魅惑の精霊6
エイドリアンが入り口の大扉を軽くドカッと蹴り飛ばすと、レイは瞬時に全員分の結界を展開した。
突入と同時に、前衛のエイドリアンやレヴィに向けて矢や魔術が放たれる。
だが、レイが張った結界に全て防がれた。
「てっ、てめえら、何もん……ぶっ!」
「うわっ! ぐっ……」
何かを言おうとした盗賊が後方に吹き飛ばされ、流れるように、隣にいた盗賊も地面に沈んだ。エイドリアンの拳と蹴りが入ったのだ。
「こちらも終わりです」
レヴィが鞘に剣を納めると同時に、盗賊が一人ドサッと倒れ伏した。
「そっちは終わった~?」
のんびりしたアイザックの声が聞こえてきた。彼はいつの間にか二階に上がっていて、口から泡を吹いた盗賊二人を、両手で引きずって階段を降りて来ていた。
***
二人一組になって屋敷内を探すと、信者たちは部屋の隅にみんなで寄って固まってぶるぶると震えていた。
「キャーッ! 止めて! 助けて!!」
「ひぃっ! 命だけは!!」
「……しばらく寝てようか」
彼らはパニックを起こしかけていたため、アイザックが眠りの魔術をかけた。
「……どうしますか?」
モーリスが眠りこけた信者を覗き込んで尋ねた。
「このままにしておく訳にはいかないな。どこかで安静にさせて、結界を張っておくか」
エイドリアンが肩をすくめて答えた。
レヴィとモーリスが信者たちをベッドのある部屋に運んで、安静に寝かせた。もちろん、レイが結界を張って安全も確保した。
(あ、この子……)
ふと、レイはある女の子が気になった。その子は手にぎゅっと黒い双子石を握り締めていた。どことなく、アニスに面影も似ている。
(……無事に見つかって良かった……)
レイは、すやすやと眠るアニスの妹を見て、ほっと一安心した。
レイたちが信者を全員寝かしつけて一階のメインホールに戻ると、盗賊たちは縛り上げられて、床に転がされていた。小屋でサボっていた盗賊たちや、見張り櫓にいた盗賊たちまで集められていた。
「あれ? これで全員? でも探索魔術でも出てこないんだよね……」
アイザックは首を捻った。
「おい、どういうことだ?」
エイドリアンが、唯一意識のある盗賊の胸ぐらを掴むと、凄みを利かせて尋ねた。
「ヒイィッ! 他の連中は外に出てますっ! 仕事ですっ! 雨が降り出したので、そのうち戻って来るはずです!」
盗賊は顔を真っ青にして、いとも簡単に仲間の居場所を吐いた。ぶるぶると小刻みに震えている。
「……面倒なことになったな。とりあえず、今捕縛した奴らだけでも確保しとくか。レイ、こいつらの周りにも結界を張れるか? 逃がさないようにな」
「分かりました」
レイが盗賊の方へ手をかざすと、彼らを囲うようにドーム状の結界が展開された。
「仕方ない、ここで魅惑の精霊を待つか。各自交代で休憩を取るか。しっかり休んでおけ」
「「「「はっ!」」」」
防御壁部隊の二人だけでなく、レイとレヴィもつられて勢いよく返事をした。
アイザックだけは軽く手を振った。
***
レイは服や髪を水魔術で水分を飛ばして乾かすと、フェンで予め買っておいたサンドイッチを空間収納から取り出して食べ始めた。ゆで卵とレタスのシンプルなサンドだ。
水筒も取り出して一口飲み、ほっと息を吐く。
(これから戦闘があるかもしれないから、しっかり休んでおかないと……)
「レイ、女剣士の妹は見つかった? この屋敷の中にいるはずなんだけど」
アイザックがレイの隣に座り込むと、尋ねてきた。
「はいっ! 今は二階の部屋で他の信者さんたちと一緒に寝てます。……無事に見つかって良かったです……わっ!」
レイがにこりと微笑むと、アイザックがポンッと軽く彼女の頭を撫でた。
「……それじゃあ、そろそろ魅惑の精霊を迎えに行く?」
ちょっとそこまで散歩に行こうか、と誘うような気軽さで、アイザックが尋ねた。
休憩で少し緩んでいた部屋の空気が、一瞬でピシリと引き締まる。
レイが慌てて探索魔術を広範囲に展開すると、このアジトへ近づく一団を感知した。
「大勢の人がここに近づいて来てます!」
「よく分かったな」
エイドリアンが関心してアイザックを見つめた。
「誰がこの雨降らしてると思ってるの?」
アイザックがにっと笑った。
***
アジトの廃村までの一本道で、レイたちは待ち伏せをした。道の脇にある森の中に身を潜めている。
今度こそ魅惑の精霊もいる可能性が高いため、ベンとモーリスは距離をとって待機している。もちろん、ベンは空で、モーリスは地中でだ。
盗賊団は一仕事終えて来たようで、荷馬車を二台引き連れていた。その周りには、ガラの悪い盗賊たちが雨避けのローブを羽織って、警戒して歩いている。
「レヴィ、どう?」
「……見た感じ、盗賊たちの腕前は大したことありませんね」
レヴィはそう言うと、ダッと駆け出して、盗賊たちの横をすり抜けざまにズババッと数名切り伏せた。
急な襲撃に盗賊たちは剣を抜き、一気に戦闘態勢に入った。
「ヒュ~。歴代剣聖の技は伊達じゃないね」
アイザックが軽口を叩いた。
「全くだ。味方で良かったよ」
エイドリアンはそう言い切らないうちに、レヴィに続いて駆け出した。
エイドリアンが舞うと、その拳や脚は盗賊たちを的確に捉え、次の瞬間には、数メートル先にまでの盗賊たちが跳ね飛ばされていた。彼らは伸びてしまって、ぴくりとも動かない。
「相手は一応、人間だよ。容赦ないね」
「……これでも相当手加減している……やりにくいな」
アイザックの呟きに、エイドリアンは渋い顔だ。
「ウォーターバレット」
アイザックがスッと手を前にかざすと、無数の水の礫が現れた。盗賊たちに向けてドゴドゴドゴッと高速でぶつけて、遥か後方まで跳ね飛ばす。盗賊たちは地面で呻いて起き上がることもできない。
「全く、容赦ねぇな」
「本当は全部押し流す方が得意なんだけどね」
「それだけは止めておけ!!」
アイザックの洪水宣言に、エイドリアンは大声でツッコミを入れた。
(わぁ! みんな、すごい!)
レイは仲間たちの強さに、目をキラキラさせて感動していた。
レイの隣では、ライオンサイズの琥珀が盗賊たちを威嚇していて、彼らは肉食魔物のキラーベンガルを怖がって近づけない状態だ。
魅惑の精霊が、荷馬車の中から顔を出した。淡い紫色の絹のヴェールを被っている。味方の盗賊たちがあまりにも簡単に吹っ飛ばされてしまった様子に、ぷるぷると震えているようだ。
「こっちを見ろ!!」
次の瞬間、魅惑の精霊は荷馬車の外に飛び出て、ヴェールを脱いだ。注目を集めるように声を張り上げる。
レイの目は、じと目になった。
光の玉だ。そう、ピンポン玉大くらいの大きさの、ただの光の玉だ。ユグドラでもよく見かける光の玉だ。
特筆する点があるとすれば……紫がかったピンク色だ。以上だ。
「ぐっ……」
アイザックは魅惑の精霊から目線を外し、自身を奮い立たせるように頭を少し振った。
「僕、一応耐性あるはずなんだけどな……実物は人相書きよりもずっとイケメンだね……長時間はまずいよ」
エイドリアンも魅惑の精霊を視界に入れないように別方向を向いて、何やらハンドサインを送っていた。ベンに撤退の合図を送ったのだ。
彼がトントトントと軽く地面を靴底で叩くと、モーリスらしき気配も地下から遠ざかって行った。
普段、あらゆる事態を想定して戦闘訓練を積んでいるエイドリアンは冷静だ。
「信者のみなさ~ん! 僕を守って~!!」
魅惑の精霊は、なかまを呼んだ。
「「「「「「「「「「は~~~いっ!」」」」」」」」」」
荷馬車から、信者たちがわらわらと飛び出して来た。彼らは近くにいたエイドリアン、アイザック、レヴィの三人に飛びついて、押さえ込もうとしている。
「なっ!? 新たに信者を確保してたのか!」
「うわっ! レイ以外の奴が僕に触るな!!」
エイドリアンたちは振り解こうとするが、信者は一般人だ。傷つけないようギルドからも言われているため、下手に手出しができない。
「……ぐっ……非常に力が強いです……」
レヴィか信者数名に乗り掛かられて倒れ込んだ。
魅了魔術の催眠効果で力が引き出されているためか、信者たちはみんな馬鹿力だった。
信者たちは、レイの方にもわらわらと近寄って行った。
「シャーーーッ!!」
琥珀がレイの前に出て威嚇するが、魅了魔術にかかっている信者たちは、キラーベンガルである琥珀にも恐れずに巻き付いて、取り押さえようとしている。
「琥珀っ!?」
遂に、信者の一人がレイにも手を伸ばそうとした。
「僕のレイに触るな!!!」
アイザックの悲痛の叫び声が響いた。




