ルーファス
光竜の里は大陸の東側にある迷いの森の中にひっそりとある。
下は卵から、上は二千歳を超える光竜まで約百頭ほどが暮らしている。
光竜は成長すると、体高が四〜六メートルほどになり、大人の雄は頭に二本の角が生えてくる。淡い黄色の鱗に、黄色やオレンジ、赤、ブラウンの瞳をしている。竜らしく強靭な体を持ち、非常に長生きだ。
また、光竜は魔術に長けており、若い頃から人型へ変身することができる。
このため光竜の里では、よっぽど幼い者や、竜体でいる方が好きな者以外は、人型で暮らしている。
光竜は田畑を耕し、里の川で魚を釣り、森で狩りをしたり、森の恵みを採集しては、のどかに暮らしている。平和を愛する種族なのだ。
里全体に光の屈折を利用した特殊な結界を敷いており、許可の無いものは、そこには里など何も無く、ただ森の中にいるかのように見えるようになっている。
そして方向感覚を狂わす魔術によって、里にはたどり着けないようになっている。
この光竜の里は聖鳳教会とも結びつきが強く、光竜王の弟が、光の大司教として教会に派遣されている。その他にも五名が教会勤めをしている。
教会勤めをすることで、人々の信仰心が光竜たちに力を与えるのだ。
***
光の大司教のルーファスは、光竜の里の兄から「確認したいことがあるため一度戻るように」との知らせを受けた。
兄レックスは光竜の里の長で、光竜王だ。
二人は卵も一緒の双子だ。竜体の時もそうだが、人型もそっくりで、見た目は瓜二つである。
ただ性格が真反対なため、近しい者たちからは、表情や仕草でどちらが兄でどちらが弟かすぐにバレてしまう。
それでも兄はいたずら好きで、弟の振りをしては周囲の者を揶揄うのが好きだ。普段は里長としてしっかりしているのだが……
「急に呼び出して、一体、何なのかな……?」
ルーファスは光竜の里で一番大きな屋敷、光竜王邸に向かった。
木造造りの屋敷は、土壁に白漆喰が塗られており、赤い瓦屋根が葺かれている。所々、里の結界用の魔道具が、装飾の振りをして置かれており、光竜王邸をより豪奢なものに見せている。
ルーファスが光竜王邸に着くと、すぐに兄の元へ通された。
「おかえり」
白皙の美貌が迎え入れる。
淡い金髪は、鎖骨までのストレートだ。竜王らしい黄金眼で、瞳の中を小さな星がキラキラと光り輝いている。
彼は、里長らしい刺繍の細やかな長い藍色の上衣を羽織っていた。
「ただいま、兄上。急にどうされたんですか?」
全く同じ顔の作りの弟が尋ねた。
一点だけ違うのは、弟の瞳は淡い黄色だ。瞳の中に星が煌めく黄金色の瞳を持つ者は、魔物か精霊の王だけだからだ。
お茶を淹れた後、侍女が下がって行った。
「ドラゴニアの巫女が剣聖について告げたのは、聞いてるか?」
人払いがされたので、レックスは胡座をかきつつ、一気に砕けた雰囲気になって確認してきた。
「ああ、新しい剣聖が生まれた、っていうあれだね」
ルーファスも、一気に兄弟らしい砕けた雰囲気になった。
「そう、それだ! 教会で何か聞いてないか?」
「う〜ん……特には。剣聖が扱うのは魔剣で、聖剣じゃないからね。興味ない者が多いよ」
「剣聖は今、おそらくユグドラ預かりだと思われる。教会の伝手をたどって様子を見てきてくれないか?」
「教会でユグドラだとフェリクス様か……」
ルーファスは遠い目をした。
フェリクスは先代魔王で、教会内ではルーファスと同じ大司教の位だが、実質的な教会の支配者だ。聖鳳教会自体の創設者でもあり、初代教皇も務めていた。
(……ちょっと苦手なんだよね……)
現役を引退しているとはいえ、フェリクスは魔王だ。
側に近寄ると、本能的に上位者の圧を感じてしまい、粗相はないか、不快に思われていないかと考えてしまい、どこか緊張してしまうのだ。
「……よくユグドラだって分かったね」
「ああ、森の精霊たちが騒いでな……ユグドラ方面でとんでもない瘴気が出たって」
「なるほど」
光竜の里は、人間の里村からかなり離れた森の奥深くにあり、森の精霊は多い。
森の精霊たち、特に玉型の精霊は神秘の生き物のため、何か気づいてそうなのだが——いかんせん、精霊たちもこういうことは初めてなので混乱していた。
「ユグドラ方面でかなり濃い瘴気なら、魔剣レーヴァテインの可能性が高いだろ」
レックスが茶を啜って、言った。
近年、魔剣レーヴァテインは溜まりに溜まった瘴気が濃くなり、非常に危険な代物となっていた。
歴代の剣聖が魔剣で倒してきた敵の血はもちろん、倒された者の怨みの念、剣聖や魔剣を取り巻く者たちのさまざまな思惑や欲望などありとあらゆる念が絡み合って、非常に厄介な呪物と化してきていたのだ。
その瘴気の影響からか、歴代の剣聖には不幸が訪れたり、非業の死を遂げる者が多い——数年前にも、ドラゴニアの剣聖が魔剣ごと行方不明になっていた。
魔剣の瘴気が臨界点に達したのだとも、あまりにも魔剣が危険になってしまったため、世界に隠されたのではないかとも実しやかに噂されている。
世界に隠されたのであれば、ユグドラ周辺の可能性が高い——管理者たちの街が近い方が、何かあった時に対応できるからだ。
魔剣レーヴァテインがどこにあるかも分かっていなかったが、厄介な呪物と化してきていた点もあわせて、有識者の間では「絶対に手を出してはいけないもの」という認識だった。
「光竜の里は別に剣聖を望んでいない。だが、もし魔剣の瘴気が、新しい剣聖に影響して何かがあれば、ここも安全とは言えなくなるかもしれない。だから、新しい剣聖が、そんな呪物を扱えるような者なのか確認してきて欲しい。で、もしきちんと扱えないような者であれば、最悪、可能ならば剣聖を排除してきて欲しい」
レックスは急に里長の顔になった。普段は気安くふざけてはいるが、里や光竜が絡むと光竜王としての責任感が出てくる。
「分かったよ。確かに、剣聖がどんな人物かは確認しないとだね。下手したらまた戦乱の世になるし、軍事国家に利用されても困るし……ユグドラ預かりならそういうことはないと思うけど……」
「ああ、難しいことを言ってることは分かっているが、お前ぐらいしか頼れなくてな……剣聖も本当に最悪の場合だけでいい。無理はするな」
「了解。……それにしても、ドラゴニアの巫女の告げだと、当代剣聖は歴代最強じゃなかったっけ?」
ルーファスはじと目でレックスを見やった。
「あっ! ……本っ当に、無理だけはするな!!」
大事なことを忘れていたレックスは慌ててルーファスを気遣った。レックスは時々抜けるのだ。毎回フォローをするのは弟の役目になっている。
(……う〜ん、本当に仕方のない竜だなぁ……)
先代魔王フェリクスについてもそうだが、歴代最強という剣聖についても、ルーファスには荷が重かった。
だが、兄と光竜の里のため、一肌脱ぐかとルーファスは腹を括った。




