閑話 レイのお昼寝
レイが団欒室のソファでお昼寝をしている。
体はまだまだ成長期の子供なのだ。時々こうやってごろりとソファに横になっては、無防備にお昼寝することが多い。
それだけユグドラに馴染んで、安全に感じてくれているのだろう。
団欒室の窓からは暖かな秋の木漏れ日が差し込み、レイが眠るソファの中ごろ——レイのおなかのあたりから足先ぐらいまでをぽかぽかと照らしている。
レイのおなかの上には琥珀が丸まって、一緒にお昼寝をしていた。
お手伝いエルフのシェリーが、琥珀ごとレイの上にブランケットを掛けてあげると、琥珀はもぞもぞとブランケットから這い出て来て、ブランケットの上に乗って、また丸まった。
「おや? お昼寝かい?」
「そうですね。まだまだ子供ですからね」
そこへウィルフレッドがひょいと団欒室を覗き込んできた。
ユグドラは子供が少ない。
元々、管理者のための街であるし、長命な種族が多いのも原因だ。長命な種族はあまり子を成さないのだ。
子供が少ない分、ユグドラでは子供は大事にされ、よくかわいがられている。
ウィルフレッドは団欒室のソファに座った。
彼の斜め前のソファでは、レイが気持ち良さそうにお昼寝をしている。
ウィルフレッドとシェリーは、何とはなしに、レイの寝顔を見つめていた。
「レイは上位者の圧をあまり感じないようなんだ」
ウィルフレッドが徐に話し出した。
シェリーは「え!?」とびっくりして、小さな声をあげた。
この世界には歴然としたランクというものが存在し、上位者の圧はこの世界に生まれ育ったなら、自然と無意識に感じているものだ。そうやって上位者を畏れ敬い、粗相をしないことで、自分たちを守るのだ——自己防衛本能のようなものだ。
そのぐらいこの世界では、力の差というものが圧倒的なのである。
もちろん上位者ならその存在の圧力を隠すことができる——むしろ周りに騒ぎ立てられたくないから、その圧を隠しているのが通常だ。
それでも感情の起伏や、魔術やスキルの発動で漏れ出ることはある。
「フェリクスがレイと一緒におつかいに行った時に、人攫いを灰にするほどの存在圧を出したみたいなんだ。レイは平然としてたって。そうじゃなくてもフェリクスだ。いくらその圧を隠しても、周りが本能的に怖がって、どこか一歩引いてるのが普通なんだが、レイはそういう所が無いらしい」
(「外から来た影響かもね」とフェリクスは言ってたが、確かにレイは自分を怖がらない……今までの三大魔女ならある程度は敬って……一歩引いてたんだが……)
ウィルフレッドは千年以上生きたエルフの上位者だ。その存在圧から同じエルフでさえも圧倒される者がいる。普通はあまり気安くはできないのだ。
(フェリクスは、それは「世界からの恩寵かもしれない」と言ってたな。レイは外の世界から来たから、良くも悪くもこの世界のルールに縛られない部分がある、と。それから、この世界にとっての恩寵なんだと……)
フェリクスとレイは魔術契約の一種である親子契約を交わしたが、普通は魔王と契約自体できないのだ——本能的な怖ろしさが勝ってしまって。
(「レイは、僕と一緒だったら何だか安心できる、って言ってくれたんだ」とフェリスクスはにこやかに笑ってたな……)
ウィルフレッドはフッと小さく笑うと、さらに続けた。
「そういえば、琥珀のことも最初から怖がらずに抱っこして連れて来て、猫飼いたいって言ってきたからな」
Aランクの肉食魔物のキラーベンガルを恐れずに使い魔にしてるのは、それよりも強いSランク以上の魔物ぐらいだ。普通の人間の子供なら泣いて逃げ出す。
それなのに、レイはずっと猫の子を拾って来たかのような様子だった。
「今は大丈夫ですが、私も始めは怖くて琥珀には近寄れなかったです」
「それが普通だよね。フェリクスが言うには、外から来た影響かもって。たぶん、これからもこういう事がいろいろ増えてくると思うけど、まぁ、あたたかい目で見てあげて」
ウィルフレッドは柔らかくヘーゼルの目を細めて、レイを見つめた。
シェリーもレイを優しく見つめつつ「はい」と頷いた。
レイは、ソファの背もたれに向かって、ごろりと寝返りを打った。
琥珀もそれに合わせて、レイのお腹とソファの背もたれの間にキュッと挟まり、少しだけもぞもぞして微調整すると、また寝始めた。
シェリーは少しだけブランケットを引っ張って、レイの背中にもきちんと掛かるように調整してやった。
「……そういえば、レイは魔物や玉型の精霊の顔の良し悪しが分からないみたいなんです。フェリクス様やアイザック様の魔物の時の顔の良さも分からないみたいで、きょとんとしてましたし、玉型の精霊に至っては、どこに顔があるのかも分からないようです」
シェリーは思い返すように、頬に手を添え、斜め上を見て言った。
「何だって!? あれだけの美貌が分からない……!? しかも玉型に至っては、判別すらできていないのか!?」
ウィルフレッドは驚愕してシェリーの方をバッと振り向いた。
シェリーはこくりと頷いている。
アイザックの元の魔物の姿は非常に整っており、ユグドラに住んでいる爬虫類系の魔物女子たちからの人気は高い。それも見越して、ウィルフレッドは、レイが魅入られないように、アイザックからガードしていた。
(……確かに、レイはアイザックにいつも塩対応だ。あれだけのイケメンから、あんなに口説かれて靡かないなんて凄い奴だなとは思っていたが……)
レイが元々、魔物の美醜が分からないのであれば、あの対応も頷けた。
(フェリクスに至っては絶世の美貌だ。あの鳥型の状態で羽毛布団にしようものなら、大抵の女なら昇天するだろ、と思ってはいたが……まさか義父親の美醜も分からなかったとは……)
「……逆にその分、魔物や玉型の魅了魔術には掛かりにくいってことなんだろうけど……」
ウィルフレッドは呆れてレイを見た。
魅了魔術の威力は、術者の顔の良し悪しで大きく変わってくる。
術者が美しければ美しい程、そして、魅了される側が術者を美しいと思えば思う程、魅了されやすくなるのだ——つまり、見た目の良い術者ほど、有利な魔術なのだ。
(……レイの美意識はそれでいいのか?)
玉型の精霊に至っては、認識力の問題も出てきた。
ウィルフレッドは心から弟子を不憫に思った。
暖かな秋の木漏れ日の中、レイは幸せそうにすやすやとお昼寝している。
琥珀も鼻音をスピスピ鳴らしながら一緒に寝ている。
ウィルフレッドとシェリーは、少し可哀想な子を見るような目で、レイを見つめていた。
レイがお昼寝から目を覚ました後、ウィルフレッドとシェリーはいつも以上にレイに対して優しかった。
シェリーはいつも優しいので問題なかったが、ウィルフレッドが優しいのは嵐の前触れかと思ったレイが、非常に警戒して遠巻きにしたことは言うまでもなかった。




