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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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運命の女(レグルス視点)

「一、ニ、三……!」


「ゲギャッ!」

「グギャッ!」

「グガッ!」


 小蝿のようにまとわりついてくる飛びトカゲ三体を、真っ二つに斬る。


 薄らと黒ずんだ瘴気をまとう愛剣は、今日も絶好調だ。

 黒光りする刀身から、魔物の血が滴り飛び散る。


「四……五! これで終いだ!!」


「フガッ!!」

「ブヒィィィッ!」


 近くの茂みから突進してきた二体のマッドボアを軽く横に避けてかわし、すり抜けざまに斬り伏せ、薙ぎ払う。


 この森は魔力が豊富なせいか、他と比べても魔物がデカく、しかもやけに硬い。

 本来なら低級魔物でも、一つランクが上がってんじゃねぇかと疑わしいぐらいだ。


「くそっ! 何なんだ、この森はよぉ!」


 最後に倒した魔物から、己の愛剣を抜き取る。軽く振って剣に付いた血を飛ばし、腰の鞘に納めた。


「本当にこんな所に運命の女なんているのかよ!? あのクソババア、嘘だったらタダじゃおかねぇぞ!!!」


 これまでの旅路で溜まりに溜まってた鬱憤を、腹の底から叫んだ。

 ここは人間なんて誰も寄り付かねぇ南の森の奥深く──俺の怒号だけが、鬱蒼と繁る木々の間を虚しくこだましていった。



***



 俺はレグルス・フルーリー。魔剣レーヴァテインに選ばれた当代剣聖だ。


 父は冒険者の剣士を、母は魔術師をしていた。俺はちょうど、父と母のいいとこ取りをして生まれてきた。父のたくましい体格と剣の才覚、それから母譲りの整った顔立ちと魔術の才を受け継いだ、俺は魔術剣士だ。


 幼い頃から父母に連れられて、冒険者活動をしてきた。その頃から徹底的に冒険の基礎やノウハウを叩き込まれた結果、十三歳になって正式に冒険者登録をしてからは、駆け抜けるように冒険者ランクを上げていった。



 魔剣レーヴァテインを手にしたのは、偶然だった。たまたま潜ったダンジョンの下層階で、地面に突き刺さってるのを見つけたんだ。


 初めて見た時は、「瘴気をまとった剣なんて、厄介そうだな」としか思えなかった。

 だが、よくよく見てみれば、かなり造りの丁寧な業物──「こいつは売れる!」と確信して、いそいそと地面から引き抜いて持ち帰った。


 近くの街に戻って武器屋に持ち込めば、なぜか俺以外の誰もこの剣を持ち上げることすらできなかった。


 不思議に思った武器屋の亭主が、すぐさま商人ギルドの人間を呼んで鑑定してもらったところ、まさかまさかの伝説の魔剣レーヴァテインだということが判明した。



 それから俺は、世間から剣聖として認められるようになった。もともと実力で取っていたAランク冒険者の称号をさらに上げ、世界でも数人しかいないSランク冒険者にまでなった。


「剣聖」と「Sランク冒険者」の肩書きはかなり強力で、俺の元には高額依頼が殺到した。


 有名冒険者として一目置かれ、仕事も向こうからひっきりなしにやってくる。気の良い仲間にも恵まれて、女にもモテまくって、何もかもが順風満帆だった──「俺にできないことは何もない」と心の底から思ってたし、根拠はねぇが自信があった。



 そんなある日、俺は仲間たちとドラゴニア王国の片田舎を訪れていた。とある依頼からの帰り道だった。


「ねぇ、ねぇ、レグルス。あれ見て!」


 今回パーティーを一緒に組んだ魔術師のマチルダが、俺の腕を引いて、裏路地にひっそりと開かれている小さな店を指差した。目元にほくろのある、胸の大きな美人だ。


「おっ、なんだ、なんだ?」


 そこには、木箱を積み上げたような質素なカウンターだけの店で、ローブを深々とかぶった小さな老婆が一人、店番をしていた。


「あら? 占いかしら?」


 マチルダとは反対側の腕に絡みついているレアが呟いた。彼女も今回初めてパーティーを組んだ治癒師で、ピンク色の瞳が大きな美少女だ。


「へぇ~、面白そうじゃないか。ちょっとのぞいてみようよ」


 俺の肩越しに、女剣士のスカイラーが覗いてきた。コイツは何度か一緒に仕事をしたことがある古馴染みだ。背が高く、燃えるような赤髪をしたカッコいい女だ。ビキニアーマーがよく似合う。


「ねぇ、お婆さん。ちょっといいかい?」

「はいよ。何か聞きたいことでもあるのかね?」


 スカイラーが真っ先に声をかけた。

 婆さんはゆっくりと頭を上げて、俺たちを見回した。


「彼の運命の(ひと)って、誰か分かる?」

「はぁ?」


 マチルダにいきなり茶めっ気たっぷりに指差されて、俺は思わず変な声を漏らした。

 おいおい、普通、訊くならまずは自分のことだろ?


「あら、いいわね! 私も知りたいわ!」

「あたしも、是非とも知りたいね!」


 レアもスカイラーも、調子良く頷いている──ったく、しょうがねぇな。少し付き合ってやるか。


「ほぉ、ずいぶんな色男だねぇ~。いいよ」


 老婆はあっさり頷くと、カウンターの上にあった水晶玉に手を伸ばした。

 水晶玉の上部を撫で回すように両手をかざし、ぶつぶつと呪文のようなものを小声で口ずさむ。


 しばらくそうした後、婆さんは俺の方を見上げた。ついと、痩せ細ってしわがれた指先が、俺を指し示した。


「あんたの運命の女は、ここから南の森に行けば会えるよ。……ほっほう~、なかなか可愛らしい子じゃないか」

「「「…………」」」


 婆さんの答えに、周りの女たちが神妙な顔で黙りこくった。


「へぇ? どんな見た目してるんだ?」

「夜空のように黒く美しい髪に、黒曜石のように煌めく瞳。戦乙女のような、神秘的で強い女さ」

「ふ~ん」


 黒髪黒目か。ここら辺だと珍しいな。


……でもまぁ、占いなんてただのお遊びだろ。婆さんもそれっぽい感じのパフォーマンスをして、適当なことを言ってるだけだろ。


「だがなぁ、残念だったなぁ。あんたは運命の女と結ばれることはない。住む世界が違いすぎるのさ」

「……んなバカな」


 続いて言われた言葉に、俺の頬がピシリと引き攣るのが分かった。


 剣聖で、Sランク冒険者の俺が?

 金も名誉もある俺が、フラれるとでも言いたいのか?

 住む世界が違うったって、貴族の女にさえ、俺は何回も望まれたことがあるんだぞ?


──俄然、その「運命の女」とやらに興味が湧いてきた。


「不可能」だと言われたことは、「可能」にしてやりたいと思うだろ?

 それでこそ、冒険者だしな!!


「行って助けてやるといいだろう。感謝される。今後のおまえさんのためにもなるだろう」

「…………」


 俺が適当に小銭を出して渡すと、婆さんは「まいどあり」と淡々と受け取った。



「ねぇ、レグルス。さっきのこと、真に受けたりしてないよね?」

「まぁな」


 マチルダに片腕を抱き込まれ、不安そうに見上げられた。


「ただの占いだものね。あのお婆さんも、少し胡散臭かったし」

「あぁ、そうだな」


 俺の反対側の腕を、レアが心配そうに引っ張る。


「……」


 スカイラーは何か察していたようで、俺には何も言ってこなかった。ただただじと目で見つめられただけだった。


 占いの結果を全部真に受ける気はないが、確認ぐらいはしてもいいだろう。

 ちょっと南の森に行って、帰って来るだけだ。

 ほんの数日あれば済むことだし、次の依頼までは時間があるからな。問題ないだろう。



 その日の夜遅く、俺は宿に置き手紙をして森に入った。

 女がらみのことだから、三人には黙って出立した。



***



「……黙って一人で来たのは、間違いだったな……」


 そこらへんで拾った小枝をパキッと手折ると、焚き火に放り込んだ。


 この森は、他の森と違って魔力が豊富だ。そういった所に棲む魔物は強いものが多く、地元の住民でもあまり奥深くへは足を踏み入れない。つまり、あまり道が整備されてないんだ。

 魔力が豊富ということは、その分自然のトラップや、この森に棲む妖精や精霊の魔術が仕掛けられていることが多い。無遠慮に踏み入れば、方向感覚をおかしくされても仕方がなかった。


 占いババァに言われたことに少しカチンときて、多少冷静さを失っていたことは認める──俺は森の奥地で、完全に迷子になっていた。


 空間収納付きのリュックには、予備も含めて十分な水と食料を持って来てる。一週間は大丈夫だろう。最悪、食べられる魔物を狩るしかない。


 だが、問題はこれだけじゃない。

 昼間、この森の上空を急に真っ黒な影が横切った──大きな黒竜だった。

 息を殺して木陰に隠れたからか、気付かれはしなかったが。


 やり過ごしてほっとしたのも束の間、小一時間もしないうちに、奴がまた飛んで戻って来た。


「この森のどこかに、竜の巣でもあんのかよ。あんなもん、災害レベルだろ。なんでこんな所にいるんだよ……」


 いくら剣聖と呼ばれようと、Sランク冒険者になろうと、一人で竜を相手取ることはできない。

 出くわしたら、「即逃げる」の一択だ。まぁ、逃げられれば良いけどな……


「ハハハ……どうなってんだよ、この森は……」


 乾いた笑い以外、何も出なかった。


 手持ちの干し肉を、焚き火の炎で軽く炙り、かじる。

 ただでさえ味気ない食事なのに、今日はいつも以上に味がしなかった。



「あなたが当代の剣聖ですか?」


 不意に、森の中には似つかわしくない、澄んだ少女の声がした。


 顔を上げると、そこには、いつの間にか見事な精霊馬にまたがった少女がいた。


 夜の闇に溶け込んでしまいそうな程に美しい黒髪を、後頭部で一つにまとめ、アーモンド型の形の良い瞳は、焚き火の火花を反射して黒々と輝いていた。

 緑色のローブを羽織った小柄な少女だ。

 顔立ちは涼やかに整っていて、ここら辺では見かけない感じがして、やけに神秘的に見えた。


──俺は、一瞬で目を奪われた。時が全て止まってしまったような感覚だった。


「? 違うんですか?」

「いっ、いいえ! 俺が剣聖で合ってます!!」


 少女に問いかけられて、俺はハッとさせられた。慌てて肯定する。


「それなら良かったです。あなたを迎えに来ました」


 彼女のふわっと柔らかい微笑みは、真っ暗な夜空のような黒髪黒目の強い色合いとは正反対で、俺は酒も飲んでないのにクラクラとくる思いだった。




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