筋肉に囲まれたお嬢様1
次の日、レイたちは観光のため、フェンの街中央にある公園に待ち合わせた。
「どこに行きましょうか!?」
レイは目をキラキラさせて尋ねた。
今日のレイは街歩きの格好だ。
白いワンピースに、ブラウンのブーツを合わせ、ブラウンの小さめのバッグを肩から斜め掛けにしている。森織りのローブを羽織り、フードの中には、すっかり定位置になった琥珀が丸まってお昼寝をしている。
長い黒髪はサイドの髪を捻って、ハーフアップにし、淡いクリーム色のリボンで留めている。
かわいらしいお嬢さんだ。
レヴィも珍しく街歩きスタイルだ。
水色のシャツに、ブラウンのパンツ、黒の革靴だ。短めのブラウンの髪は清潔感があるし、顔立ちも小綺麗に整っていて、真面目そうだ。
全体的に小綺麗なのだが、残念ながら影が薄くて印象に残らない。
レヴィ自身はフェンの観光が嬉しいのか、機嫌がいい。
「レイさんは、行きたい所はありますか?」
興味津々といった表情で、ベンが尋ねてきた。
ベンは、白いシャツに黒のベスト、黒のパンツを履き、グレーの帽子を被っている。細身の長身なので、かっこいい感じだ。
モーリスは白いVネックのシャツを少し腕捲りし、立派なバングルをしている。カーキ色のパンツにブラウンのブーツを合わせ、太くて筋肉質な腕は、とても男らしい。
二人共、ラフな格好ではあるが、筋肉質なため堂々として見える。
「レイでいいですよ! ……そうですね、商隊用の青空市場は見てみたいです。他の街には無いですし。あっ! あと、ベンさんとモーリスさんは、お土産を買わないとですよね。エイドリアンは買わずに帰っちゃいましたし……」
「「呼び捨てでいいですよ!」」
ベンとモーリスはにこにこと目尻を下げている。
ユグドラの防御壁部隊員にとって、人間の子供のレイは、憧れの的なのだ。
防御壁部隊員は魔物としてのランクが高い者が多い。そのためか、かわいい低ランク魔物に出会っても、その存在圧の強さから怖がられて逃げられてばかりなのだ。つまり、非常に切ない思いをしている者が多い――そう、かわいいものに飢えているのだ。
ユグドラには子供が少ない。さらに、人間は三大魔女ぐらいしかいないので、人間の子供はユグドラではレアなのだ。そして、他の種族の子供と違って、自分たちを怖がらず、人懐っこくて素直なレイは、防御壁部隊員からも人気が高い。
レイと一緒にお出掛けの一つでもすれば、防御壁部隊内でかなり自慢できるのだ。
「それじゃあ、まずは青空市場に行きましょうか。あそこはいろんな地域の品物が揃ってて面白いですし、運が良ければ、曲芸師や路上演奏も見れるそうですよ。その後は中央通りの菓子店に行きましょう。部隊員の奴ら、結構甘党が多いんです」
モーリスが、さりげなくレイの片手を引いて、青空市場の方へ歩き出した。
「そうなんですね。なんだか、ちょっとかわいらしいですね」
筋骨隆々とした部隊員のイメージと甘党のギャップに、レイがくすりと笑った。
「あっ! モーリス、狡いぞ!!」
ベンも、モーリスとは反対側のレイの手をサッと握った。
一人あぶれたレヴィは、珍しく目を丸くして、何とも言えない表情で三人について行った。ご主人様を二人に取られて、少し拗ねているようだった。
***
「わぁ! いっぱいお店が出てますね!」
レイは青空市場の賑わいに目を輝かせた。
フェンの街の一角にある青空市場は、商隊がフェンに立ち寄った際に、期間限定で商いができるように設けられた広場だ。
店舗は規定サイズ以内の敷物のみで、その上にたくさんの品物が置かれている。テントのような天幕は無く、晴れの日限定の市場なので、青空市場なのだ。
ここでは世界各地の様々な品物が集まり、見る度に品物がどんどん入れ替わっていくため、フェンの中でも人気スポットの一つだ。
「いらっしゃい! いい薬草があるよ~」
「遥か遠く、サハリアからやって来た神秘の壺! 今ならお安くしときますよ!!」
「傷回復! 魔力回復! 上質な魔術薬ならここだよ!」
青空市場では、あちこちで売り子たちの呼び込みをする声がし、たくさんの客で賑わっていた。
「時々、掘り出し物があるんですよ」
「人が多いですから、離れないように手を繋いでいてくださいね」
「はーい!」
レイは目に魔力を溜めて、青空市場の品物を片っ端から見てみた。
(……薬草はやっぱりユグドラの物の方が魔力が多いかも。あ、あっちの置物には呪いが付いてる!)
「レイ、これはどうでしょう?」
「どうしたの、レヴィ?」
レヴィが、かなり錆の入ったナイフを手渡してきた。装飾や作りはどこかで見たことがあるような感じだ。
(……このナイフ……もしかしてメルヴィンの??)
「お兄さん、それなら三千オーロだよ。使うなら、鍛冶士に研いでもらう必要があるよ」
「レヴィ、これ買いましょうか」
「おっ! お嬢様は気前がいいね。三千オーロになります」
「はい」
レイは空間収納から財布を出して、三千オーロを手渡した。
「まいどあり!」
商人はにやりと笑った。
「レイさん、いいんですか? そんなボロナイフで」
モーリスが訝しげに、錆びたナイフを覗き込んだ。ボロナイフに三千オーロは払い過ぎだと感じているようだ。
「……これ、たぶん、メルヴィンが作ったナイフだと思います」
「えっ!? メルヴィンさんの!? そしたら、相当の値打ちものですよ!」
ベンは目を大きく見開いて驚いた。
「レヴィもよく気付いたね」
「剣やナイフのことであれば分かりますから」
レヴィがにこりと微笑んだ。
錆びたナイフは、ユグドラに戻ったらメルヴィンに研いでもらうことになった。
***
「あれは何でしょう?」
レイが青空市場の端の方の人だかりを指差した。軽やかな音楽と共に、時々、人々の歓声や拍手が聞こえてくる。
「おっ! あれが路上演奏ってやつじゃないですか? 見ていきますか?」
「見に行きましょう!」
ベンの言葉に、レイは瞳をキラキラさせて頷いた。
人だかりの真ん中では、赤い絨毯を敷いて、その上でリュートのような弦楽器を弾いている男性がいた。大きめな楽器サイズに似合わず、繊細で軽やかな音の響きだ。
奏者の男性は、煉瓦と石畳の街に似合う、心弾むような曲を演奏している。彼の前には楽器を入れるケースが蓋を開けて置いてあり、いくつかコインや紙幣が入っていた。
彼が一曲弾き終わる度に、周りに集まった人々は拍手をし、中には、追加でコインを投げ入れる人もいた。
「すごいですね。私もあんな風に楽器が弾けたらなぁ……」
「レイさんは何か楽器は弾かれるんですか?」
「楽器は何も……でも、できたら素敵ですね」
モーリスの質問に、レイは楽器を弾く男性を羨ましそうに見つめながら答えた。
「俺も楽器は無理だな。できるとしたら、剣舞かな」
「剣舞! できるんですか!?」
レイはパッとベンの方を振り向いた。
「ええ、できますよ」
「ベンの剣舞は少し硬いですよ」
「そんなこと言って! レヴィ、お前は剣舞ができるんだろうな?」
「できますよ」
「よしっ、二人で剣舞やるぞ。土産代を稼ぐか」
ベンはシャツの袖を捲ると、被っていた帽子を脱いで、上下逆さまに地面に置いた。財布からいくつかコインやお札を取り出すと、帽子の中に入れた。
「剣舞は近寄ると危ないので、離れましょうね」
モーリスは、二人から距離を取るように、レイの手を引いた。
レイたちが離れたのを確認すると、レヴィとベンは空間収納から剣を取り出して、構えた。
二人は競い合うように剣舞を舞った。それぞれ舞い方は違うが、どちらも力強くてキレの良い舞だった。
ヒュンッと空を切る剣の音、ダイナミックな動き、二人の人間技とは思えないほどの剣捌きから溢れ出る緊張感に、観客たちはぐいぐいと引き込まれていった。
時折、剣舞の合間に剣戟を挟んでは、その度に観客から「おおーっ!」とどよめきの声が上がった。
最後に二人がその場でくるりと回って、優雅にお辞儀をすると、割れんばかりの拍手が観客から湧き起こった。帽子の中にも、いくつもコインや紙幣が投げ込まれる。
「わあ! すごい!!」
「あいつらもやるなぁ!」
レイとモーリスも、称賛の拍手を送った。




