしない方針で」

「うん。別に私の命じゃないけど」


 互いに距離を取り、向かい合う。出来れば派手にやりたいが、この場所では仕方がないだろう。軽く様子見程度で終わらせよう。


「あ、合図どうする?」

「じゃあ、タイマーセットするからそれで」

「はーい」

「ちょっと待って…えーと…十秒でいい?」

「うん」


 対象が携帯の画面をとんっと指で叩く。制服のポケットに携帯を入れ直した後、こちらに正面から向き直った。

 高校一年生にしては緊張していない。こういう瞬間は年が若い程、経験が浅い程緊張しやすいものだが、それ特有の顔の強張りや、動きの硬さが無い。慣れているのか、図太いのか。真央まおちゃんの孫ならその両方だろうか。


 軽く跳ねて適当にウォームアップしつつ、非常用シールドを展開してタイマーが鳴るのを待つ。


 ――ピリリリリと合図の電子音が響いた。


 と同時に、対象の周囲に拳大の水の塊が四つ出現した。

 事前資料によって、対象が遠距離から術式を連打するタイプであることは知っている。エネルギー術式はその名の通りエネルギーがその燃料となるため、体内に宿すエネルギー量に優れる対象にとっては、取って然るべき堅実な戦法だ。

 あの水塊が飛んで来ることは容易に想像できるため、軽く後ろに跳んで回避の体勢をとりつつ、弾除け用の犬の式神を四匹召喚する。使い慣れた、大型犬サイズの式神だ。


 予想通り水塊が弾丸となって飛んで来た。

 とりあえず犬に体当たりさせて威力を測る。

 二匹に二発ずつ命中し、吹き飛ばされた。貫通はしていない。しかし、二匹共に重要な筋肉を大きく損傷しており、戦闘の継続は不可能だ。術式を解除して二匹を消す。


 威力は大体分かった。今のは全力には程遠いただの様子見だろう。それは、「とりあえず撃ってみた」と言わんばかりのあの撃ち方からも、資料で読んだ情報からも明らかだ。しかし、「適当な攻撃の威力はこのくらい」、という情報だけでも、その実力を推し量るには十分だ。


 消耗した二匹分の犬を補充し、今度はこちらが周囲にエネルギー弾を出現させる。攻撃は見ることが出来たため、次は防御を見たい。

 対象もこちらの意図を察したのか、次撃用の水弾作成を一旦中断し、自分をシールドでドーム状に覆って防御の態勢に入ってくれた。


 先程から意思疎通がスムーズだ。資料では人間不信と評価されており、私自身もぼんやりとそのような感想を抱いてはいるが、コミュニケーションが苦手というわけではないようだ。コミュニケーション能力というより空気を読む能力と評した方が近いだろうか。


 そのまま適当にエネルギー弾を放つ。それらは真っ直ぐに対象へと突進し、立ち塞がるシールドに命中した。壊れた様子はない。そこに込められたエネルギー量を解析してみても、その消耗幅は観測不可能なレベルだ。

 耐久力が尋常ではない。世界中の人間をシールドの耐久力順に数えればすぐに対象の番が来るだろう。

 その上、恐らく対象は、戦闘スタイルとして防御を重視しているわけではない。単純なエネルギー量と出力によってこれを実現させているのだろう。攻撃はオリジナル術式を使用しているのに対し、防御はオーソドックスな透明のエネルギーシールドであることからも、それを容易に推察できる。


 さて、考察はこれくらいにして様子見の続きをするとしよう。

 都合良くこちらに集中してくれているので、ついでに不意打ちでもして反応速度も見ておくか。


 対象の視界にギリギリ入る程度の位置に犬を召喚し、そのまま突撃させる。今までのものとは異なり、人間を丸呑み出来るサイズの大犬だ。「攻撃用だからちゃんと対処した方が良い」と判断してもらうための細工である。無視なんてされては意味が無い。


 しかし、対象は私の期待を裏切り、そのまま大犬にシールドの上から噛みつかせた。その視線は大犬の口、正確にはシールドと接触している牙の先端に注がれており、何か反応を示す素振りすらない。明らかに大犬の攻撃力を試している。


 私がそうしているように、対象も私の実力を推し量っているようだ。

 確かに、対象からしてみれば、私は「入学早々自分と同じエリートコースに入って来た謎の新入生」である。その実力を含め、私個人に興味があるのだろう。

 しかし、対象は人間不信という話ではなかったか。一口に人間不信と言っても多様な症状があるため、他人に興味を示すこと自体が不思議なわけではない。ただ、想定していた対象の人物像は修正しなければならないだろう。


 大犬は未だシールドにひびを入れる気配すら無い。その様子をまじまじと観察していた対象は、もう十分と判断したのだろう、周囲に用意していた水弾を半分ほどぶつけて撃退した。しかし、大犬は大きく仰け反っただけで破壊には至っていない。先程の大型犬サイズのものと異なり、その大きさ相応のエネルギーを注ぎ込んでいるため、それなりに頑丈なのだ。

 それを見た対象は、すぐにもう半分の水弾を発射した。ただし、今度はその火力を頭部の一点に集中させている。仰け反ったままの大犬は着弾と同時に頭部を爆散させ、床に倒れ伏すまでその肉体を維持出来ず、空中で全身が霧散した。


 一度目の攻撃で既に分かってはいたが、やはり凄まじい火力だ。あの大犬は、いわゆる精鋭と呼ばれるような兵士でもある程度苦戦するレベルではある筈だが、それを瞬く間に撃破してしまった。


 その上、判断も非常に早い。

 先程、初撃から次撃を放つまでに数瞬程しかなかった。

 この歳でこの判断力を得るには、天性の才だけでなく、ある程度の割り切りが必要だ。「自分に出来ることはこれしかない」という、選択肢を意図的に狭めるための割り切りが。先程から一歩も動いていないのがその証拠だ。その火力を活かした真正面からの撃ち合いに専念している。自身の強みを理解し、そうでない部分を切り捨てることで余裕を生む戦い方だ。


 ただ、確かに自身の強みを押し付けやすい有効な戦法ではあるが、それ以外の可能性を捨て去るには若すぎないだろうか。対象には弱みを克服するだけの時間は十分すぎるほどに残っている。先程見せた判断の早さが仇となっているのだろうか。後々さりげなく理由を聞いてみよう。


 今ここで全力を見せてもらえればそれが最も手っ取り早いが、どうせここではそんなことは出来ない。先程、対象が示した体育館の評価の中に「派手なことが出来ない」なんて言葉が出てきたのは、対象自身が全力を出せないからだろう。そんなことをすれば風通しが良いどころではなくなる。


 出来ないことを考えていても仕方がない。今はやれるだけのことをやろう。

 とりあえず先程失敗した反応速度の検証からだな。




 ――犬を盾に手元を隠して肉薄し、その噛みつきと同時に死角からエネルギー弾を撃ち出す。エネルギー弾はシールドに阻まれ、犬の牙と爪は水弾に弾き飛ばされてしまった。そのまま対象の脇をすり抜け、意識がこちらに向いた瞬間に頭上から大犬を落とす。シールドまで到達したその牙は、しかしそれを突き破ることは出来ていない。そのまま口内に撃ち込まれた水の砲弾によってその大部分が弾け飛んでしまった。


 多角的かつ突発的な攻撃にもちゃんと対応出来ている。多少力業ではあるが。

 これで大方の状況への対応は見られたか。今はこれくらいで十分だろう。元々戦闘能力ではなく性格を見るためのものだ。そこまで細かく試す必要も無い。


「この辺にしとこっか。十分くらい経ったでしょ」

「うん。十分…とちょっとくらいだね。確かにそんなにダラダラも出来ないし」

「え、時間もうヤバい?」

「ヤバくはないけど、まだ学校全然回れてないよ?」

「あー、そういえばそうだった」


 この体育館は高等部が使用する施設であり、一年一組の教室からも近い。それ故にここへはすぐに到着してしまったため、他の場所はほとんど回れていない。

 私自身はこの学校の施設など大方把握しているため、別にわざわざ見に行かなくても問題は無い。しかし、せっかく対象を教室から引っ張り出せたのだ。時間いっぱい連れ回した方が良いだろう。


「それで、どうだった?」

「ん?どうって何が?」

「いや、試合したのここの使い心地…っていうか暴れてみたい、とかじゃなかったっけ?」

「あ、忘れてた」


 対象を観察するためのただの口実だったため、対象が忘れていればスルーしようと思っていたのだが、そこまで忘れっぽくはなかったようだ。


「んー…使い心地って言うのか分かんないけど、すぐ近くに火力出せる所があるってのは便利そう」

「うん、実際そういう感じの人多いしね。今はいないけど、中学だと大体誰かいたし。高校はそうでもないのかな?」

「今日、入校式練習だからじゃない?半分休みみたいなもんでしょ」

「あー、そうかもね」


 思ったより練習熱心な子が多いようだ。これくらいの年頃なら格闘技とか武器とか、そういうものに対する興味は強そうだし、恐らくそのせいだろう。手軽に戦闘訓練が行えるこのような場所の存在は、そういう子の好奇心や向上心の持続に一役買っているようだ。


 教室から距離が近い、手軽に戦闘が出来る場所か。何かに使えそうだな。

 まあ、今のところはこれ以上気にする必要も無い。まずは目の前の対象とのコミュニケーションに集中するとしよう。


序盤に一つくらい戦闘シーンがあった方がいいかと思ってこの話挟んだけど要らなかった気もする。

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